第77話 婚約破棄の提案・前編
「互いの国にとっても、いい話だと思うんだけれど。私が婿入りすればダイヤ王国に商隊を派遣しやすくなるし、友好関係ももっとうまくできる」
「それは……」
「セイエン殿」
確かにそれは良い話のように聞こえた。そういう言葉の魔力というのだろうか、耳障りのいいことばかりが頭に入ってくる。
「それにフェイはその容姿ゆえ女性にも人気があり、ソフィ様は婚約した時から女性関係で悩まれたのではないですか」
「……っ」
悩んだかと言われたら、悩んだわ。これ以上ないくらい。
傷つかなかったかと問われれば、傷ついた。
「その愚か者のせいで何度、ソフィ様が傷ついたことか。階段から突き落とされる、理不尽な罵倒に嫌がらせ。婚約破棄を迫る令嬢もいたとか。そしてここ近々で、第三王子のお気に入りだったアリサとフェイは、関係を結んだ──と聞き及んでおります。婚約者でありながら、あまりにも女性関係において節操がなさすぎる。そんなに女を囲いたいのなら、王にでもなればいい。英雄色を好むというでしょう」
「貴様──っ」
「フェイ様! 待ってください」
立ち上がったフェイ様に、縋りついた。沈着冷静なフェイ様らしくない言動だわ。まるで別人のよう。
「ソフィ、だが──っ」
ギリギリと音が聞こえてきそうなほど歯噛みするフェイ様は、セイエン様を睨みつける。このままではいけない。
「フェイ様」
フェイ様の手を両手で掴むと少しだけ落ち着いたのか、座り直してくれた。私はセイエン様へと向き直る。
手を繋いだままというのはちょっと恥ずかしいけれど。
「ほら、こうやってすぐに激昂する。自分の蒔いた種だっていうのにね」
「…………」
どうやらセイエン様は独自の情報網をお持ちのようだ。若干虚偽の情報があるが、言っていることは概ね正しい。
本当にフェイ様が女たらしなら、セイエン様の提案もありだっただろう。聖女アリサとの一件は、未だトゲが刺さったような痛みがある。
あの時、私はフェイ様の隣にいる事を諦めようとした。時間跳躍でのトラウマ。
裏切られたことが悲しくて、苦しくてアリサから奪い返す気力も、勇気もなかった。それはフェイ様がアリサを選んだと勘違いしていたからだ。相手がその人を選んだのなら、私に勝ち目などないのだと──そう思っていたし、事実そうだった。
でも──。
「もし言いづらいのなら、私から国王に進言を──」
「その必要はありません」
「……なんですって?」
「ソフィ……」
フェイ様の声が震えていた。
フェイ様だって怖かったはずだ。最善の手を打って私を守ろうとしたのに、結果的に最悪の形で私を傷つけたと。ずっと後悔して、自分を責めていた。
あの一件以降、フェイ様は私から離れず、溺愛して、触れる回数が増えていったのも、きっと怖かったからだ。
私が離れていくことを恐れた。そういう素振りを見せようとしていなかったけれど。
私も同じだ。
時間跳躍の中で、フェイ様に裏切られたからこそ、わかる。
辛そうな顔をしているフェイ様が安心できるように、はっきりと言葉にする。
「セイエン様のお心遣いありがとうございます。ですが、その提案は謹んでお断りします」
「ソフィ」
「え? でも──まさか……断るというのですか?」
「はい」
自分でも驚くほど力強く答えた。
ここでの決断は女王としてではなく、ソフィーリアとしての決断だ。私は女王としてダイヤ王国の崩壊を防ぐためなら、売国だろうとなんだろうと、自国存続のために手段を選ばないと決めていた。
けれど今はそれだけじゃ足りない。
私は私の幸せも守りたい。欲張りになろうと決めたのだ。
「貿易関係に関しては、フェイ様の方がもっと上手くやっていただけますし、私は婚約者を、未来の夫を変えるつもりはありません。確かに女性の嫉妬で怖い目にも、悲しい思いもしました」
「なら!」
「けれど、それ以上に私はフェイ様が好きなのです。お慕いしております。好きで、好きでしょうがないのです。もうフェイ様以外は考えられない。私が支えてほしいのはスペード夜王国の王族の誰かではなく、フェイ様ですから」
「!」
「──っ!」
隣でフェイ様がどんな顔をしているのか、すごく見てみたかった。でも今はセイエン様から視線を逸らすべきではない。一瞬でも彼に隙を与えてはいけないと直感的に思ったからだ。
「ソフィ」
「フェイ様」
我慢できずにフェイ様に視線を向けると、平静を保っているが口元が緩んでいる。嬉しそうなのを我慢してくれているように見えた。はっきりと口にしてよかったかも。
重なった手から温かさとに、勇気が湧いてくる。
「私の婚約者はフェイ様、ただ一人です」
「……なんで、その子なの。出会ったのは同じなのに、私だってアナタの婚約者候補だったのに、どうして!」
「お父様やお母様、ジェラルド兄様の無理難題をクリアできないような殿方では、ダイヤ王国ではやっていけないですから」
そうあの無理難題をかいくぐって、フェイ様は私と出会ったのだ。
フェイ様は自分の意志で、力で私の所に来てくれた。最初の目的は違ったのかもしれない。けれどそれから一緒に過ごした六年間は間違いなく、二人で積み上げたものだ。
「私が傍に居てほしいと思った時に、傍にいてくれたのはフェイ様です。六年間、ずっと大切にしてくださいました。最初は政略結婚だったとしても、今はそれだけではないのです。フェイ様が好きで、この先もずっと一緒にいたい。一緒に幸せになりたいのです」
「セイエン殿、私は国王になる気はありません。それよりも、この国を憂いておられる貴方が国王として立たれるほうがいい」
「はぁあ……」
張り詰めた空気は、セイエン様のため息で霧散していった。
「まったく、痛いところを突いてくれるわね。隣にいた月日か。……やっぱりもっと早く動いていればよかった」
「え?」
「何でもないわ」
最後の方は独り言だったのか、私には聞こえなかった。
「国王になるよりも、ダイヤ王国のほうが楽しそうだって思ったのに、残念だったわ」
先ほどの息が詰まるような空気はない。セイエン様はニッコリと微笑んだ。
「もしかして、私を試したのですか?」
「そうよ。ソフィ様を気にいっていたのは事実だもの」
「目をかけて頂き、ありがとうございます」
「もういいわ。さあ、美味しいスイーツを用意したから、どんどん食べていってね」
「はい」
その後、セイエン様は話題を変えて、この国の事を色々話してくれた。フェイ様は終始あまりいい顔はしていなかったけれど、言い争うことも無く終了。
一時はどうなるかと思ったが、ホッと安堵した。
「──ああ、本当になんでフェイは、ワタシの欲しいものを全部奪っていくのかしらね」
お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!
コミカライズタイトル名『やり直し悪役女王は溺愛に惑う ~婚約破棄したいのに、王子の愛が止まりません~』
めちゃコミックサイトにて、本日8~9話まで配信されました( ´艸`)




