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第71話 知っているようで知らないこと

 翌日。

 スペード夜王国の王都は魔導具『夜の帳』が下ろされており、朝、昼は変わらずに薄暗い。明るくなると言っても夕暮れの明かり程度だ。


 一日中、夜が続く国のせいか日差しが感じられず、昼近くまで眠っていた。

 特に抱き枕が温かくて、安心して心地よい。おかげで嫌な夢を見ずにすんだのだ。

いい匂いがして、とても温かい。

 もっとも本当に抱きしめられていたのだが。


 目を開けた瞬間、目の前にフェイ様のご尊顔があった時は、心臓が飛び出すかと思った。なんて都合のいい夢なのだろう。


「夢ですね。フェイ様が朝から傍にいるなんて贅沢です……ぅ。……すう」

「違う。現実だ」

「!?」


 一緒に寝るのは初めてではないが、未だ慣れなくてドギマギしてしまう。ハート皇国のような未婚で同衾などの貞操観念はダイヤ王国、スペード夜王国はないので、恋人、婚約者の関係で互いに想い合っているのなら添い寝など問題ない。


「………………………………………………………………おはようございます」

「おはよう。ぐっすり眠っていたようでなにより」

「うう……はい」


 至近距離からの笑顔の前に、全身の血が沸騰しそうになる。なぜこの人はいつも余裕があるのだろう。私ばかりドキドキするのは反則な気がする。


「タオルで冷やしていたが、まだ少し目が赤いな」

「フェイ様がタオルを取り替えてくださったんですか?」

「ソフィが離してくれなかったからな。どうだ? 誰かを頼るのも悪くないだろう」

「はい。……フェイ様に抱きしめて貰っていたらとても安心しました」

「ソフィ」


 私の反応にフェイ様は心から安堵して微笑んだ。


「私は君の恋人で、婚約者で──貴女の重荷を一緒に背負っていきたい。だからこれからもっと頼ってくれると素直に嬉しい」

「フェイ様」

「普段からあのぐらい頼って甘えてくれていいのだけれど」

「…………私、フェイ様にたくさん甘えたのですか?」

「ああ。とっても可愛かった」

(全然覚えてない!)

「ソフィのペースで構わないから」

「はい」


 フェイ様は幸せそうに笑う。今日一人で目を覚まさなくて本当に良かった。フェイ様が傍に居てくれたことに感謝を込めて、自分から愛しい人の頬にキスをする。


「!」

「……………………………………………………こんな感じでいかがでしょう」

「ソ」

「ソフィーリア様、お風呂の準備が出来ました」

「!?」


 ローズの言葉一つでいい雰囲気が消え去った。

 私とフェイ様が同じベッドの上にいることに触れず、今日の予定を語る。事務的な単語の羅列を聞き流している間に、恥ずかしさも薄れていった。


「食事はジェラルド兄様、お母様、フェイ様とだけで取るのは可能かしら?」

「ジェラルド兄様と王妃様は朝食を済ませておりますので、お二人にお声がけをしてお茶をご用意しましょう」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、私は……別の部屋で着替えてくるよ」

「…………」


 フェイ様はベッドから起き上がると、軽く身なりを整えて退出する。またすぐに会えるのだけれど、やはり離れるのは少し寂しかった。フェイ様はドアノブに手を伸ばしかけ──返事がなかった私へと振り返る。


「ソフィ?」

(うう……。フェイ様に甘えたい気持ちがこんなに膨らむなんて……。いつから欲張りになったのかしら)

「私と離れるのが寂しいのか?」

「はい」

「え」

「寂しいです」


 フェイ様は大股で私の元に戻ると、ベッドに座ったままの私の唇に軽くキスを落とす。


「!」

「すぐに戻る」


 不意打ちのキスに満足したのかフェイ様の足取りは軽かった。彼が出て行ったあとで、私はこの部屋がフェイ様の部屋だったことを思い出す。


「あわわわ……。ローズ。この部屋はフェイ様の自室よね? 着替えとかどうしましょう?」


 昨日は部屋の周りを見渡す余裕もなく、今も薄暗いので調度品など薄っすらとしか見えないのだが──やけに物が少ない。


「いえ姫様。この部屋は姫様の客室と同じで必要最低限の物しかありません。……もしかしますとフェイ様の部屋というのは王の居住区にないのではないかと」

「それって、ダイヤ王国に来るまでフェイ様は、どこで寝泊まりをされていたの?」

「婚約者様はハク家の出自ですのでそちらに部屋があるのか、あるいは礼部の配属された借宿かもしれません。いずれにしろ婚約者様は六年前の段階で、王位継承権を放棄しています」


 だとしても第十王子である彼が王族の居住区での居場所がないというのは、異常ではないのか。王族とはいえ居住区内でフェイ様の味方が少ない──居ないとしたら。

 彼はずっと孤独の中で戦っていた。


 知っているけれど、実際スペード夜王国に来て悪意と敵意に晒され続ける日常にゾッとした。一日、いやお茶会一つで泣き崩れてしまう私には耐えられない。


「そう……。私、フェイ様と一緒にいることが多かったのに、知らないことばかりね」

「知らなかったのなら、これから少しずつ知っていけば良いのでは? 婚約者とはいえ知らないことは悪いことではないかと思います」


 ローズの言葉に私は首肯する。

 後悔するだけで終わらせてはダメだと思い直す。今がダメだったとしても次がある。これで終わりじゃないことが、当たり前なのに嬉しかった。


「……そうね。その通りだわ」

お読みいただきありがとうございます⸜(●˙꒳˙●)⸝!

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