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第55話 婚約者様の溺愛は過激・前編

 それからというもの私は毎日のようにシン様の研究部屋を訪れるようになった。今までの三カ月を埋めるかのように、一緒の時を過ごす。


「シン様と一緒にしてみたいことがあるのです」

「それは嬉しいな。どんなことなのか、教えてくれるかい?」

「はい。お茶すること、一緒に手を繋いで散歩すること、研究の手伝いをすること……それから」

「それから?」

「他国との交流を深めて、シン様とまたダンスがしたいです」

「え、かわっ、可愛すぎる」


 シン様は自分から私に触れるのは普通なのに、私から触れると乙女のように顔を真っ赤にする。普段との落差(ギャップ)にクラクラしてしまう。


「スペード夜王国では婚約すると寝食をできるだけ一緒に過ごすんだ。入浴も」

「そ……そうなのですか。文化の違いってたくさんあるのですね」

「ちょ、殿下! 純真無垢なソフィーリア様に、なに教え込んでいるのですか! 刺されますよ、主にジェラルド様から!」

「チッ」

(シン様が舌打ち……。新鮮だわ!) 


 時間跳躍(タイムリープ)の時間軸で見てきたシン様は、どこに行ってしまったのかと思うほどに。これはジェラルド兄様の影響も少なからずあるとは思う。兄様のスキンシップに対抗した結果、シン様の愛情表現も過激になったと言わざるを得ない。私としては嬉しいけれど、それ以前に恥ずかしくて困ってしまう。


 過去にもそのような待遇はなかったので、免疫がないのだ。六年間、ちょっとずつ距離を縮めてきたが、ここで一気にシン様は「婚約者だから」と積極的だ。

 

 朝食を一緒に食べて、「行ってきます」の抱擁。

 昼食も一緒に食べて、「頑張ってきます」からキス。

 お茶という名の息抜きに現れては、中庭の散歩デート。

 夕飯も一緒に食べて、夜一緒に寝ることも増えた。


「……シン様、また研究に没頭して水分を取っていません。駄目です! 病み上がりなのです。休憩です」

「ここまで終わらせてから……」

「フェイ様……」

「そうだな。根を詰めるのもよくない」

「ソフィーリア様、本当にすごいですね……」

「そ、そうでしょうか?」

「はい。私がいくら言っても、殿下は聞いてくれないので」


 ハク様は苦笑しつつも、嬉しそうだ。シン様の親戚の方だと聞いたけれど、歳の離れたお兄様という感じで見ている気がする。


 もちろんずっと二人きりというよりは、ジェラルド兄様や母様や父様も姿を見せることが多い。


 以前は向かい合わせにソファに腰を下ろしていたが、今は私の隣にいる。訂正、シン様の膝の上が定位置になりつつあった。正直近くて安心するが、こんなにべったりくっついて嫌にならないだろうか。


「シン様……私がずっと傍にいて鬱陶しくないですか?」

「まったく。むしろ一緒にいる時間が増えて幸せだけれど?」

「(シン様が微笑んで……ちょっと小首を傾げている姿も可愛らしい!)……好きです」

「──っ!? ソフィは本当に狡い」


 チュッとさりげなく頬にキスをする。きゃーー。じっと見つけている時は、キスのお返しをするのが、スペード夜王国の流儀だとか。キスを返したら満面の笑みだったので、良かった。


「で、殿下……」

「うるさい」

「?」


 あの一件から、シン様はスペード夜王国の内情を少しずつ話してくれた。


「ソフィが女王になったらダイヤ王国から出られないだろう。だからその前に他国を見ておくことで、未来を変えられるキッカケになるかもしれない。特に六大精霊を探し出すには、ソフィの力が必要なのだ」

「六大精霊! そういえば遙か昔にこの国を守護していたとは聞いていましたが……」

「ああ、『原初の魔女』の呪縛は解けたが、今後、ソフィを狙う可能性は充分にある。だからこそ六大精霊を見つけ出して、契約することで守護を固くする必要があるんだ」

「私が大精霊と……、け、契約できますかね? その……まったく自信がないのですが……」

「こんなに可愛らしくて、慈愛溢れたソフィが魅力ないなんてあり得ない」

(断言した!)


 そんな風に信じてくれるシン様の言葉が嬉しい。胸がジンワリと温かくなって、何でもできなそうな気がする。


(それにしても……旅行か)


 自然と口元が緩む。

『女王になったら国を出られない』というのは、揶揄ではなく王と妖精王との古い契約により、王となった者はダイヤ王国から出ることは許されない。万が一王が国の外に出てしまえば、国に居る妖精はこの地を去るという。また王が次の継承者を継ぐ前に亡くなった──殺された場合も同様だ。


 ダイヤ王国は王と妖精王との繋がりがある限り滅びない。

 だから本来、私が死ぬことも無いのだが、それはこの世界の異変によって、異例の事態が起こっているということになる──らしい。


(否定しないということは、何かあると思うのだけれど……じい様に教えてもらうのは難しそうね……。聖女アリサの捕縛がすんで一件落着とならないのは、背後に『原初の魔女』がいるから……)


 六年前に時間跳躍(タイムリープ)のことを両親やジェラルド兄様、シン様に話をしておいてよかった。でなければ他国に現れたアリサ・ニノミヤの情報を入手するのに、もっと時間がかかったはずだ。

 それに今回のことも結果的にみれば、事が起こる前に収拾をつけることが出来たと考えられる。


(すでに過去の時間軸と流れが大きく変わっている……。でもだからこそ、気を引き締めるべきよね?)

「ソフィ?」


 沈黙思考をしていたが、シン様の声で現実に引き戻される。

 ふと、彼の声がやけに近くで感じられた事に困惑していると、頬に何かが当たる。チュッ、とリップ音が聞こえ、それがシン様の唇だと気づくのに数十秒ほど時間を要した。


「し、シン様!?」

「油断しているソフィがいけない」


 一瞬で考えていたことがどこかに吹き飛んでしまったし、体中が高熱を出したように熱い。きっと今の私は顔がトマトのように真っ赤だろう。そんな私を見てシン様は悪戯が成功した子供のように声を出して笑った。


「本当に、ソフィは可愛いな。抱き心地も最高、駄目だ、手放せない。いや手放す気はさらさらないけれど! 断じて! 絶対に!」

「シン様……」


 極めつけはこれである。

 ジェラルド兄様に負けないほどの歯の浮いたセリフ。家族でも結構恥ずかしいのに、恋人に言われ続けられたら、恥ずかしくて昇天しそうになる。

 今まではわざとだと思っていたのだが、実は天然のタラシなのではないだろうか。でも好きな気持ちは私だって負けてられない。


「わ、私だって離れるのは嫌です! 私が離れるとシン様が無茶をするってハク様も言っていましたし!」

「ソフィ……! 楊明のことは無視して構わないからな」

「殿下……。まあ、スペード夜王国に行かれるのなら、もう少しソフィーリア様に状況をお伝えすべきです。特にどの王子あるいは名家に気をつけろ、など」

(気をつける? ああ、そういえば第一王子たちは無作法者が多かった気がする)

「そうだな。あの男も人畜無害そうで未だにソフィを狙っているから、しっかりと対策を練っておかなければ……」

(あの男。誰かしら?)



楽しんでいただけたのなら幸いです。

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