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第54話 手を伸ばせばすぐ傍に貴方がいる

「え、あ……!」


 ボッ、と一瞬にして真っ赤になるシン様を見て私も顔が熱くなる。心の中で「きゃああーーーー」と叫んだ。


(フェイ様……。フェイ様……お名前、呼んじゃった! ずっと呼びたくても勇気が出なくて……ああ、でも呼べてなんだかすっごくシン様が近くに感じられる)

「(ソフィが私の名前を? というか今キス、あああああああああああああああー、どこまで私の心を揺さぶる気なのだろう)も、もう一度、その……」

(もう一度! ええっと、名前? それともキス? どっちも恥ずかしすぎる!)


 ぬぬっ……、と尻込みしている間に、シン様は「あ、悪乗りしすぎた」としょんぼりしてしまう。その顔を見て恥ずかしさなど吹き飛んでしまった。


 シン様はには笑っていて欲しい。そう思って、身を乗り出した。

「フェイ様」と言おうとしたけれど、タイミングが合わなくてキスだけになってしまった。再び触れた唇はちゅっ、と軽く触れただけだったのだが、今度はシン様からキスを返される。


「!」


 間隔を空かずにキスをされて、こんなキスがあるのかとちょっと驚いた。でも愛されている感じがして、胸がむずむずする。この日、キスにもたくさん種類があるのだと知った。

 そして──。



 ***



「私の可愛い天使を独り占めするなんて、狡くないか」

「狡くはない。ソフィが離れないだけだ」

「シン様のお体が良くなるまでは、私が看病するのです」


 あの日を境に、シン様とできるだけ一緒にいるように頼んだのだ。ちょっと鬱陶しいかもしれないが、できるだけ引っ付いている。


 ちょっとやりすぎかな、とシン様に相談したら「いや好きなだけ傍にいて欲しい。なんなら膝の上に乗ってくれるかな?」と真顔で言われたほどだ。


「ん? フェイ殿から名前呼びをしたと聞いたが、シン殿に戻したのか?」

「あ。お兄様……それはですね……」

「私の理性が砂糖菓子よりも早く溶けそうだったので、週に何度か呼ぶ形で慣らしていこうと思っている」

「慣らすものだったか? まあ、いいさ。ようやく婚約者らしくなったんだ」

「そう言いながら、なぜソフィの隣に座る?」

「妹の隣に座るのは兄としての特権だからに決まっているだろう(嘘)」

(知らなかったわ!)


 三人掛けのソファなのだが、並んで座っている。ちなみに私はシン様の隣だ。先ほどまで膝の上に居たのだが、お茶を淹れるため少し席を外していた。


 あれからお父様とお母様は王都に戻っており、アルギュロス宮殿には私とシン様、ジェラルド兄様と使用人たち数名が滞在している。兄様は今回のことについて説明するために残ってくれた。


「事の発端は去年の12月まで遡る。アリサ・ニノミヤがスペード夜王国に姿を見せ、王族に取り入った。後ろ盾を得た彼女はフェイ殿に接触して、誘惑する日々が続いた」

「できればすぐに、くびり殺したかったのだが」

(物騒!)


 シン様はジェラルド兄様たちに相談して、いろいろと準備を進めていたという。私だけに話さなかったのは、『原初の魔女』を警戒してたからだ。私の影に『原初の魔女』の浸食が見られたのだから、警戒すべきなのは当然だった。


(でも今までの時間軸だと私は勘違いして、落ち込んで、悲しんで、絶望していた……。あの繰り返された悪夢をシン様は終わらせてくれた)


 黙っていたことはショックだったけれど、今は不思議とモヤモヤがない。それ以上に、シン様がたくさんの愛情を注いでくれることで、不安が溶けてしまった。


 何より今は不安になりそうになったら、手を伸ばせばシン様がすぐ傍にいる。その温もりを、甘い声をすぐに確認できる。


「フェイ様……」

「──っ、ソフィ。反則過ぎるぞ」

「えへへへ、お傍にいられて幸せです」

「ぐふっ!」

「シン様!? 吐血! どうして!」

「あー、幸せ過ぎて舌でも噛んだんじゃないか」


 あわあわする私に対して、ジェラルド兄様は通常通り平静で頼りになる。シン様は「ソフィが可愛すぎる。不意打ちとか殺す気かな? ああ、ヤバイ。好き」と顔が真っ赤だ。

 シン様の真っ赤な顔にドキドキする。


「あー、話を進めるぞ。うん」

「あ、ああ……。ええっと、後ろ盾の王族が誰かわからない以上、ジェラルドや国王、王妃に相談し一芝居打つことにしたんだ」

「それに私も賛同した。自称聖女が下手に私の妹と接触したら、絶対に傷つけると分かっていたからな」

「……兄様」

「ソフィに知らせたほうが良いと思ったのだが、最終的にスペード夜王国とことを構える可能性も考慮して、私から国王権限で妖精王や妖精たち、ジェラルドやフェイにも黙ってもらっていた」

(父様からの命だから妖精たちも従ったのね……)


 私に全容を知らせなかったのは、全て水面下で決着をつける算段が付いていたからだという。あと一手のタイミングで私が偶々居合わせてしまった。いや、そうなるように『原初の魔女』は私を誘導したのだ。


 親切なフリをして私が一番傷つくように。そうまでして、この世界を嫌って絶望させたかったのは──私怨? それとも?

 あの時、シン様が間に合わなければ私は全てを放り投げてしまっていた。


「ソフィ、大丈夫か。顔色が……」

「だ、だいじょ……」

「ソフィ」

 甘く優しい声音に、私はシン様の腕に引っ付いた。


「だいじょばないので、シン様、あとでギュッとしてください」

「ああ、望むままに」


 嬉しそうに微笑むシン様を見て、不安が薄れる。そんな些細なことが奇跡のようで、胸が熱くなった。


「あ、えっと、それでアリサ・ニノミヤは、どうしたのですか?」

「今は捕縛に成功しているけれど、エルヴィンが捕縛してクローバー魔法国で身柄を預かることになった」

「……エル様が?」

「どうやらクローバー魔法国の密輸にも関わりがあるとかで、拷──尋問をするらしい」

(不穏当な単語が出てきような!?)


 みんなはただ私を守ろうとして、そして──最悪のタイミングで露見してしまった。

 今回はシン様と六年過ごした思い出があったからこそ、すれ違いにならずにすんだのだと実感する。今まで以上に、ラブラブ度も増していると思う。

 やっぱり好きな気持ちは、心を強くする。


「ジェラルド、今日はここまでにしよう。一度に色んなことを話してもソフィが混乱してしまうしな」

「ああ、そうだな。『原初の魔女』の呪縛が解けたことが一番だ。あとは早めに精霊を見つけ出さないと」

「精霊……?」

「それはまた明日にしよう」


 そういってジェラルド兄様は仕事戻ろうとした。

 いつも忙しそうにする兄様を見て、私は手を伸ばす。


「ジェラルド兄様。いつもお仕事お疲れ様です。私のことをいつも守ろうとして、シン様のことも……いろいろありがとうございます。兄様、大好き」

「──がふっ」

「兄様!?」


 突然、兄様は口から血を吐いた。


「ああ、私の可愛い天使。今の言葉だけで疲れが癒えたよ!」

「兄様!? 血が──っ!」


 私を抱き上げてぐるぐると回す。昔は楽しかったけれど、今や淑女としてちょっと恥ずかしい!


(きゃあああああああ)

「それは狡いぞ!」

(狡いって何が!?)


 シン様は代われと言わんばかりに、私を奪取する。ジェラルド兄様は苦笑しつつ、先に部屋を出て行った。


(あ、兄様……)

「……ジェラルドもさっきので、元気になったと思う。今なら三徹しても耐えられるだろうな」

「それはやめてくださいね」

「……ああ」


 シン様は話を逸らそうとお姫様抱っこをするので、とっさに首に手を回した。シン様は引っ付き虫のように私にぴったりと密着する。触れ合う肌は心地よくて、腕の中は──悔しいが落ち着く。摺り寄せるぬくもりも嫌じゃなかった。

 ずっと、ずっと私が欲しかったものだ。


「シン様、病み上がりなのです。無理をしては駄目です」

「ああ、そうだった。でも、一秒だってソフィを奪われたくないんだ」

「シン様……。でも、大量出血で危なかったのですから、下ろしてください」

「……あ、はい」


 しょんぼりしつつも素直に降ろしてくれた。代わりに私がシン様に抱きつく。


「代わりに私がいっぱい抱きしめるので、暫くは我慢してください」

「いや、完治した後も、ソフィから抱きしめてくれると嬉しいな」

「嬉しい……ですか? その鬱陶しいとか、嫌だってなりません?」

「ならない」


 断言したシン様にどちらともなく笑みが漏れた。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡

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