第51話 第十王子シン・フェイの視点9
「フェイが裏切っていないということはわかってよかった。今後の方針としては聖女アリサ、薔薇の精霊を対処するために六大精霊を見つけ出し契約を結ぶ、と言ったところでしょうか」
「そうだよ~。薔薇の精霊──『原初の魔女』は邪悪なものだから、聖女の力でも浄化できるけれど、本物の聖女は不在だからね~。六大精霊は他国に封じられている可能性が高いかな。本当に長い年月をかけて少しずつこちらの力を分散して、削っていく……凄まじい執念だよ。現状況ではこちらの方が劣勢かな~」
「そうですか……。他国に」
「そう。自国ならソフィを連れて行けば何とかなるけれどね~。まあ、だからこそ最初に六大精霊をこの国から引き剥がそうとした機転はすごいよ。しかもどさくさに紛れてやってのけたからねぇ~」
「なるほど」
ジェラルドの眼鏡がキラリと光った。どうやら火が付いたようだ。
劣勢なだけで、敗北ではないと分かったのだろう。『原初の魔女』という強大な敵に対して無謀ともとれる戦いになるかもしれないが、迷いはない。
どんな手を使っても今度こそ、ソフィを守る。
そう決めたのだ。
「(他国……ソフィなら六大精霊と交渉ができる? それなら……)ソフィを旅行に連れ出すというのはどうでしょう」
「あ~!」
「なるほど。遠征よりも旅行のような感覚で、他国との交渉または交流として申請するのはアリだな」
その辺の理由付けは問題ない。
けれど結局、ソフィを騙す形なってしまう。
『原初の魔女』の目的はソフィが絶望すること。その条件を満たすため聖女アリサを使うのなら、こちらもその聖女を利用する方法はある。
けれど──。
(それでソフィの心が壊れたらどうする……)
「そうならないように最善を尽くすしかない。でなければ私の天使が死ぬ」
本当に最悪だ。
「旅行の前に『原初の魔女』の動きを封じておきたい。……となると、自称聖女を拘束するのが打倒か。拘束理由はどうとでもなるが問題は魔女に情報を行き渡らせるのを防ぎたい」
「それならアルギュロス宮殿の『聖堂の檻』を解放しよう~。邪悪を払う場所から、そこに影は入り込めない」
「であれば、観光と称して案内すればいいな」
話がまとまりつつあるが、油断はできない。
ソフィが十二回までの時間軸のことを語ったことも魔女には筒抜けだろう。であれば聖女アリサも警戒している可能性が高い。魅了対策はできているが、何処かのタイミングでかかったフリをしてソフィと距離を置くように、偽装しなければ騙しきれないだろう。
(またソフィーリアと会う機会が減る。……正直地獄のような日々だ。だが、それでもソフィーリアを守るためなら……。できるだけ小まめに手紙を書こう。贈物も。護符も短剣以外でなにか、そうアクセサリーのようなものを作ろう)
勝負は三カ月。
その間、ソフィからの手紙は減り、返事も届かなくなった。
嫌な予感がした。
それなのに、ソフィの傍に行くことができず一日一日が重く、色褪せていく。
(オーレ・ルゲイエは六大精霊の居場所を探りつつ、ソフィーリアの傍にできるだけいると言ってくれたが……。ソフィに会いたい。ギュッと抱きしめて、好きだと伝えたい。ああ、ソフィの歌も最近聴いていないな……)
ソフィを守るために、ソフィの傍にいることができない。
過去の時間軸の自分はこんな感じだったのだろうか。
誰にも頼れず、誰が味方かも分からない中、たった一人でソフィを守ろうとしていたのだとしたら、なんと愚かなのだろう。
歯を食いしばり、自分の至らなさにただ苛立ちが増した。後で自分の拳から血が出ているのに気づき、じくじくと痛みが広がっていった。
(正直、気が乗らないが……精霊や魔法についてエドウィンにも相談してみるか)
***
三カ月後、聖女アリサをアルギュロス宮殿に招き入れて、『聖堂の檻』に案内する予定だった。
ソフィの傍には家事妖精シスターズ、王妃、ジェラルドが傍に着くと話していたので安心していた。
その結果がこれだ。
突然、現れたソフィを見た瞬間、後頭部を激しく叩きつけられたような感覚に陥った。
「──ご歓談中、失礼します」
「そ、ソフィ!?」
どうして。ありえない。
けれどソフィをみて、本物だとすぐにわかった。偽物なんかじゃない、本物のソフィだ。
「ごきげんよう、シン様。突然の来訪および無断の入室をお許しください」
「あ、いや。それは──」
上手く声がでない、いや呼吸が苦しい。手足が痺れるような感覚に、神経毒に似た何かだと気付く。
ふと聖女とソフィの影から漆黒の茨と黒薔薇が花咲いているのが見えた。
(ああ、そうやってお前は、今までも私とソフィの仲を切り裂いて来たのか!)
「お手紙でいただきました案件と、結婚指輪をお返しに参りました」
「手紙? え、な──」
そう激昂しかけたところで、ソフィの言葉が突き刺さる。
どうして。ソフィは今にも泣きそうな顔をして微笑む。ちがう、そんな顔をさせたいわけじゃない。
声がでない。
体が、動かない。体に茨が巻き付いているかのようだ。
「この後は宰相であるジェラルド兄様と話を詰めるかと思いますが、どうぞお元気で」
ソフィ。駄目だ。
踵を返したソフィがそのまま消えそうに見え、手を伸ばそうにも指先が少しだけ動くだけだった。
声を出そうとしても、言葉にならない。
「──っ!」
「まあ、なんて殊勝なのかしら。ふふ」
足掻け。
どんなことをしてでも、今、ここで、この呪縛を断ち切らなければソフィを連れ去られてしまう!
自分がこの国で生まれたというのなら、妖精でも、精霊でもなんでもいい。
少しだけ、力を貸してほしい!
ほんの少し、理不尽を、絶望を、全てを覆す力!
奪うためではない、取り戻すため。
守るための力。
愛する人を守る力。
拳を握ろうと、骨が軋み、神経が千切れ、肉が酷い音を立たけれど無理矢理、指先を動かす。茨を握りつぶし拳になった刹那。
真っ赤な血が凝固して刃となった。
「な」
「え、な、なんで動けるのよ!?」
祖となる吸血鬼の特性、血液を自在に操る能力だろうか。
血の刃は不格好だが短剣ほどで、剣と呼べるほどの長さはなかった。だが、体に巻き付いた茨を斬ることができた。傍でぎゃあぎゃあ煩い女は、楊明がジェラルドを連れて戻ってきたので任せた。
体も動く。そう思った瞬間、駆け出していた。
「ソフィ、どこだ!? ソフィ、ソフィーリア!!」
ほんの数十秒の違いだというのに、ソフィの姿が見当たらない。
アルギュロス宮殿の構造は覚えているし、ソフィが利用している部屋までは一本道だったはずだ。それなのに姿が見えない。
ふと強い花の香りが鼻腔を刺激する。この香りは薔薇だ。
『精霊堕ちしたのは薔薇の精霊だよ~』
薔薇の庭園。
それは直感めいたものだった。
三階の窓から飛び降りると、壁を蹴って着地する。心なしか体が軽くて、羽根を得たようだ。
(間に合ってくれ!)
心からそう願った。
ふと妙な既視感を覚える。
何故だかわからないが、過去も同じような焦燥と苛立ちがあった。
一度目で私はソフィを裏切ってはいなかった、『ただ間に合わなかっただけだ』とオーレ・ルゲイエは言った。だとしたら、今日のようにソフィを守ろうとして失敗したのだろう。
そうやって裏で動いて、それでも過去の私の手は届かなかった。
「ソフィ!」
いつの間にか庭園は薔薇に覆い包まれており、茨が道を防ぐ。
「邪魔だ」
用意しておいた血の刃で茨を切り裂く。
魔に落ちた精霊には効果があったようで、茨がどろりと溶ける。そのまま無我夢中で進んだ。
血の刃は徐々に剣ほどの長さに達した。切り裂くたびに、鋭く、そして長く扱いやすくなる。
体中の血がもの凄い速さで失っていく。
それでも、今度こそ、間に合うのなら何でも良い。
今度こそ、ソフィを奪われないのなら、守れるのなら。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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