第50話 第十王子シン・フェイの視点8
ジェラルドが驚くのも無理はない。
この世界の六大精霊は、火、水、土、風、光、時(闇)の六柱として神に等しい力を有している。その一柱の力が一部奪われたというのだから、妖精王や妖精では太刀打ちできないのは当然だろう。
「時間跳躍は、時の精霊の力の一部だったとするなら確かに合点がいく」
「もっとも奪えたのは力の一部。十二回の時間跳躍を連続使用することは不可能だよ~。それとここは訂正しておかなければならないのだけれど、実際やり直しというのは十二回ではなく、今回も入れて二回目にあたる」
「私の愛しい妹が勘違いしているというのですか?」
「少し違うかな~。ソフィの体験した回数は十二回で合っている。それは『時の檻』によって時間が巻き戻る刹那を使い《《ソフィたちを貶めたのさ》》」
「ソフィたち?」
「聖女と他数名をその空間に捉えて、合計十一回やり直しをなぞらえさせた。その辺は薔薇の精霊がもつ幻惑魔法で、より現実的な疑似体験をソフィに味合わせるためにね~」
「そうやってソフィの希望を、自信を、周囲との絆を削いでいったのか」
「正解~。あの檻に入れられてしまったら、私でも手を出すのが難しかったからね~」
絶望を味合わせて、心が折れるために何度も、何度も繰り返す。
その体験を経てソフィは私と距離を置いた。周りを信じ切れず、誰にも話せず──それでも破滅的な未来を変えようと彼女は自分の心を殺して、足掻く選択を選んだ。
歌うのが好きだと言っていた。
楽器に触れるのも好きだと。
「今も、昔もソフィのために出来ることなど些末なことばかりで、大事な時にいつも役に立っていない……」
それで何が婚約者だ。
なにが「守る」だ。私は未だに彼女を死地に残したままじゃないか。
私はいつだって彼女を守っているつもりで、守っていない。
「婚約者殿。そなたはいつだってソフィを守ろうとしたし、《《一度も裏切っていない》》。《《ただ運が悪かったのと》》、《《間に合わなかっただけだよ》》~」
「それは──」
確証はなかった。
過去の自分がどのような状態ならソフィを裏切るのか。出会いが違ったら、頻繁に会うことが出来なかったから、私に婚約破棄を突っぱねるだけの権力がなかったから──。
この六年の間、悩みに悩んだが、その答えをオーレ・ルゲイエは淡々と告げた。『妖精は嘘が付けないのですよ』と、昔ソフィが話してくれたのを思い出す。
「それでも、私はソフィが『傍にいて欲しい』という時に傍にいられなかった。手が届かなかったのなら、同じです。私は無力で、何一つ救えなかった」
「それはどうだろうね。今の、十三回目の時間軸を可能にしたのは、それを願った時の精霊とそなた自身だよ~」
「私が?」
「フェイが?」
「そなたの血筋はスペード夜王国の王家に連なる者で間違いないが、出産はこの地だ。つまりはこの土地に母子ともに馴染んでいたのが大きいのさ~」
「!」
そういえば六年前に王妃と私の母が旧知だというのを知った。
この国で出産しているのも教えて貰っていたが、この国で生を受けることで精霊との契約条件を満たしていたのだろう。まったくもって実感はないが。
「過去の時間軸で、そなたが婚約破棄をしたのは聖女アリサからの監視を緩めるためであり、ハート皇国からソフィを守るためでもあった。エルヴィンの協力の元、ダイヤ王国の東地方に潜伏場所を準備してソフィを迎えに行くはずだったのだから」
「!」
でも間に合わなかった。
死した彼女を前に私は時の精霊と契約をした。自分ならやるだろう。
何を犠牲にしても、何を支払っても。
ソフィを抱きしめながら私は泣き叫んだだろう。
(容易に想像がつく。一度目の私も出会いや、共にいる時間が短かったとしても私は彼女に救われて、惹かれて、愛していた。最後の瞬間まで)
いつかそのことをソフィに伝えよう。
愚かにも一人で空回って、守れなかった男の話を。
全部片付いた時に笑い話に出来るように。だから、今度は悲しい未来を選ばないようにしたい。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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