第47話 婚約者の裏切り
シン様の執務室には、あっという間に辿りついた。しかし今日に限って部屋の外に警護の姿がない。家事妖精シスターズの誰にも会わなかった。
(いつもは何人かとすれ違うのに……)
ノックしようとしたところで、タイミングよく来客用の部屋の扉が開き、ハク様の姿が見えた。
(ちょうど良かっ──)
「まあ、さすがはフェイ様ですわ。よくお考えになっていらっしゃるのですね」
「!」
瞬間──扉の先から、聞き覚えのある声と、楽しそうな女性の声音。
(え?)
私はこの声の主を知っている。覚えがある。
ハク様は私に気づいたのか、いつになく慌てていた。それもそうだろう。自分の主と他の女性との逢瀬が婚約者にばれてしまったのだから。
自分の血の気が下がる。
「殿下がついに決心なされて、私もすごく安心しました。これで、あの方と決着もつけられるのですね」
(聞き覚えのある言葉……)
「ええ、今回のためにかなりの時間を費やしました」
驚くほど明るく嬉しそうな──シン様の声に、ひゅっ、と息を呑んだ。
【ああ、六年。長かった。婚約者のフリをして、やっと解放される】
酷く冷めた声が耳に届いた。ゾッとするような冷ややかな声だが、これは間違いなくシン様の声だ。
傍でハク様が何か言っていたが、いつの間にか声が聞こえなくなっていなくなっていたけれど、それどころではない。
(え、六年前にシン様の声が聞こえなくなったのに、ここで……また聞こえる…)
「それもこれもアリサのご助言のおかげです。何かお礼をしたいのですが……」
「そんな、悪いですわ。……でも、もし可能なら、フェイ様と会う時間をもっと増やしたく思っています。今は二週間に一度ぐらいでしたでしょう」
「善処いたします」
「ふふっ、無理を言ってしまったかしら。でもありがとうございます」
傍から見たら仲睦まじい恋人同士の語らいの場に見えただろう。
とても柔らかな声。花の咲いたような会話。
さきほどのような心の声は聞こえない。幻聴だと思いたかったけれど、あまりにもハッキリとした声だった。
心の中で黒い何かが心を満たしていく。
嫉妬、憤怒、それを覆い尽くす裏切られたという絶望。
(ああ……そう、そうなのね)
シン様が三カ月の間、音信不通だった理由。
義務だけの贈り物。
私と話す時とは違う柔らかな声音、気遣い、開いた扉の向こうで微笑む姿。それを目の当たりにして、私の中で何かが音を立てて崩れ去った。
涙は出なかった。
(やっぱり。どう頑張っても、足掻いてもこういう結末になるのね)
信じたくない。でも、聞こえてくる声は現実だと突きつけてくる。
結局、時間跳躍の時間軸と同じように、シン様は聖女アリサと結ばれる。ただ一点、気になったのは『旅行』のことだ。私との婚約破棄をするのなら、なぜ急な旅行を提案してきたのか。ダイヤ王国から出たことのない私を他国に連れ出す理由。
婚約を破棄するには、それなりにリスクが伴う。
『でも予期せぬ事故とかがあったら?』
(え?)
振り返ったがそこには誰も居なかった。なぜだか視界が狭まったような、閉塞感が感じられる。
(この違和感は?)
『動くなら今すぐにしないと』
(ああ、そうだわ。何とか……シン様に事情を)
『聞いて、本当のことを答えてくれるの?』
(今まではそうやって……)
『騙されてきたんじゃない。そうやって、何度も』
今度こそ何とかなる、変えられると思っていたのに。
なんて勘違いをしていたのだろう。
婚約を解消する方法は、なにも一つではない。私を事故に見せかけて殺してしまえば、婚約は白紙になる。
女王になる前に、他国に行けるチャンスを狙った。女王になれば私は他国に行くことが出来ない。それが妖精王との約束だ。
(ずっとこれを狙っていた? 信用を得て、自国への旅行と見せかけて……それがシン様、ううん、スペード夜王国の目的? 全容が見えない……でも、もし作戦か何か事情があったのなら、シン様は私に話してくれる。今までそうやって秘密事は減らそうって話し合って決めた……のに……)
どうしてだろう。いつもならもっと違うことが考えられるのに、うまく考えがまとまらない。
十年の努力は全て水の泡だった。
幕引きは慣れている。十二回も繰り返したのだ、今更なんてことはない──のに、婚約破棄を言い渡されるよりも胸が苦しかった。
(今逃げ出して見なかったフリをする? あとからシン様に事情を……)
『本当に? 誤魔化されて丸め込まれてしまうのではないの? 決着をつけましょう。今なら彼との関係をキッパリと断ち切ることが出来るわ。だって不誠実なのは向こうだもの』
妖精の声が正しいように聞こえてくる。
そう。私は頑張ったけれど、失敗したのだ。
また裏切られて、騙された。
私の傍にいる妖精は、優しい言葉で鼓舞してくれる。
勇気を出して、扉を開いた。
「──ご歓談中、失礼します」
「!?」
私は小包と手紙を両腕に抱えながら、部屋に足を踏み入れる。和やかだった空気は一瞬で消え去り、張り詰めた空気が流れた。
「!」
「そ、ソフィ!?」
しどろもどろになるシン様はソファから慌てて立ち上がるが、動揺を隠しきれていなかった。傍に居る聖女アリサは私の登場に驚いたが、一瞬だけ口端が歪んだのを見逃さなかった。
ピンクの髪が揺らぎ、怯えて顔を伏せる。『ざまあ』と言わんばかりの顔は私にしか見えない。あくまでも周囲には非力でか弱く見せるのが上手い。彼女ならではの処世術なのだろう。
「ごきげんよう、シン様。突然の来訪および無断の入室をお許しください」
「あ、いや。それは──」
言い訳をする前に私は口を開いた。まだ感情を表に出すのは早い。
もう少しだけ、と私は女王としての仮面を被った。優雅で、堂々する。いつだって幕引きは上手くやってこられたのだから、今回だって大丈夫だ。
「お手紙でいただきました案件と、結婚指輪をお返しに参りました」
「手紙? え、な──」
「この後は宰相であるジェラルド兄様と話を詰めるかと思いますが、どうぞお元気で」
出来るだけ忘れられないぐらいの笑顔で、私はシン様を見つめた。
「!」
私はテーブルに手紙と小包、そして指にはめていた婚約指輪を置いて部屋を後にした。退室するまで王族として恥ずかしくないように。
引き留める声も何もなく、私とシン様の関係は終わりを告げた。
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