第40話 私の大切な婚約者様
「もしかして私たちの縁談は、シン様のお母様が?」
「ええ、ルーシィとグエン国王様から。後継者争いに巻き込ませないために、随分前から打診はあったの。それにあなたたちは覚えていないかもしれないけれど、フェイ様は子供の頃にソフィーリアに求婚しているのよ」
「え!?」
「な!?」
私もシン様も衝撃の事実だったようで、飲みかけた紅茶を吹きそうになる。本当に危なかった。シン様は咽ている。どうやらシン様も覚えていないようだ。
「本当に二人とも可愛かったわ。ジェラルドは妹が出来て最初は拗ねていたけれど、貴女が諦めずに後ろをくっ付いていたら、いつの間にか溺愛して『ソフィと結婚する』って言い出したの。そしたらフェイ様が『僕がソフィをお嫁さんにする』と張り合ったのよ。可愛かったわ」
「……………非常に残念ながら、全然覚えてない」
「私もです」
それよりも最初ジェラルド兄様に嫌われていたことが、地味に悲しくなった。それにしても、そんな頃からシン様と出会っていたなんて知らなかった。
「…………」
「シン様?」
思いつめた顔をするシン様は、泣きたい気持ちを堪えているように見えた。無理もない。まだ母様が亡くなって数年しか経っていないのだ。
もっと一緒に居たかっただろう。
スペード夜王国の後宮がどんなところなのか私には想像できないが、隣国で出産をするぐらいなのだから予想以上に危険な所だったのだろう。そんな危険な場所でシン様は育った。味方と呼べる母様を喪って。
私はシン様の手のひらに、そっと手を重ねた。
「ソフィ」
それから少し落ち着きを見せてから、シン様は私の手をギュッと握り返す。
(ひゃ! こ、こんな時に気の利いた言葉が言えれば良いのに……)
「母は幸せでしたか? その……つらかったとか、悲しいとかは、言っていませんでしたか」
「幸せだと言っていたわ。愛しい夫と息子に会えて幸福だと。そして貴方が大きくなるにつれて、貴方の将来を心配していたわ」
「そう……ですか」
泣きそうなのに泣けないで我慢しているシン様を見て、お行儀が悪いと思ったが横から引っ付いた。シン様は驚いた顔で私を見つめる。潤んだ瞳は今にも涙を流しそうだった。
「お母様、私ごとシン様を抱きしめてくださいませんか」
「!」
「あらあら、甘えん坊さんね」
そう言いながらも母様は席を立ち、私とシン様を優しく抱きしめてくれた。甘い花とお日様の香りがする。お母様の抱擁はとても大きくて温かい。
「王妃様!? あの私はもうすぐ十六になるのですが……」
「あら、私の義息子になるんですもの、子は親に甘えるものよ」
「…………ありがとう、ございます」
この日のことはきっと忘れないだろう。
嬉しくて、温かくて、ずっと自分の中で凝り固まっていた氷が春の訪れとともに溶けていくような、そんな安堵感に包まれた。
***
その日、父様とジェラルド兄様を呼んで、両親とフェイ様に時間跳躍のことを語った。
夢、ではなく実際に起こった話なのだと。
正直、みんなの反応が怖くて、終始俯きながら話した。
「その……だから、今回で時間跳躍は十三回目になるの」
「そうか。だから……」
「そんなことが……あの夢で時々見るのは過去の時間軸の記憶だったのか」
「ソフィ、よく話してくれたわ」
「私の天使が一人で戦っていたというのに……」
(あれ……思っている以上に、信じてくれている? ……って、シン様が真っ白になっている!?)
「私は……なんという」
どれぐらい信じてもらえるか分からなかったが、みんな私の話を信じてくれた。あまりにも、あっさりと受け入れたのでなんだか拍子抜けをしてしまった。私の今までの頑張りを労ってくれたことが何よりも嬉しくて、今まで独りで解決しようとしていた自分があまりに自分勝手で愚かだと思った。
最初から話せば、時間跳躍で十二回も繰り返すことがなかったのではないか。家族に迷惑をかけたくない、その一心だったというのに最終的に心配させてしまったのだから、私はどこまで愚かなのだろう。
私が時間跳躍のことを告白したことによって、父様はダイヤ王国に伝わる『古い伝承』について話をしてくれた。
それは王家の伝承で、秘匿とされたものだそうだ。内容は『魔物が活発化して世界が闇に覆われた時、異界からの転移者が世界を照らす』とあり、聖女という存在も、その伝承のうちの一つだった。
けれど、その伝承には続きがあり、こう記されていた。
『転移者は必ずしも善ではない。魔物は人に取り憑き、孤独な心は《原初の大魔女》の器に選ばれ、徐々に精神崩壊を起こし《原初の大魔女》が復活した時、世界は滅ぶ。それを救うのは善行を積んだ聖女のみ』
その話を聞いて恐らく『聖女アリサ』は、転移者だろうという結論に至った。十三回目のやり直しが開始された八歳の時に、アリサ・ニノミヤという名前の少女を妖精たちに探してもらった。しかし結果として「そんな子はいない」と言われたのだ。
改名や偽名などで人間は騙せるかもしれないが、妖精はそれすらも見破るのだ。故に彼らが「いない」といったのならば現段階で、この世界におらず別の世界から来た転移者という可能性は十分にある。
そして時間跳躍の時間軸で、彼女が聖女らしい振る舞いをしていた──のかに疑問を抱いた。むしろ戦争の引き金を自らしていた気がする。
その状況自体が異常事態だと父様は言っていたが、私としては時間跳躍の時間軸で、妖精たちやオーレ・ルゲイエの繋がりが薄かったことの方が気がかりだった。
思えばそれも魔物や《原初の大魔女》による影響が私にもあったのだろうか。それをオーレ・ルゲイエや妖精たちに尋ねても、やはり誤魔化されてしまった。
「その答えはソフィーリアが十八歳になった時にわかるだろう」
「?」
お父様は私の頭を優しく撫でた。
(お父様もなにか知っている?)
視界に映るオーレ・ルゲイエや妖精たちは、申し訳なさそうな顔をしていた。彼らは私に意地悪をしたくて言わないのではないのだろう。
何か理由があって話せないのだ。それはなんとなく見ていれば分かる。
だから私は疑問を胸にしまった。
いつか話してくれるのなら、それを待とうと。
「ソフィ、これからもっと一緒の時間を作ろう。貴女の未来を変えるために」
「……はい。ありがとうございます、シン様」
それから私はシン様と少しずつ距離を縮めるため、一緒の時間を過ごそうと予定の調整や、こまめに連絡を取っていった。シン様は私に応えるように前よりも表情豊かになって──悪戯とからかう癖は増えていったが、嫌いじゃない。
そうやって歩んできた時間を積み重ねて、あっという間に六年が過ぎていった。
***
『たくさんの養分を吸収して、幸福という花を咲かせる。でもね、花が開いた瞬間というのが一番隙ができるの。私の愛しい、愛しい人。あと少し、あと数手で貴女は世界を──してくれるわよね?』
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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