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第34話 一歩前へ

 それからまた私はたくさん眠った。

 部屋の外に出ることもなくのんびりと過ごす。妖精たちやジェラルド兄様、父様、母様は執務の間を抜け出して何度も顔を見せてくれたので、寂しくはなかった。

 贈り物は毎日届き、テーブルの上に積み上がっていく。たくさん泣いて、寝たせいか少し気持ちが落ち着いたようだ。


(今思えばいつも時間が無くて、焦ってばかりいたわ。一度立ち止まってしまったら動けなくなりそうで怖かった……)


 結末を変えたい──その一心で、一人で何とかしようとしていた。家族に頼ったり少しずつ改善したと思っていたが、時間軸や根本的な問題を誰にも相談できないでいた。

 私にはもっと頼ってもいい人たちがいたのに。

 見舞いの品は毎日のように贈られてきて、テーブルの上からソファにまで進出している。



 スペード夜王国の第七王子セイエン様からも、今回の一件を聞いたのか謝罪の手紙と贈り物が届いていた。ハート皇国からはアレクシス様から見舞いの手紙が。クローバー魔法国は個人的にエル様から贈り物が届く。そして毎日のように贈り物をしてくるのは、シン様からだった。


(あの日からシン様に会っていない)


 ジェラルド兄様が会わせないようにしているのかもしれないし、シン様が姿を見せないだけかもしれない。


時間跳躍(タイムリープ)ことを話しても信じてもらえるかしら。不安だけれど……今のシン様なら……)


 私はベッドから起き上がり、机に向かって手紙を書く。

 パーティーのあの日、シン様はお茶に誘ってくれた。その件で時間を貰えないのか、そう手紙にしたためると妖精に頼んで届けて貰った。


(ジェラルド兄様に渡したら届かないかもしれないものね)


 それぐらい以前にも増してジェラルド兄様は過保護になった。ラン家の令嬢の件も重なったからだろうか。落ち込んだしショックも受けたが、これからも彼女のような人が現れるはずだ。そしてシン様は聖女アリサと出会い、恋に落ちて──今度は私が令嬢のように別れを告げられるかもしれない。


(それでも出来ることから、今のシン様を──信じたい。それに心の声が聞こえるのなら、本心を聞き出すことができるはず!)


 妖精たちの話によるとシン様は今、アルギュロス宮殿にいないそうだ。


(そういえば、シン様が現れる前……。いつもなら妖精たちが敵対行為を見せた段階で外に放り出すのに、何も起きなかった? 偶然?)


 返事は早くても一週間ぐらいだろうか。留学で成果も出さないといけないことを考えると、それ以上かかるかもしれない。そう思っていたのだが、五分で妖精が返ってきた。


「ええ!? もう返ってきたの?」

『走り書きでごめんって』

『でも、渡してって』

「五分って……。私、一時間ぐらいかけて書いたのに」


 シン様の返事は「三日後、会いに行く」とだけ書かれている。使っている紙は上質なものだ。スペード夜王国では和紙というらしい。

 飾り言葉もない走り書きのような文字だったが、シン様からのものだと思うと胸が温かくなる。三日なんてあっという間だと思っていたのに、私には知恵熱を出して休んでいた一週間よりも長く感じられた。


(シン様に合う前に、各国にお返事を書かないと!)


 そして三日後。

 ウキウキとそわそわした気持ちで待っていたが、夕方になってもシン様は部屋に現れなかった。ジェラルド兄様は王都での仕事があるので、アルギュロス宮殿にいない。母様には前もって話を通しているので面会謝絶などはしないだろう。

 シン様が来たら私の部屋に通す話もしているのだが、空が夕闇に包まれても扉をノックする音はなかった。


『悲しいなら、歌ってみたら?』

「え?」

『ソフィの歌すき。元気になれる!』

『歌ったら気持ちも紛れる』

「……そうね」


 妖精たちのリクエストに応えるべく、私は自分の好きな歌を口ずさむ。

 シン様が好きだと言ってくれた歌を。

 少しずつ口も開いてきて、声が出るようになる。久しぶりに歌うと気持ちがよく続けて他の歌も歌ってみた。改めて歌うのが好きだと実感する。


(私が女王として即しなかったら、歌い手になっていたかしら。それとももっと違った生き方があったかも?)


 そう想像すると少しだけ自由になった気がして、心地よかった。

 羽根を広げてどこにでも行けるというのは、胸が躍る。そんな妄想に浸かっていたまさにその時、声が聞こえた。


「素敵な歌声だったよ」


 拍手と共に聞き覚えのある声が耳に届く。

 扉へ視線を向けるが、ドアは閉まったままだ。


「幻聴?」

「いいや」


 ふわりと窓辺のカーテンが揺らいだ。外に咲いていた薔薇の花びらが部屋に入り込む。

 それと同時に人影が現れた。

 妖精の転移魔法だったようで、急に現れたシン様に驚いた。シン様はカンフクと呼ばれるスペード夜王国の衣服を纏っている。少し痩せただろうか。顔色も悪い。


「シン様?」

「ああ、何とか着いたようだ」

「真っ青ですわ。こちらに座ってください」

「ああ」


 私はシン様の手を引いて半ば無理やり座ってもらった。

 話をするためにも私は向かいのソファに腰を下ろす。


「遅くなってすまない。スペード夜王国から急いで向かったのだが、すっかりこんな時間になってしまった」

「帰国していたのですか!?」

「ああ。蘭家一族は、今回の一件を『令嬢の暴走』として処理したそうだ。彼女は後宮の侍女として召し抱えられるらしいので、ソフィにちょっかいを出すことはないだろう」

「そう……ですか(私が眠っている間に、シン様はずっと事後処理をしていたなんて……)」


 ホッとしたような、けれど胸にはモヤモヤが残っていた。

 僅かな沈黙が少しだけ重苦しい。

 話したいことがあるのに、言葉が出てこなかった。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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