第32話 認めなければならい想い
時間跳躍の時間軸で見てきたシン様とは違う。表情が豊かでよく笑っていた。研究熱心で、気づいたら徹夜明けなんてこともあって、生活習慣が少し心配だったりする。
私を見る目は温かくて、優しくて、大事にしてくれているし、心の声を聞いてから余計に好きな気持ちが加速した。
もう充分、惹かれているし、惚れている。
いい加減、自分の思いを認めるべきだろうか。
あれだけつらい目にあっていたのに、愚かな選択だと思う。
最後には裏切られるかもしれないのに。
それでも、やっぱり私は──シン様の隣にいることを、諦めたくない。
(ああ、この気持ちは……)
グッと下唇を噛みしめ、感情的にならないようにと律する。
今すべきことはルイジェ嬢とシン様の事実関係を明らかにすることだ。聖女ではないものの、シン様がどう対応するのかも分析する良い機会かもしれない。
「ではシン様とスペード夜王国の関係者に事実確認をして参ります」
「必要ないわ。フェイ様はすでに同意したと、このわたくしが申し上げたでしょう!」
「この婚約は政略結婚でもあります。もし先ほど話した婚約破棄や恋人が虚偽だった場合、ダイヤ王国の次期女王に対して貴女とラン家は意図的に両王家の関係を壊す──謀反でも起こす気なのでしょうか?」
「な! ──っ、滅相もございません……そのような……大それたことなど……」
ルイジェ嬢は事の大きさにようやく気付いたのか、青い顔をしていた。
その表情からしてシン様に合意をとった可能性は低いだろう。
ちょっぴり安心したが、表情に出さずにこの場から離れるため一声かけた。
「どちらにしろ、事実確認をさせていただくわ」
「ま、待ちなさい!」
「!?」
ルイジェ嬢に背を向けてバルコニーを出ようとしたが、背後から彼女に腕を捕まれた。
振り返った彼女は、眉を吊り上げ、歪んだ顔で睨んできた。
「痛っ」
「そもそもフェイ様を他国に渡すなんてとんでもないわ。それこそ国の損失よ! あなたみたいなお子様に、あの方はもったいない。国のための政略結婚の癖に、調子に乗らないで! あなたなんてフェイ様にこれっぽっちも愛されていないんだから!」
「──っ」
最後の言葉が胸に重く突き刺さった。
感情的になったルイジェ嬢は何かに怯んだのか、平手打ちをしようとした手が止まった。
「あ、あの、これは……違うんです」
「?」
しどろもどろに弁明するルイジェ嬢は私を見ていない。私の後ろは廊下に繋がっており、そこには誰も──。
「何が違うのか、聞いても?」
(ひい!?)
「ヒュッ」
低く怒気を孕んだ声に、思わずゾッとしてしまった。
その声音を私は知っている。
声変わりをしてさらに低くなった声で、何度も告げられた。
恐る恐る声の主に視線を向けると、シン様は張り付けたような笑顔で私とルイジェ嬢を見ていた。凍るような鋭い瞳に、悲鳴を上げないようにするのが精いっぱいだった。
(あの目は……)
「ち、違うんです。ソフィーリア様が、私とフェイ様の仲を疑って……。貴方様からも何か仰ってください。私たちが恋人関係だということを!」
「恋人? 一度も会ったことがないというのに、よくそのような大言壮語を口に出来るな(何を勘違いしているんだ? ロクに話をしたこともないと言うのに、とんでもない大嘘つきだな。それがソフィを? 殺してしまおうか)」
シン様とルイジェ嬢の話がどうにも噛み合っていない。やはり恋人ではないのだろうか?
会ったこともないのに、恋人というのはどういう事だろう。文通相手で心を通わせたとかだったら、ちょっとロマンティックだ。
「お会いしていなくても、いつも贈り物を頂きましたし、お母様もフェイ様の元に嫁ぐと了承していたわ」
「贈り物? ああ、蘭家はハート皇国との貿易関係に携わっていたので、仕事先として当主に土産品を送った記憶はあるけれど、貴女個人に贈ったことなど一度もない」
「そ、そんな……」
「(ソフィを不安にさせたんだ一族を滅ぼすぐらいしてやりたいが……)たったそれだけのことで、私の婚約者に『恋人』と偽ってよく詰め寄ったものだな。このことは伯家からも抗議文を送らせてもらう」
「フェイ様! それだけは、どうか」
ルイジェ嬢はシン様に縋りつく。先ほどの傲慢で高飛車から一変して、涙を流し震えていた。この部分だけ切り取れば、庇護欲を掻き立てられてコロっと騙されそうな気がする。
「貴女は《クドラク病》の症状を緩和する目的で使っている茶葉の八割が、どこから輸入しているのかも知らないようだ。ダイヤ王国との貿易そのものを白紙に戻せば、国がどれだけの損失を受けるのか考えたことも無いのか」
「わたくしは……ただ、フェイ様をお慕いして……」
シン様はルイジェ嬢の手を振り払うと、彼女は力なくその場に座り込んでしまった。
絶望する彼女の姿は過去の私にそっくりだ。立ち位置が違っていたとしても、過去の記憶が蘇るたびに悲しみと絶望が押し寄せてくる。
「全部、王女がいけないのよ! 私の王子様になるはずだったのに! 貴女なんか愛されていないくせに! 政略結婚で奪っただけで勝ち誇らないことね!」
「………っ」
「ソフィ、行くぞ」
シン様は私に手を差し出すのだが、過去と似たシチュエーションに体がこわばってしまう。
いつか私もルイジェ嬢と同じ運命になるかもしれないと思うと怖くて、動けない。
(シン様は変わってない。その時がくれば私も……)
「ソフィ、失礼する」
「あ」
私の手を掴んで抱き寄せて、そのまま体を持ち上げる。これは童話で見たことがあるお姫様だっこというものだ。
家族以外で──ましてシン様の顔が近くて体が硬直してしまう。
(きゃあああああああ……!)
「(ああああああああーーー、どさくさに紛れでソフィとこんなに密着する機会が来るなんて! 軽いし、どこもかしこも柔らかいし、可愛すぎる!)」
シン様の顔は至って平静を装っているが、心の声はかなりテンションが高い。あっという間にバルコニーから離れて、廊下を突っ切る。
その間、会話はない。
少しして彼の顔を盗み見ると眉間にしわを寄せて、苛立ちを露わにしているのがわかった。時間跳躍の時間軸でよく見ていた表情だ。懐かしさと拒絶された記憶がない交ぜに蘇る。
(あと六年で私もああなる可能性を見てしまった……)
「来るのが遅くなってすまない」
「え、いえ……」
謝られるとは思っていなかったので、困惑してしまう。こういう時、もっと女王らしい振る舞いや言葉が返せていたらよかったのに、色んな感情が入り混じって上手く言葉が出てこない。
これで次期女王なのだから、本当に情けない。
「こんなことになったのは、私の落ち度だ」
「あの……本当にシン様の恋人ではないのですね?」
「断じてない!!」
「っ……!」
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