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第31話 運命の人

(な、なんでこんなに早く居場所がバレたの!?)


 強い香水の匂いと共にバルコニーに現れたのは、薄紫色のドレスを着た美女だった。


 絹で作られたドレスは体のラインがはっきりと出るデザインで、見た目からして恐らくスペード夜王国の客人だろう。年齢は十五、六歳だろうか、大人っぽく美しい顔立ちだが、眉根が吊り上がり私にあまりいい印象を持っているようには思えなかった。


「もう一度聞くわ。貴女がダイヤ王国第一王女ソフィ・グロリア・フランシス様?」

「そうですが。どなたでしょうか?」

「わたくしはスペード夜王国の四大名門蘭家の一人娘、ラン・ルイジェ。シン・フェイ様の()()ですわ」

「……それで何の御用ですか?」


 淡々と切り返す。自分でも驚くほど冷静で、冷たい声が出た。

 私の反応が予想外だったのか、ルイジェ嬢はあからさまに動揺し声を荒げる。


「わかるでしょう。私は彼の恋人よ! それを勝手に婚約など進めて、よほど私とフェイ様の仲を引き裂きたかったんですわね」

(聖女アリサじゃないけれど、運命の人が早くも出現した!?)


 ルイジェ嬢がシン様の運命の方なのだろうか。

 この時間軸に聖女アリサの影はない。彼女がシン様の運命の相手だとしたら──彼女の言葉を受け止めようとして胸がチクチクと痛んだ。


「……それで私に文句を言えば、気が済むというのですか?」

「済むわけがないでしょう」

(ですよね。じゃあ婚約破棄しろと言い出すのかしら?)

「いいこと、今すぐに婚約は間違いだったと公表しなさい」

(言い切った。これなら婚約破棄出来るのでは? 今のうちに婚約破棄の手続きを揃えつつ両国の亀裂を生まない形でまとめれば、時間跳躍(タイムリープ)の流れを変えられる?)


 まさか二ヶ月で婚約破棄の話が降ってくるとは思わなかった。今度こそ婚約破棄に持ち込める。

 そう思っているのに、胸がチクチクした。自分の芽生えている感情を誤魔化して、事実確認を取ろうと口を開いた。


「それはシン様も同意していることでしょうか」

「もちろんよ」

「では、国家間の婚約に関して、どのように撤回するよう交渉を行うつもりなのですか?」

「え、な──そんなの、心から愛し合っているのだから関係ないでしょう」

(あー、うん。……この方は政治というものをご理解なさってないわね)


 これは国家間での婚約であり、それに一個人が口を挟めると本気で思っているらしい。もう少し計画的な行動だと思っていたが、どうやら感情任せの見切り発車とは。


 ここでそんな発言をすることで、スペード夜王国との交流関係にヒビが入ると考えていないのだ。

 《クドラク病》の症状を抑えるための茶葉の八割が、どこで手に入るのか知らないのだろう。それほどまでに彼女の発言は軽率で愚かだ。


(せめてもう少し計画を立ててからにして……)


 私が黙っていると、ルイジェ嬢は口元を緩ませて強気な態度に出た。


「ああ、わたくしがシン様と恋人かどうか疑っているのでしょう。ダイヤ王国の次期女王様は知るわけもないでしょうが、毎年誕生日になるとシン様から花と贈り物が届くのです。わたくしが賜ったのはアザレア。花言葉は『恋の喜び』! どうです。シン様がどれだけ、わたくしのことを想っているのかご理解できましたか?」

(花? そういえばやり直しの時に白百合と短剣を贈られたけれど、花言葉なんて知らなかったわ)


 そもそも私は婚約破棄を望んでいるものの、無計画さに唖然としてしまった。もうこのまま感情任せで強硬手段をとるとしたら──。


「駆け落ち……」


 声に出てしまった。その言葉を聞いてルイジェ嬢は口元を歪めた。


「え──ええ、そうね! 全てを捨てて他国で慎ましく生活するわ。愛があれば乗り越えられるもの!」

「行き先は? 逃走ルートと足は? 資金は十分にあるのですか?」

「も、もちろんよ。行き先も逃走ルートも完璧よ。だからここで婚約破棄するって誓いなさい」

(駆け落ちするのに、私の気持ちを聞いてどうす───る)


 ふとシン様とルイジェ嬢が並んでいるところが脳裏に浮かんだ。

 婚約破棄もせずに駆け落ちをするとしたら、私は二人の幸せを願えるだろうか。

 少なくともこの三カ月、シン様は私の傍で仲良くなろうと歩み寄ってくれた。

 今の私を見ていた。


(私は()()()()()()()()()()()()()?)


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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