第26話 婚約発表の準備
別作品の話数を入れていました。
大変失礼しました
二か月後。
お披露目パーティーを行うため、私と父様は国境付近にあるアルギュロス宮殿を訪れていた。白で統一された宮殿は手入れも行き届いており、部屋は清潔で床もピカピカだ。
父様は顎髭を生やしており、ここ数年でだいぶ恰幅がよくなってしまった。引き締まった肉体はどこへ。もっともその原因は、父様が最近ハマった菓子作りだったりする。
「こちらの宮殿にも雑務をこなす妖精子犬人と、家事妖精シスターズがいるから、後で挨拶をしてくると良い」
「はい父様」
「本当にソフィーリアは可愛いね。うん、さすが私と妻の子だ。ジェラルドも宰相補佐として優秀で本当に助かっている」
「流石、兄様ですわ」
「ただ時々数学の話になると、私はついていけないのが寂しいよ」
「兄様の趣味は相変わらず何ですね」
「そうなんだよ。なんでもミクロの世界の物理法則はシュレディンガーの波動方程式が基本となっている云々とか」
(うん、全く分からない)
ふと顔を上げると父の肩にはたくさんの妖精や、妖精子犬人たちが引っ付いていた。みな父様が大好きなのだろう。
「菓子を作ると知らない間になくなっている」と笑って話すのも、妖精たちに食べてもらおうとしているからだ。
「ああ、そうだ。夕方にはラーレイ伯と夫人との晩餐だが、フェイ殿は面識があっただろうか」
「はい。披露目パーティーの下準備の際に、ご挨拶をさせていただきました」
「そうか、そうか」
黙って付いてきたシン様は愛想よく答えた。婚約者になってからもシン様は驚くほど優しくて、気遣いができて社交的かつ良識を持つ完璧超人になってしまった。《クドラク病》の症状改善に向けても本格的に取り込んで、日々茶葉の研究に勤しんでいる。
(……あっという間にダイヤ王国の人たちとも馴染んでいたものね)
シン様の髪の色や、整った顔立ちは周囲の目を惹く。他国の王子でありながら紳士的な振る舞いは人に好印象を与え、老若男女問わずシン様の人気は右肩上がりだった。
妖精王の友でもあるので、妖精たちも好意的である。
(ダイヤ王国で肩身が狭い思いをしないように、ジェラルド兄様にお願いをしていたけれど、必要なかったのかも)
婚約者になったら、十二回の時間軸と同じように素っ気なくなるかもしれないと覚悟していたが、そんな兆しはなかった。
むしろ──。
「(ああー、ソフィが今日も可愛い。今日はソフィから三回話しかけられた。実にいい日だ。笑みも増えたし、お茶会もできる限り時間を作ったけれど、できるのならもっと一緒にいたい……いやいや、束縛する男は好かれないと本にも書いてあった)」
(やっぱり何度試してみても、シン様の心の声しか聞こえない。それにしても忙しいのにいつ本を読んでいるのかしら?)
そもそもシン様は忙しいはずなのに何かと理由を付けては私に会いに来る。婚約者としての体裁のためと思っていたが、本心から私に会いたいだけだというのだから驚き、衝撃だった。二カ月経った今でも、彼の言動に困惑しっぱなしだ。
まず一日に会う回数が可笑しいのだ。
週に一度どころか、このところ毎日訪れる。
理由を付けて断っていたのだが、とても凹んでしまうので無碍に断れない。
(私が会いたいと手紙を送った時は返事になかったのだから、いい気味だ……って思っていたのに、悲痛な声が丸聞こえだと断れなかったのよね……。私の意気地なし……)
今回はお披露目パーティーの準備もあるので、一緒の時間は普段よりも多いし、逃げられない。移動中はもちろん、アルギュロス宮殿に滞在中の一カ月は毎日のように顔を合わせることになる。
(六年後には婚約破棄するかもしれない……。その運命を変えるためシン様と親しくなる? うんん、そんなことをして今度こそ婚約破棄をされたら──)
たぶん、耐えられない。
すでに私の心は壊れかけているのに、これ以上は──無理だ。
(優しくしてくれるのは嬉しいけれど、先のこと何てわからない。聖女と出会って一目惚れしてしまったら……。そうさせないように繋ぎ止めるためにもシン様の思いに応えるべき? それが正解なの……?)
深入りしないようにと考えつつ、ほかの方法も模索するが答えはでない。一人で考えるには限界なのだとう思う。
(でもそれなら誰に相談すれば……)
「ソフィ? どうしたんだい?」
「ソフィーリア?」
「え、あ。……そ、そういえば、先ほどお話に出てきたラーレイ伯は薔薇を育てるのが趣味だと聞いたのですが……。お父様、本当ですか?」
「ああ、奥方共に薔薇をこよなく愛しておられる。去年は青薔薇の品種改良をしたとか言っていたぞ」
「それでしたら薔薇の花びらとその実を少し分けていただけないか、ラーレイ伯にご相談してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。……ああ《クドラク病》の研究にかね」
「はい。カネレの実とブレンドのお茶にしてみてはどうかと思いまして、シン様も色々調べているとは思うのですが……」
「(ああー、私の研究にまで理解があるなんて、ソフィは本当に素晴らしい。そして可愛らしい!)ソフィーリア、素晴らしい提案をしてくれて嬉しいよ」
「ふむ。確かに鑑賞だけではなく、それ以外にも活用できるのであればラーレイ伯や夫人も喜ばれるだろう」
(花びらを使ったお茶。確か時間跳躍の時間軸で、シン様が薔薇の香りのお茶を作っていたわね)
お父様とシン様は、そのままラーレイ伯に連絡を取るつもりなのだろう。足早に客間に向かってしまった。
(……お父様とシン様が話をしている間、中庭の薔薇でも見に行こうかしら)
そっと抜け出してアルギュロス宮殿の中庭へと向かった。何となく一人で散歩してみたくなったのだ。本当なら心のモヤモヤを相談すべきなのだが、悲しいことに相談相手が居ないのだ。
(お父様とお母様に相談したら百パーセント大事になる。……ジェラルド兄様も暴走しそうだから却下。友達らしい友達っていないし……。妖精さんたちはお喋りだから相談には不向きだし、じい様はこの手の話になると逃げる…………あれ、詰んだ?)
私はシン様のことがこの時間軸でも好きだ。
十二回の時間軸とは違って向けられる優しさも、真摯な言葉も、時間を作って会いに来てくれる想いも本物だと感じられる。だからこそつらい。何も知らないでいたら素直に喜んで、一緒の時間を楽しむことができたかもしれない。
廊下を歩いていた足がふと止まってしまう。
(前よりも距離が近くて、毎日会えてお話をして……惹かれて、好きになった後であの時と同じように裏切られたら──)
結局は、その結論に行き着く。
形だけの婚約と言いながら、決意して、割り切って契約したはずなのに私の心はあまりにも簡単に揺れ動いて、迷子のままだ。
結局、先送りしているだけなのかもしれない。
(やっぱり誰かに相談しないと堂々巡りだわ)
いつからこんなに臆病になったのだろう。
それもこれもこの時間軸が十二回目までと全く異なるから、調子が狂ってしまうのだ。
何かを変えたくて、あるいはヒントを得ようと──無意識に薔薇の咲いている中庭へと足を速めた。
***
『そうよ、たくさん悩んで、疑って、信じきれなくて、苦しんで♪』
『ちょっぴりの呪いが、私の愛し子を黒く染めていくわ』
『ふふふ、その先の未来で絶望して。負の感情こそ、私の眷族が咲き乱れる養分になるの。早く大輪が咲くのを見せてあげたい*』
『『『『待っていてね、私の愛しい人』』』』
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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