第25話 第十王子シン・フェイの視点4
スペード夜王国に戻って何かと思えば、王との謁見だった。 虞淵国王は几帳と呼ばれる屏障具と御簾の奥に座していた。
「息子よ、あの妖精王オーレ・ルゲイエに気に入られるとはよき働きをした」
「はっ。ありがとうございます」
「だが、一度の交渉で婚約に至れなかったのは良くなかったな」
痛いところを突いてくる。だがその通りだった。元々私には一度しか機会を与えられていない。妖精王オーレ・ルゲイエの恩情によって首の皮一枚で婚約者候補という肩書きが、かろうじて残っているに過ぎない。
「まあいい。この国で妖精王オーレ・ルゲイエの加護がどこまで通じるのか――確認するためにも、少しばかり国で仕事をして貰うとしよう」
「承知しました。(ああ……妖精の力はダイヤ王国では絶対だが、その他の国では殆ど効果が消える。だが妖精王オーレ・ルゲイエであれば多少は変わってくると考えて、術者たちの実験台になれと言うことか)」
「なに妖精王オーレ・ルゲイエの友人として加護を得ているのだ、死なぬように言い含めている。二週間、耐え切れればダイヤ王国での滞在期間は自由にするがよい」
それからは思い出すも地獄のような時間だった。
実験、いや拷問に近い。
おそらく《クドラク病》の根本的改善を目指すため、妖精の加護を新たな研究材料として取り入れるつもりなのだろう。スペード夜王国は研究熱心な者が多く、手先が器用だ。
四カ国の中でもっとも加工技術に特化している。
故に研究による拷問道具も多彩さを極めていた。
この二週間、心が折れずにすんだのはソフィーリアからの手紙があったからだ。返事が来るとは思ってもみなかった。妖精が運ぶ手紙は確実に私の元に届く。
美しい白の封筒に入っているのは花の香りの栞だった。私が作ったのを真似て作ったのだろう。ソフィーリアからの贈り物。
私のために時間を割いて用意してくれた。その事実だけで胸がいっぱいになる。
(最初に出会った頃から優しく、聡明だった……)
***
早く、お会いしたい。
その一心で二週間を乗り越え、三週間目に謁見する機会を得た。
やはりダイヤ王国にいるだけで気分がいい。体も軽く、ソフィーリア様の顔がよく見える。
「三週間しか離れていないのに数百年も経ったかのような気持ちだ。もっと傍でソフィーリア様の顔を見ても良いだろうか。いや幻でないかも確認したいので御手に触れても?」
気付くと本心を口にしていた。
大切な私にとっての太陽、私の大切な人――。
なぜ、そんな困ったような、今にも泣き出しそうな顔をするのだろう。
「ソフィーリア様? もしかして私に失礼があっただろうか?」
「そうではありません。ですが疲労困憊な方とお茶会を強制するほど私は酷い人間ではないので……よろしければ長椅子で休まれてはいかがですか?」
「ソフィーリア……。ははっ、ついにこんなリアルな夢を見るなんて。だがそれでもソフィーリアに膝枕をして貰えるのなら」
そこから先は記憶があやふやで、婚約したい気持ちと、ソフィーリア様を思う気持ちを赤裸々に語った。
で、その結果。ソフィーリア様――ソフィと婚約することが決定したのだ。婚約の書面を読み込み、サインをして数日。自分でも婚約者という現状に実感がもてなかった。
(ソフィと婚約……。まだ夢じゃないかと疑ってしまう!)
「それにしてもソフィーリア王女の心を射止めるとは、やりましたね」
「ああ。まだ実感がわかない」
楊明は婚約関係の手続きやら、スペード夜王国とのやりとりなどを引き受けてくれた。意気揚々と虞淵国王に報告して機嫌が良い。
「婚約発表までまだ期間はあります。今のうちに王女殿下との時間を割り振っておきましょう」
「ああ。婚約が決まった途端、愚兄たちのつけいる隙を与える訳にはいかない。なによりソフィーリアを独占するのは私だけでいい」
「随分と本音を口にできるようになりましたね」
「……それもこれも、ソフィーリアのおかげだ」
「だ、そうですよ、ソフィーリア王女殿下」
「は」
楊明はニコニコしながら扉を開けると、その向こうには長い金髪、琥珀色の瞳をもつ美しい少女が立っていた。薔薇色のドレスに身を包んだ姿は率直に言って可愛らしさが天元突破している。
しかも今日は手に篭を抱えているではないか。
「ソフィーリア!?(い、いつから聞いていた!? もしかして私がソフィーリアの名前を出したからノックができずに固まっていた!? え、何ていじらしくて可愛いんだろう)」
「復調したと……聞いたので、お見舞いに」
「(お見舞い! なんだ、そのご褒美は!)……それは有難い」
「それでは私は残りの仕事をしますので、ごゆっくり!」
「え、あ……はい」
楊明は空気を読んで退室した。
残った私はソフィーリアに視線を向ける。最初に出会った時は泣きそうな顔をしていたけれど、今は困った顔で微笑む。時々顔を真っ赤にして照れる姿も見せてくれるようになった。
それからたくさん泣いた日、私の手を離そうとしないところも愛おしくて――この方を幸せにしたいと心から思った。
「(これからはもっとソフィーリアに、好いている気持ちを言葉にしなければな。どうにも私は心の内を溜め込んでしまう。大事なことは言葉にしなければ伝わらない)……ソフィーリア、今日は向かい合ってではなく、隣に座ってもいいだろうか」
「あ。……はい」
ソフィーリアは途端に顔を真っ赤にして何度も頷いた。その姿も愛らしくて、少しずつ心の距離を縮めたら、また抱きしめることを許して貰えるだろうか。
ああ、それに彼女の歌も久し振りに聴きたい。
あの地獄を乗り切って本当によかった――そう私も楊明も思っていたし、実際、心身共に後遺症もなかったので油断していたのだろう。
悪意は音も無く私とソフィーリアの傍に近づいていたのだから。
***
『私の愛し子を取り戻すため《鍵》が芽吹いた。ああ、早く育ち、大輪の花を咲かせて――私の眷族である――黒薔薇を――』
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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