第20話 酷くて狡い人
「えっと……その、久し振りに歌うので……大目に見てくださいね」
「あ、ああ」
「すう。……LAA―」
小さく息を吐いて、部屋で耳をすませば聞こえる程度の音量で歌う。
これは母様が好きな歌で、旅一座をしていた友人が昔教えてくれたものだ。もしかしたらスペード夜王国の出身の人だったのだろうか。
異国の不思議な歌で私も気に入っている。陽だまりの空の下で、春の恩恵に感謝する歌。
愛しい人と、共に歩む幸せ。
大切な家族のありがたさ。
些細な幸福を振り返る歌でもある。
(ああ、やっぱり私は歌うのが好き)
シン様の気持ちと一緒に歌うのをやめてしまったけれど、今ではそれで良かったと思う。歌は人を癒すけれど、国を守る盾にも剣にもならない。だから歌う時間を国のために割り振った。
両親も兄様もそこまでする必要はないと言ってくれたけれど、中途半端にはしたくなかった。だから今回の時間軸での歌声は、ギリギリ人に聞かせられる程度のものだ。
ずっと昔の時間軸では両親が「歌姫になれる」と絶賛してくれたころとは、雲泥の差だったけれど、後悔はない。
久しぶりに唄うので少し緊張したが、それでもやっぱり気持ちよかった。歌い終わるとシン様は拍手をしてくれた。
「天上の神々すら拍手喝采するほど素晴らしい歌声だった」
「天上!? あ、ありがとうございます。その……最近はほとんど歌っていなかったので、お恥ずかしい限りです」
「もしかして喉でも傷めたのか? それとも何かあったのか……?」
「女神のような歌声なのに」と、絶賛の言葉に私は恥ずかしさで死にそうだった。家族以外の人から褒めちぎられると、やはりこそばゆい。
「歌うのも楽器を奏でるのも好きですが、他にやることがありまして……」
「……その、時々で良いでいい。私のために歌ってくれないだろうか」
「!?」
歌うのも楽器で演奏するのも好きだった。
けれど十三回目では必要以上に歌うことも楽器を手にするのもやめた。全てはダイヤ王国滅亡を回避するため。それなのにシン様は、私が大事にしていたものを手放させてはくれないようだ。
筋書きが簡単に変わらない。なんて厄介なのだろう。
「どうだろうか?」
「ええっと……。その……(婚約しない、って言わなきゃ、言うのよ!)」
「婚約の話なら貴女の答えが出るまで待つ。けれどそれまでの間、もし叶うのなら友人として会ってくれないだろうか。お茶をしたり、庭を一緒に歩いたり、時々歌を歌って聞かせて欲しい……と、欲深くもソフィーリアと一緒の時間を願ってしまうことを許して欲しい」
「──っ、(どうして……)」
シン様の言葉に目頭が熱くなる。
どうして、この時間軸でシン様がそれを提案するのだろう。それは──私がずっと、シン様といつかしたいと思っていたことなのに。
どこまでも狡くて、酷い人。
私にとびきり甘くて残酷な夢を見せるつもりなのかしら。
友人として。
最初から貴方を友人としてなんて見ていない。友人という形を取り繕っても頷いてしまったら、あっという間に私は、貴方を好きになってしまう。
(駄目。友人としても頷けない)
涙が溢れ出そうになるのを隠すため俯いた。息がうまくできない。
駄目。頷いては、また同じ未来になってしまう。
「では、私がそなたの友人となろう」
(え?)
ふと、私の前に蝶の羽根を生やした白猫が姿を現す。
「じい様……っ」
「じい様……? まさか妖精王オーレ・ルゲイエ!?」
「いかにも。この妖精王と友人となる名誉をそなたに与えよう。私の友人であれば、私の愛し子とも会う機会もあるだろうし、留学はもちろん、この国に留まるための時間稼ぎはできるだろう」
神々しいまでの光を放ち、鷹揚にじい様は第三の選択肢を用意してくれたのだ。
それは私やシン様にとって、都合の良い時間稼ぎとなる。
シン様はソファから立ち上がり、片膝を突いて、右手を拳にして左手の掌を立てた。スペード夜王国特有の挨拶なのだろう。
「──っ。妖精王オーレ・ルゲイエ、最上級の感謝を」
「うん」
騎士が忠誠を誓う姿とどこか雰囲気が似ている。
何よりさまになっていて、格好いいと見惚れてしまった。
「私の愛し子も、私の友人に会ってくれるだろう?」
「……じい様。……はい、じい様のご友人なら断る理由はありませんわ」
「ソフィーリア様」
これは大いなる時間稼ぎ。
私が結論を出すための。
そしてシン様もスペード夜王国の立場を確立するための。
婚約は保留。先送り。
今回の時間軸は、あまりにも違いすぎる。
だからこそ慎重に、用心深く対応すべきなのかもしれない。
***
それから私とシン様、じい様の三人で会おうという時間が設けられた。
この話を聞いた両親は素直に喜び、ジェラルド兄様は「スペード夜王国第十王子シン・フェイは、個人的に妖精王オーレ・ルゲイエと友誼を結んだ」と大々的に公言した。
友人の証として《クドラク症》に効果のある果実やワインを一年間無料で提供すると誓約書も渡した。
(さすが兄様だわ。これでシン様のお国の事情が何とかなると良いのだけれど)
私の心配を余所に、じい様との友誼の効果は絶大だった。そもそも友人として他国の人間を認めたのは初めてだったらしい。
「もっともここ数百年の間でだけれど」とじい様は呟いていたが、それでも稀なことに変わりは無い。
これによりスペード夜王国側からもシン様の留学許可が下りて、ワインを提供した一年の間ダイヤ王国で暮らすことが決定する。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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