第19話 私の心をかき乱す存在
翌日、私は知恵熱を出して寝込んでしまった。それまで忙しく日々を過ごしていたのと、十二回の時間軸では絶対に見られなかったシン様の変わりように困惑したのもある。
(だって全然違うんだもの!)
今まで私に笑顔を向けることもなかったし、会話も最小限。だから熱が引いた後も、「顔を合わせたくない」と子供っぽいことを言って、シン様を呆れさせようとしてみたが失敗に終わった。
困り果てて諦めてくれればいいのに、シン様は毎日、見舞いに訪れた。面会を許可していないので、ドア越しに彼の声を聞く。
『ソフィーリア様に、渡してほしい』
家事妖精経由で、シン様から手紙と押し花が届くようになる。庭師の許可のもと花びらを使って、シン様が栞を作ったと手紙に書かれていた。
(な、何がどうして、こうなったの!? シン様から贈り物なんて貰ったことないのに!! 手紙だって別の時間軸では一行だけだったのに、今は綺麗な便箋に三枚以上!!)
あまりの嬉しさにベッドに寝転がってはしゃいでいると、白猫姿の妖精王オーレ・ルゲイエがひょっこり姿を見せる。
『別の時間軸で短剣を贈られていただろう~』
「あれはカウントしてません! 贈り物ではなく嫌がらせですもの!」
『やっぱり、そういう認識だったか~』
「?」
意味深な言葉が気になったものの、好きな人からの贈り物は嬉しい。でもそれと同時に、複雑でもある。十二回の時間軸と全く違う──別人のようだった。
手紙のやりとりはあったけれど、当たり障りのない内容で一文だけ。
返事はなかった。
贈り物なんて──。
婚約者になって会うことも三ヵ月に一度、いや半年まで延びたことがある。
社交辞令程度ばかりで、会話も長く続かなかった。それでも会うたびに私は馬鹿見たいにはしゃいで、シン様とお話がしたくていろんな話題を出した。
些細だけれど、大事にしてきた大切な思い出。
あの時、願ったことが、この時間軸ではあっさりと叶ってしまう。
「……どうして。諦めるって決めたのに」
恋することを手放したのに。
どうして今になって。
「シン様とは婚約しない」と伝えるべきだ。そのためにも、もう一度シン様に会わなければならない。
手紙に書かれた温かな言葉、気遣う気持ちが伝わってくる。
それでも瞼を閉じると、冷徹な眼差しのシン様を思い出す。
『ダイヤ王国女王ソフィーリア・ラウンドルフ・フランシス。貴女との婚約およびダイヤ国とスペード夜王国との同盟を白紙に戻させてもらう』
あの時の声やシン様の雰囲気をハッキリと思い出せる。
(今が優しくても、どうあってもあの未来に繋がってしまうのなら、婚約なんかできない。ううん、したくない)
そう今までの失敗を繰り返さないためにも、婚約するわけには行かないのだ。
***
決意を新たに、シン様とお茶会の場を改めて設けた。
いつ見ても、シン様の黒紫色の長い髪は艶やかで綺麗だ。どの時間軸よりも今のシン様のほうが肌つやはよくて、余裕があるというか穏やかな雰囲気だった。
思えば私の記憶の中のシン様は、いつも張り詰めた空気を纏っていた。
「シン様、何度もお見舞いに来て頂き、ありがとうございました」
「いや。……ソフィーリア様に会えるのは嬉しいが、無理はしていないだろうか?」
(なに、溢れんばかりの気遣い! しかも笑顔付きって……!)
面会を許可した瞬間、またしても出鼻をくじかれた──どころか、主導権を持っていかれた気分だ。
シン様は私のことを気遣ってか、婚約の話を一度も口に出さなかった。代わりにこの国の豊かさや人の好さを嬉々として語る。彼がこんなに喋る人だとは思わなかった。
「やはりこの国の人々は素敵だな。私でも妖精が見えるようになって……歓迎されているのなら嬉しいんだが」
「(なんで……十三回目のシン様はこんなに違うのだろう。優しくて、微笑むことも増えた……)四年前から妖精たちが増えてきたんです」
奇しくも兄様の誕生日前後から妖精が増えて、普通の人たちにも見えるようになった。それどころか城に住み着いてあっという間に増えたのだ。
妖精王オーレ・ルゲイエが顕現した影響なのか、家事妖精シスターズたちが私の面倒を見るようになったのもこの頃だった。十二回の時間軸では無かった大きな変化。
「四年前。……ああ、そうだ。ジェラルド王子の誕生パーティーで、貴女が歌ったことを覚えているだろうか」
「え? あ、はい」
急な話題転換に、困惑しながらも頷いた。四年前、シン様とは出会っていないはずだ。それでもパーティーで歌ったことを知っているということは、会場内に居たのだろうか。
「シン様もパーティー会場に?」
「会場の……そうだな、隅に居た。あの頃は背丈も低かったし、あまり見栄えも良くなくて……ソフィーリア様に挨拶はできなかったんだ」
「そう……だったのですね」
「あの歌は昔、母が歌ってくれたもので……もしよければ今度歌ってくれないだろうか?」
(シン様のお母様は、四、いや五六年前に亡くなられていたはず。もしかして私に興味が湧いたのは、その歌を知っていたから? 私に優しくしてくれるのも、お母様との繋がりがあるから?)
ぐるぐる考えていると、シン様は無茶な願いをしたと思ったのか「突然すまない」と呟いた。
悲しそうな顔にあっさりと絆されてしまい、うっかり「いえ、あの歌います!」なんて答えてしまった。
(落ち込んだ顔をするシン様が悪いのよ! 本当にどんな時でも私を引っかき回すんだから!)
歌うと言ってしまった以上、後には引けない。
場の空気を変えて主導権を自分が握るためにも歌うのは悪くないと思うことにした。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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