92.未来の話2
【三日目】
広大な大地の中心に、無機質な四角形の机が構築されていく。空気から滲み出るように黒く艶のない椅子が両端に生成され、対話をする環境が作られた。
私は彼に許可を取るまでもなく、座った。見た目に反して、座り心地は悪くない。魔法で生み出した椅子ならば、時間と共に崩れ去ってしまうだろうと無感情に思った。
カランも無言で座る。彼の着席に合わせる形で、背後から無数のカードのようなものが湧き出てきた。生き物のように宙を浮くカード達は、私たちの対話内容を監視するように上空で止まった。
「貴方は、いつのカラン・ターマ何ですか?」
最初に話を始めたのは私だった。時間軸トリックについて解き明かした今、カラン・ターマと名乗る存在は複数いる。
今のように、初日に対面で話したカラン。
未来から来て、調査隊を離脱したカラン。
そして、未来から調査隊を助けたカラン。
「トール・クローバー。君と会うのはこれで二回目だ。正確にいうと、私は『巨大な魔力源』を用いて時空を歪め、過去にタイムスリップしたのち、調査隊を離脱したカラン・ターマだ」
「ああ。全ての元凶じゃないですか。貴方がタイムスリップなんてするから、地下はめちゃくちゃになったんですよ。上手くいけば、誰も死なずに済んだのに」
「時空を越えなければ、私が死んでいた。カラン・ターマが死ぬということは、未来を見通せる者が誰もいなくなり、もっと多くの人間が死ぬ。勇者と魔王が共倒れした程度のことは許容範囲内だ」
「寧ろ、バランスが取れてちょうど良い」と呟きながら、カランは宙に浮かぶカードを一枚手に取る。カードに記されていたことがつまらなかったのか、すぐさま破り、消滅させた。
私は呆れた気持ちで、疑問を口にした。
「許容範囲って言っても、ほとんど失敗じゃないですか。西国ダルフが魔王を裏切り、殺害したという事実は残っています。貴方が最初に不安視していた『世界を巻き込む大戦争が起きる。発端はこの調査隊』という最悪の予言通りになってしまった」
世界を救うことも、壊すこともできる時の魔術師。彼の予言は結果的に当たってしまったが、本来はそれを止めるために来た。
少なくとも、最初に会ったときは平和を願っていたはずだ。
「君のいう通り、未来を変えることに失敗した。だが、最悪の未来ではない。マイナスをゼロに戻すことには成功した」
「随分とあやふやですね。もう良いじゃないですか。事件はすでに終了していますし、思わせぶりな態度を見せる必要もないですよ」
「そのままの意味だ。『傾国の魔王』というイレギュラーを混ぜることによって大きなマイナスになったが、黒羽徹が来たことによって帳消しにできた、ということだ。私が逃げてきた未来では、黒羽徹はいなかったからな」
私がいるのは、今の時間軸だけ。
それもそうだ。私は未来の望月に召喚されたらしい。つまり、カランが逃げてきた時間軸では、私のいない正式な調査隊が編成されていたことになる。
「まさか、傾国の魔王が刃向かってくるとは思わなかった。私とヌルはあっという間に拘束されて致命傷を追わされた。死ぬのは時間の問題だった」
「アオストが?」
ああ、そうか。言われてみれば、私がいなくても正式な調査隊にはならない。
それに、未来が読めるカランと、魔法が効かないアオストは相性が悪いだろう。拳銃を撃つだけで、立場が一瞬で決まってしまう。
大方、未来を読むという存在が気に食わなかったのだろう。その感情は私も理解できなくはない。
現に、私とカランの話し合いの場に、アオストは参加していない。数十メートル離れた位置で、会の終わりを待っているのだ。
「『あなたの存在はつまらない』。それ以外の言葉は発さなかった。さすが、新時代の魔王だ。未来も読めなければ、対処することもできない」
「こちらの時間軸のアオストは、割と温厚でしたけどね」
「君という存在がでかいのだろう。同郷の存在で余裕が生まれたといったところか。現に、君たちは生き残った」
再び、カランが宙のカードを手に取る。彼はじいとそのカードを見つめたのち、深く頷いた。
今度はお気に召したようで、漆黒の机の上に置いた。ちらりとカードの内容を覗き込むと、白紙だった。
何も見えない。見通しの立たない、真っ白な未来。
なるほど、彼がこうして私に話しかけに来た理由がわかった。相方であるヌル・ファイスの救出という一面もあるだろうが、本命はやはり戦争を止めることだ。
カランは自身のことを傍観者と呼び、基本的に干渉しないと断言していた。しかし、本心では別なのだろう。
結局はセーレ達と変わらない。『世界を巻き込む大戦争』を止めるために、ここにいる。
私と喋ることで、未来を不確定なものにしたのだ。魔法の効かない異世界人が混ざれば混ざるほど、混沌になる。
変数をあえてかけることで、解をわからなくした。破滅する世界が決まっている未来よりも、ブラックボックスを取った。
この世界の住人は、考える規模がでかいな。
一人一人が世界の平和を祈っているなんて、日本じゃ考えられない。
「黒羽徹。君のような人間とこうして出会えたことは運命を感じる。未来が無数に分岐し始めている今だからこそ、私は出来ることを行う」
そう言って、彼は懐から何かを取り出した。長方形のタロットカードのようなものを机に並べ始める。宙に浮くカードとは違い、何やら記号が書かれている。日本では一度も見たことがない造形をしていた。
別時間軸のカラン・ターマと全く同じセリフ、全く同じ行動。彼が黒羽徹という男に出会ったのならば、この動きは必然なのだろう。
「占ってあげよう。何、未来視は使わない。どうせ君達の未来は見えないからね。サービスだ。異世界には魔法がないらしいから、この世界の魔法を見せてあげようじゃないか」
パラパラと、カードが宙に浮き始める。それは私を取り囲むように踊り始め、ドームのように頭上を覆い始めた。
以前は、魔法なんてくだらないと一蹴した。カードを踏みつけて捨て台詞を吐きながらその場を去った気がする。異世界もファンタジーも、私の邪魔をする障害でしかないと考えていたのだ。
勿論、今だってその考えは変わらない。論理的ではなく、合理的ではない世界だ。住人の思考回路も日本とは違う。それでも、理解することはできた。
つい三日前のことなのに、ここまで心情が変わるとは思わなかった。
私は少しだけ考える素振りを見せて、以前とは全く違うセリフを吐くことにした。
「せっかくだから、お願いしようかな」
この世界のことを知っておくのも悪くはないと、私は青空の下で思った。
地球に帰るのは、まだまだ先かもしれない。




