81.未来の話1
【三日目】
地下十三層から地上につなぐエレベーターは、この世界で唯一私と知っている場所に繋がっていた。
私が逃亡する望月茜を追いかけて、滑り落ちた山。異世界と繋がった最初の場所。私はこの山の麓で、教授と出会った。三日前のことなのに、随分と遠く感じる。
望月からもらった紐で拘束したヌル・ファイスを引きずりながら、森林を抜ける。
地球に帰ってきたわけではない。
森林の先には真っさらな不毛の大地が広がっていた。夕焼けの光が赤く地面を照らす。その中心にあるはずの、天を貫く巨塔は瓦礫へと変わっていた。
まるで、一つの山である。今から数時間後に、カラン率いる国際連合が過去の調査隊救出を試みるのだろう。
この時間軸の私たちには関係のない話だった。
行く宛のない私は、『傾国の魔王』と行動を共にすることにした。彼女は元々、『地球にいる家族へ手紙を渡す』ことを目的としている。
だから、異世界の壁を超える方法を知っているだろう純愛の魔王の元へ行ったのだ。その目論見は半分成功したが、手段はいまだに分かっていない。
というのも、私を異世界から呼び出した『巨大な魔力源』が未使用の状態でアオストの手の中にある。理論上は、もう一人異世界人を召喚することが可能なはずだ。
つまり、その逆も可能と考えられる。異世界の壁を超える源を手に入れたのだ。後は、方法を模索するだけ。
アオストの行動指針は、私の目的とも合致している。
地球に帰ること。
地球と異世界を繋ぐ謎を解くこと。
この両方は、異世界の壁を開けさえすればどちらも解決する。
それだけではない。
やはり、私一人でこの世界を生きていくのは現実的ではない。異世界の文化は知らないし、魔法についての知識もない。
教授のような信用できる協力者が都合よく現れるほど楽観的にもなれない。
その点、『傾国の魔王』モニ・アオストは利用できる。信用ではなく、利用というのが重要だ。
「ということで、縁あってアオストさんと協力することになりました。異世界から転移してきた黒羽徹です。魔王についてはある程度理解しているので、安心してください。地球に帰るまでお世話になります」
私の挨拶に、車内にいる青年は隣の少女と顔を見合わせる。アオストの紹介だからどんな異常な奴が来るのかと思ったが、意外とまともそう、というところかな?
こちらも同じ意見だ。
アオストと手を組むことになった私だが、早速彼女の力を痛感することになる。
元『純愛の魔王』城がある不毛の大地から徒歩で移動する覚悟を決めていた私だったが、アオストの仲間が迎えに来てくれたのだ。
『傾国の魔王』の配下。望月にとってのシルバのような存在。数名の男女で構成された、かなり若い集団だ。見た目に反して、力は確かなようだった。
馬車で運ぶような大きな荷車を、一人の少女が高速で引っ張っている。ユア・シフトの高速移動に匹敵するスピードを感じた。
魔法が使えないアオスト用に、人力車を使っているらしい。転移魔法の代替となれば、幾分か旧式になるのは仕方がない。
挨拶もそこそこに、人力車は出発した。身動きの取れないヌルを部屋の隅に放置し、私たちは雑談に興じた。
地下で起きた調査隊メンバーらの冒険活劇。
アオストから見た私の第一印象。逆に、私目線の話。
前世の話から、この世界の話まで。
異世界に来たばかりの先の見えない恐怖はない。地球に帰れるかどうかわからない不安もない。
純粋に、裏のない雑談。
それは、私にとって物語の終わりを感じた。地下にいた焦燥感に追われるあの感覚は完全になくなっていた。
これで良い。
行く先すら聞いていない。
異世界の壁を超えるためならば、どこに向かおうと同じだ。私のやることは、因果関係を解き明かすことだけ。探偵としてできることを、どんな場所でも果たすまでだ。
強いていうならば、東国パラスに近ければいいなと思った。教授とも意味のない雑談ができたら、どれほどいいだろうか。
西国ダルフにだけは向かわないでほしいな、とは思う。そんなこの世界の住人にしか生まれない発想に苦笑していると、突如として車体が揺れた。
前方に、崩れるように。
急停止したようで、慣性の法則にしたがって車内にいる我々は前へ突っ伏した。すぐさま、アオストの文句が大地に響く。
「ちょっと、急に止まらないでよ! 危ないじゃない!」
「うるせー! 人が飛び出してきたんだよ!」
人力を担当していた凄腕の女性魔法使いの声が響く。
障害物一つない大地で、人が飛び出してきた? 寧ろ、人にぶつかりそうになる方が難しい状況だ。
そんな摩訶不思議なことが起きるのだろうか。異世界なのだから、今更何が起きても驚かないが……。
「やあ」
否、正直かなり驚いた。
まさか、彼がこうして我々の目の前に現れるとは思わなかった。ヌル・ファイスを物のように運んでいる状況で、想定していないわけではなかった。それでも、少なくも今ではないと思っていた。
もう少し未来なら理解できた。
しかし、それでもやはり、見間違いではないようだった。
「この時間軸で話すのは初めましてかな、トール・クローバー」
私たちのよく知っているその男は、車体の前に立ち塞がっていた。長い黒髪が風に揺れて靡いている。彼にしては、少し楽しそうに笑っていた。
「カラン・ターマだ。占い師をやっている」




