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70.異世界転移者

【二日目 15:50】


「ぐ、うおおおおお」


 バチバチバチ。

 光が見えるほどの、熱がその場で発生した。静電気では済まない。クラガンは突然の痛みに叫びながら力強く振り払い、私から距離を取った。

 クラガンが目を大きくみひらきながら、自身の右手を見る。斬撃を受けているわけではないのに、激しく輪郭がぶれ続けている。回線が悪い時のプロジェクターのようだ。魔力そのものである腕が、実態を帯び始めている。魔力が発散して消滅した。


「クローバー! 貴様何をした!」

「この世界に来てから、ずっと考えていたことがあるんです」

「ああ?」

「アオストや望月茜のような異世界からの転生者は魔法を使えない。常識が通じない。ですが、私はそれ以上の存在なはずです。私は転生者ではなく、転移者だ」


 異世界転移をしてから、すぐに教授から魔法学の講義を受けた。

 大気中に漂う、目に見えないほど小さな粒。魔素と呼ばれるそれは呼吸と共に体内に取り込まれる。魂に触れた魔素の集合体は、液体のように溶けていき、体の中を流れていく。それが、魔力。人類は体内の魔力を放出することで、魔法を使う手段を得た。


 異世界転生者の魂は、異世界のものである。アオストは地球の記憶があるし、『純愛の魔王』は望月茜だ。魂に魔素が触れることはない。


 当たり前だ。私たち地球人にとって、魔素なんてものは概念物質でしかなく、フィクションだ。世界のルールが違う。


 故に、魔素が解けて魔力になることはなく、魔法は使えない。


 それならば、私はどうだろうか。魔素が魂に触れるどころか、体に当たることもない。転生者と違って、魂どころか体も地球産だからだ。


 この違和感に気が付いたのは、いつからだったろうか。確信したのはついさっきだが、最初からおかしな点があった。


 例えば、初日の夜。私は三階の宿泊室から抜け出し、『純愛の魔王』城のマッピングを行っていた。シルバの空間魔法によって建築された魔法の壁を触ったときに生じた、静電気のような軽い痛み。

 『巨大な魔力源』を触ったときも、手が大きくはじかれた。シルバが固めた扉を触ったときも、同様の痛みが発生した。アオストの衣服が石のように固められいたにもかかわらず、幽閉された部屋の中で自由に動いていた。


 極めつけは、セーレと十二層最南端の『十二人目の首なし死体』がある現場の部屋に行った時だ。セーレの斬撃魔法で傷一つ付かない魔法で施錠された部屋を、私はいとも簡単に開けることができた。その時、セーレになんて言われたか覚えているか?


 『反転魔法を使えるんですね』、だ。つまり、セーレからしたら、私が魔法を使ってクラガンとルピシエが固めていた魔法を解いたのではないかと考えたのだ。


 導き出された結論は、一つ。

 


 私は魔法が使えないだけでなく、肉体に触れた魔力は発散される。



 私は異世界の住人だ。科学的で、非魔法学的だ。魔法を使うこともできなければ、魔力を体内で循環させることもない。

 水と油だ。異世界の概念を受け入れることができない。地球産の肉体を押し付けることで、魔力を消すことができる。魔法を消滅させられる。


 それが故に、体を大気中の魔力に溶かしているクラガンを触ることができる。触れない透明の人間なんて、地球には存在しない。物理的にありえない状況を否定できる。


 私ならばクラガンを止められる。


「ふん。なるほど、確かに言われてみればそうだ」


 クラガンは実体化しつつある右手を見ながら、頬を釣り上げる。彼の瞳には既にセーレの姿はなく、私だけを捉えていた。


「クローバー、貴様は未来から召喚された魔王だったな。魔力を否定し、人類を滅ぼす物。故に、魔力そのものである俺と相性がいい。勇者が無数にいるダルフさえ潰せれば良いと思っていたが、魔王は俺の天敵というわけだ」


 「だが」と彼は右手を振りながら私を睨む。再び魔力を順応させたのか、形が安定し始めた。一瞬しかつかめなかったので、彼の魔力を完全に発散させることはできなかったらしい。


「触られなければどうということはない」


 クラガンは右手で指を鳴らした。その瞬間、魔法陣を描いていた血の塊が再び動き出す。ユア・シフトの血液は生き物のように空中に浮遊し、形を作っていく。生まれたのは、一メートルサイズの先の尖った槍のような物体。それが、五つ。すべてが、私に向けられて空中に静止していた。


 まずい。殆ど行き当たりばったりだったが、クラガンの理解があまりにも早かった。せっかく、セーレが瀕死になりながらもクラガンに近づく隙を与えてくれたのに。


 これでは距離を詰められない。


「クローバー、貴様は唯一殺人事件に向き合って足掻いていた。俺とは方向性は違ったが、場を収める目的は同じだった。だから、俺がやろうとしていることも理解できるだろ?」

「和解でもしようってことですか? 確かに、クラガン隊長のことは尊敬していましたが、これはやり方が違うでしょう。セーレ王女の体を元通りにして、一緒に世界平和を目指せばいいじゃないですか。今からでも間に合います」

「ふん。クローバーの故郷はさぞかし平和な世界なんだろうな。甘いんだよ。西国ダルフは性根から腐りきっている。セーレが例外で異常だ。ここで正さなければならない。故に、貴様は物理で殺す」


 まあ、そうなるよな。


 私は両手をあげ、無抵抗を示す。クラガンは魔王に対する対処法を知っている。『傾国の魔王』が正体が発覚した時も、最初に動いたのは彼だった。距離を取り、物理で攻撃する。彼が命令を与えるだけで、血液の槍は私の肉体を貫くだろう。

 異世界人である魔王は、下準備をして対抗する。『純愛の魔王』は天を貫く塔を築き、勇者と対抗した。そして、『傾国の魔王』は……。


 私は走り出した。クラガンは少しだけ驚いた様子で私から距離を取る。まさか、ここまで無謀なことをするとは思わなかったのだろう。


 しかし、一つだけ秘策があった。


 クラガンの意識の外にある、第三者の存在。既に登場人物一覧表から消しているだろう、最終手段。私はトレンチコートをクラガンに向けて投げながら、叫んだ。


「アオスト! 今だ!」

「はいよ!」


 十二層最南端、螺旋階段の右側の部屋。クラガンが施錠をした筈の扉が勢いよく開かれる。


「『傾国の魔王』か。今更お前が出てきても……」


 クラガンがくだらないと目を細めた瞬間、十二層全体に爆音が鳴り響いた。

 

 その爆音は、この魔法が支配する世界には不釣り合いな、異世界からの侵略者が持ち込んだ科学の武器から放たれた銃声だった。十二層の壁が微かに震え、それまでの魔法と鋼の世界に、金属の臭いと火薬の焦げた香りが充満する。


 『傾国の魔王』の隠し玉、拳銃。

 科学の銃弾が、魔法学のクラガンの体を貫いた。



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