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69.黒幕は笑わない4

69【二日目 15:40】


「わああああああああ」


 情けない声を上げながら、クラガンの前に走るセーレ。奇怪な行動をとり始めた彼女をクラガンは不愉快そうに睨みつける。


 その表情が、上下に両断された。目元から上と、鼻から下。勿論、魔力そのものであるクラガンに攻撃が通るわけがなく、映像が乱れたようなものだ。半透明の輪郭がぶれた後に元の形に戻った。



 セーレ王女の斬撃魔法。思えば、彼女のメイドであるユア・シフトも斬撃魔法で『純愛の魔王』を殺していた。セーレ自体にも、勇者と同等の素質があったのかもしれない。

 

 しかし、例えユア・シフトと同じ力があったとしても意味はない。魔力そのもの相手に、魔力を放出しても意味がない。まして、ユアの完全劣化版であるセーレにできることは何もない。



 そんなことは、彼女も分かりきっているのだろう。血統とはいえ、彼女は今の今までダルフ国の第一王女でい続けている。決して莫迦ではない。

 無意味だとわかっていても、斬撃魔法を飛ばし続ける。結果は賜わなくても、有り続け方が大切と言うことなのだろうか。



 ダルフ国が引き起こした惨劇から、第一王女が逃げるなんてことはあってはならない。戦い続けなければならない。例え、絶対に勝てない相手だったとしても。



 次第にセーレの斬撃は勢いを増していった。手元を重ねなければならない制約から抜け出し、両手からバラバラに飛ぶ斬撃。クラガンを何等分にも切り裂き、地面と壁に傷をつける。




 勿論、海を千切りにしても意味はない。魔力をどれだけ分断しても、概念物質に変動はない。クラガンは彼女の様子をつまらなそうに見た後、指を光らせた。



 途端、セーレの猛攻が止まった。



 クラガンの人差し指から垂れた光の雫は、セーレの足の甲に落ちた。彼女の肉体に波紋が広がり、形が崩れていく。人体の一部が氷のように溶けていく様は、悪夢そのものだった。

 彼女は重力に従って崩れ落ち、自らの体の変化を目にした。痛覚はないのか、唯々恐怖に染まっているのがわかる。声にならない叫び声を上げて、目元に涙を浮かべた。


「うううう」


 しかし、それでも彼女は止まらなかった。尻餅をついたまま、両手を前に出し斬撃を出す。クラガンの輪郭をぶれさせることしかできなかったが、彼の歩みを止めることには成功した。


「ふん、つまらないな。平和の使者だと多少は期待していたが。最後は赤ん坊のように暴れることしかでかないのか」


 再び、クラガンの指に光が宿る。両足のない彼女に避ける手段は無く、パキパキと派手な音を鳴らしながら両手が凍りついた。力を失った手は、地面に当たった途端崩れ去った。

 過激な拷問でも、ここまで悲惨な姿にはならない。四肢を砕かれ、宛らトルソーのように地面に横たわる王女。

 それなのに、彼女は折れることは無かった。両手両足がなくても、口がある。言葉にも人を止める力はある。


「クラガンさんっ! わたしの国が恨まれているのは当然だと思います。それでも、ダルフのせいで皆さんが死ぬのは訳が違いますわ! 調査隊のメンバーは関係ないじゃないです。クラガンさん、わたしの命だけで許してくれませんか」



 自己犠牲による和解交渉。セーレを無視してこちらに向かってきたクラガンの足が再び止まった。彼は体を一瞬にして反転させ、身動きの取れないセーレの顔元まで近づいた。


 

「セーレ。お前の首は最も重要だ。お前だけを殺すのではない。お前だけは生かす。ダルフの国王の前で、見せしめで殺す。戦争国家の終わりの象徴として、公開処刑してやる」

「それでも構いません! だから、皆さんだけは助けてください!」

「ふん、王女が自国を犠牲にしてでも平和を望むか。ダルフらしからぬ美しい考えだ。お前みたいな奴が王に成れれば、西国ダルフも変わるかもしれないな」



 「だが」とクラガンは続けた。



「もう、人が死にすぎた。ダルフは新しくやり直せないほど犠牲を出した。一人の魔王を殺すのに、万の人間を消費した。隣国も無関係な民も巻き込んだ。過去は変えられない」


 再び、クラガンは両手を光らせた。足を溶かされ、手を凍らされたセーレに抵抗する手段はない。今度は、喋ることのできないよう口を消すのかもしれない。


 セーレは目を瞑り、現実から目を逸らす。そんな彼女目掛けて、クラガンの手はゆっくりと伸びていき、止まった。



 私が止めた。



 クラガンの手を、魔力そのものを。

 触れることのできない概念物質を。



 私が掴んだ。


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