06.調査隊集結2
「おい、教授! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「そうですよ! 一旦痛い目にあった方がいいですよこの人は!」
「あっはっはっはっ」
最初に口調を荒げているのが私、続いて教授を蹴り続けている少女がルピシエ・ターン。最後に高笑いをあげているのがロベルト・オーケアだった。
薄青色のボブに白衣という日本ではあまり見ないアンバランスさを持つルピシエは、魔法学院所属の助手だ。ロベルト教授に連れられてここまできたが、「先に魔王城に入ってなさい」と、一人不毛の大地に取り残されたらしい。
天を貫くほど高いこの魔王城に一人で入るのには相当の勇気が必要だ。はちゃめちゃな教授の助手をやるのは苦労しそうだった。
純愛の魔王城二階、豪勢なホールにある螺旋階段を登った先に我々はいた。
一階と雰囲気は似ていて、高級ホテルの延長線上のような広場だった。無数の椅子が乱立されていて、巨大な部屋の隅まで見渡すことができる。明らかに地球と違うのは、空中を漂う照明だ。
ふわふわと浮かぶ白い光は一つでフロア全体を照らしていた。違和感があったのは、その光以外照明が何も用意されていないことだ。天井にも、壁にも、床にも。光を発するものは何もない。
時刻は夕方を過ぎた頃合いだ。時間の概念は世界共通らしく、時計の針を手動で合わせることで対応できた。
明日の早朝から調査隊としての動きが始まるので、それまでは暇になる。
「いやしかし、嘘を見抜くことができるって。随分といいことを言ったねぇ。シルバの興味深そうな顔見たかい。ちょうど、痒い所に手が届く特技だ」
「あの、いい加減教えてくれませんか? ここに何があるんですか?」
「『ここに何があるか』。それこそがこの調査隊の目的だよ。クローバー君」
「どういうことです?」
ロベルト教授はゆっくりと立ち上がり、隣の白衣を叩いた。ルピシエ助手に目をやると、彼女は小さく頷いた。
「純愛の魔王は、こうして天にも届く塔を作り上げましたが、それと同じく地下にも目をやっています。地下迷宮でも作ろうとしたのでしょう。地中深く掘り進めたところ、強力な魔力反応があったそうです。魔王という世界から拒絶される立場でありながら、国際連合に調査を依頼した、というのがことの始まりです」
「ふうん。だから、調査隊、ということですね。しかし、純愛の魔王とやらは、何で自分で調べないのでしょうか。ここまでの建築力を持っているから、相当な技術はあるはずですけれど」
「純粋に魔力反応を調査することだけが目的じゃないんです」
ルピシエ助手は説明を続ける。どうやら、魔王とやらは我々地球人の認識通り、人類の敵らしい。各国から拒絶され、交流を絶たれている。定期的に勇者と呼ばれる魔王討伐部隊が送り込まれ、戦争を行っているそうだ。
中でも、純愛の魔王は西国ダルフとは大規模な戦争中だ。ダルフの領土内で魔王城を建設したものだから、国王は大激怒し、今すぐ破壊するべきだと兵士を送り続けている。それに対して、魔王は巨塔を作成し、籠城して対抗している。
その渦中の最中に純愛の魔王が国際連合を通して調査隊の発足を持ちかけたものだから、世界中で大騒ぎになったらしい。各国の権力者が名をあげようとしたが、魔王は先に職種を指定した。満たされたもののみで構成し、信頼できる調査隊を作ろうとしたわけだ。
指定された職種は下記の通り。
教授
警備隊員
調査員
記者
そして、西国ダルフの使者。
「ん、西国とは戦争しているんですよね」
「はい。これこそが、純愛の魔王の別の目的だと考えられています。戦争中の西国の使者を招待したんです。停戦協定を結ぶために、わざわざ世界を巻き込んだとしか思えません」
「なるほど。まあ、なんとなくわかりました」
熱心に説明してくれたルピシエ助手にお礼を言い、近くの椅子に座った。顔を伏せ、考えるような素振りを見せる。
正直いって、興味ない。よくわからないし。どこの世界でも領土争いは絶えないな、くらいの感想しか浮かばない。
ただ、西国の連中にとっては、この調査隊内の動きがこれからの分岐点になるだろう。私のような部外者が混ざって申し訳ないくらいには思う。
そんな私の様子を見てか、教授はルピシエ助手に、一階の様子を見てくるように指示を出した。彼女は首を傾げたけれど、教授の指示に従い螺旋階段を降りて行った。彼女の姿が完全に消えたのを確認したのち、教授は口角を上げる。
「不満そうだね。クローバー君」
「そりゃ、そうですよ。訳のわからないものに巻き込まれてしまったとしか思えません。ここのどこが異世界に繋がっているんですか? とてもじゃないですが、地球に帰れるとは思えない」
「あっはっはっ。まあまあ、そう焦るなよ。因果ってのは絶対にある。クローバー君がこちら側に流れ着いたなら、同様に戻れる方法もきっとあるさ」
「きっと、でしょ」
「だから、因果なんだ。クローバー君は純愛の魔王城付近に転移したんだよ? そして、この巨塔の地下には高い魔力反応があった。無関係なわけがないだろう。魔力反応だぜ?」
「魔力って、地球から最も程遠い存在じゃ……、いや、あれ?」
この巨塔に来るまでに、教授による魔力の座学はたくさん受けたけれど、その中に何か重要なワードがあった。幸い、記憶力には自信があったので、私はすぐに思い出すことができた。
「『魔力とは、あらゆる物質、現象を模倣できる万能の概念物質』……、でしたっけ。つまり、その地下にある何かで、地球に帰るゲートでも作ればいいんですか?」
「そういうことだね。あっはっはっ。このロベルトに付いてくれば万事解決と言ったろう?」
そんなことは決して言われていないが、確かに教授のいう通りだった。魔力というものが概念物質ならば、異世界転移という概念じみたことを可能にするかもしれない。手段はさっぱりわからないが、教授にはほかにも心当たりがありそうだ。魔力エネルギーの研究をしている彼が可能だというのだから、そうなんだろう。
バカバカしいとも思う。概念やら魔力やらを心の底から信じているわけではないし、非科学的なことは嫌いだ。しかし、もうここは乗るしかないのだ。
純愛の魔王が結束した、調査隊。
西国との戦争に加えて、魔力源を不正に利用しようと考える私。二つのイレギュラーが混ざった時点で、ほとんど破綻したも同然の臨時部隊に、私は自ら参加することにした。
二つのイレギュラーで済めばどれほど良かったのかと、後から思う。