64.時間軸トリック、解明
【二日目 15:05】
十三層に最も近い部屋から、十二層に最も近い部屋へ。
そして、時は現代に戻る。私たち調査隊が地上で集合している最中に、彼はこの時間軸に辿り着いた。この時間軸のヌルを地上から呼び出し、離脱をしたというわけだ。
タイムスリップをした目的は、自身に加害を与えてきたものから地上に戻るためだろう。そうでなければ、地上から最も近い最南端の部屋まで移動させない。
確かに、過去に戻ればやり直せる。しかし、傷までは治らなかったようだった。戻ったのは時間だけで、肉体の損傷は未来のままだ。
こうして、十二層の一室が未来と繋がった。
「カランが逃げた後でも、物語がなくなるわけではありません。その後に起こることは、この世界と同じ。ユア・シフト、あるいはダルフ国の勇者ですか。彼女は首を跳ね飛ばされて殺されました。そして、未来で殺された彼女を、死体としてこの世界で観測できてしまったということです」
『謎の十二人目の首なし死体』は突然現れたわけではない。あちらの世界での物語に沿って、この世界と同じく殺されただけだ。唯、部屋が未来と繋がっていたので、突然現れたように見えただけだ。
「ビナは言っていましたよね。死体の転写作業を行っている途中で、セーレ王女が部屋に入ってきたと」
「ああ。訳の分からないことを言って、出ていった。次に会ったときは、その時のことをなかったように平然とふるまっていた」
「勿論、セーレさんにそんな記憶はないですよね?」
まだ理解できていないようで、彼女は首を傾げるだけだった。
「それもそのはずです。今、我々の前にいるセーレさんと、ビナが見たセーレさんは全く異なる存在だからです。ビナが見たのは、未来でユア・シフトを失ったばかりのセーレさんだったというわけです」
ユアが死んで取り乱している未来のセーレと、謎の死体の転写を行っている現代のビナが邂逅した。それだけの話だ。セーレが知らないふりをしていたのではなく、まだ彼女が経験していないから本当に知らないのだ。
「クローバーさん。彼方の話はある程度は理解できました。『巨大な魔力源』がある以上、カラン・ターマが時空移動を可能にしたのも納得できます。ですが、死体消滅についてはどう説明するんですか? 死体が消えたと我々に教えてくれたのは、他でもないクローバーさんじゃないですか」
腕を組み、真剣に私の話を聞いていたシルバが割り込んでくる。その質問も想定内だった。
「はい。死体は、実は消えていなかったんですよ。正確には、死体なんてものは最初から存在していなかった。そうでしょう? あれは、未来から来た魔法の部屋でのみ観測できる存在です。私とアオストのような、異世界人には最初から見えていなかったんです。セーレさん、言っている意味がわかりますか?」
「は、はい。いま、わたしも理解しました。さっき、クローバーさんと例の殺人現場に行ったのですが、『謎の十二人目の首なし死体』は消えていませんでした。ですが、クローバーさんは部屋に入ったら消えたんです。あれは、そもそも同じ部屋に入っていなかったんですね」
その通り。
『謎の十二人目の首なし死体』は、消えたり現れたり姿を変えている。
突然現れたと思ったら、消えた。次に見た時は天井が崩落して調査ができなくなった。そうかと思えば、死体は再び現れた。魔力痕を残さず死体を移動させた謎は、観測した人間が異なるせいだった。
カランが未来から持ってきた部屋に、私やアオストは入ることができない。だから、いつ入っても、未使用のサバイバルナイフが地面に突き刺さっている変化のない景色があった。
シルバ、クラガン、教授やルピシエは違う。彼らは、未来の部屋に入ることができる。彼らはいつ入っても死体を見ることができた。
つまり、最初に死体を発見したのが異世界人のシルバ達。次に死体が消えた事を認知したのが地球人の我々。続いて、天井が崩落したのを見たのは異世界人のシルバ達。最後に、天井が崩落しておらず、死体もない部屋を確認したのは私だ。
異世界人と地球人の見た景色を分れば、話は単純になる。
異世界人目線では、死体が現れ、天井が崩落して隠れた。
地球人目線では、最初から最後まで同じ景色。死体はないし天井も崩壊してない。魔力源サバイバルナイフがあるだけ。
これこそが、死体消失トリックだ。セーレという異世界人と、私という地球人が同時に部屋に入ることで謎はすぐに解けた。
「だから、ユア・シフトの死体と『謎の十二人目の首なし死体』は全く同一なんです。二人とも、同じ殺人鬼に、全く同じ魔法で殺されたのだから。そこに差異はない。唯、未来で殺された事実に、現実が追いついただけなんですよ」
これこそが、異世界での魔法を使った殺人トリックの正体だ。
といっても、これは前座に過ぎない。意味の分からない状況を理解可能にしただけだ。別世界からきた名探偵クローバー・トールの本領を発揮するのはこれからである。
残すのは最後の事件。西国ダルフ勇者、ユア・シフトが首を一刀両断されて死んだ事件。この事件の犯人にとって、未来と過去が交わるトリックは知っていて当然の情報だった。
この調査隊の中に、私より先に真相に辿り着いた人間がいる。真犯人はそれを理解していたからこそ、ユア・シフトを殺すことができた。超人的存在である勇者を殺す方法を未来から学んだ。
さて、いよいよクライマックスである。私の今の話を聞いて、内心ビクビクしている人間を見る。真犯人は私の目線に気が付いているのかいないのか、今までと変わらない平然とした態度だった。それでいい。推理とは、化けの皮を剥がすものだ。
「これで、ユア・シフトを殺した犯人を暴く条件が整いました。カラン・ターマが用意したこの状況を利用し、勇者を殺して見せた犯人の正体は……」
私が胸を張りながら、気持ちよく指を天井に向けたその瞬間だった。指を真犯人に向けるだけでこの話は終わりだったというのに、振り下ろすことができなかった。
というのも、推理は強制中断させられたからだ。
探偵として、最もつまらない結末。
犯人が自ら名乗りを上げる。くだらない、茶番。犯人が自首をするならば、探偵など不要だ。警察がいれば済む話である。
ルピシエ・ターンは、頭を抱えながらこう叫んだ。
「わ、私がやりました!」




