63.魔力保存の法則3
【二日目 15:00】
時の魔術師、カラン・ターマ。
国連公認の占い師で、あらゆる未来を見通す魔法使い。存在するだけで戦争を巻き起こし、口を開くだけで世界を救う超越者。そして、調査隊の最初の脱落者。
言うなれば、零番目の被害者だ。物語のプロローグでその姿を消し、登場人物一覧表からも名前を消した。幽閉されたアオストよりも終わった存在。
しかし、それこそが私たちの勘違いだった。
「つまり、カラン・ターマは最初の犠牲者じゃなかったんですよ。彼こそが、最後の犠牲者だった」
時系列の反転。頭が地にあり、足が天に向かう。時計の針は左回り進んでいた。
我々は、小説を最後のページから読み始めていた。だからこそ、理解ができないありえない状況が成り立っていた。
「そうでしょう? ヌル・ファイス」
「まて、クローバー。意味が分からないぞ。昨日から今にかけて、カランが魔法を使ったところを見ていない」
零番目の事件。調査隊結成の直後、カランは地下から姿を現した。全身血だらけで、回復魔法を使えないほど消耗していた。そのまま、魔王城から外に出て姿を消した。
その話は既に聞いている。いくつか謎が残っているが、カランが地下に進んだ動機が一番の不明点だった。地下に向かう扉はシルバが戸締りをしているし、未来を見れる彼が気が付かないわけがないからだ。
しかし、事実カランが何かをした形跡が残っている。魔法学の専門家であるロベルト教授も辿り着いた真相だ。ヌルが今更隠し事ができないほど、私たちが場を支配していた。
「ああ、もう。全部話す。これで俺に変な疑いがかかっても面白くないからな。だけど、クローバーのいう話には繋がらないぞ」
ヌルはシルバの背中から顔だけを覗かせるようにしてため息をついた。いつのまにか、彼ら二人は仲良しになっていたらしい。彼は少しだけ天井を見つめた後、口を開いた。
調査隊が結成した当日。ヌルとカラン以外のメンバーが魔王城一階のロビーに集まり、点呼を取り始めた少し前のこと。
ヌルがカランを見つけた場所は、十二層の最南端にある大広場だった。その時は既に血だらけで満身創痍だった。そのまま彼に肩を貸して、何とか螺旋階段を上り切った。何の意外性もない、加えて新情報のないつまらない話だった。ヌルが嘘をついている様子もない。
寧ろ、彼は私の意見を聞きたくて仕方がない様子だった。両手を放り投げて、首を傾げる。情報提供したから、全て教えろと言いたげだ。
「答えは、単純です。十二層の最南端にある、『謎の十二人目の首なし死体』が見つかった例の部屋から、カラン・ターマは出てきたんですよ。彼は未来から部屋ごと持ってきた。それならば、すべての謎が解決します」
「まてまて。それじゃあ、地下にいたカランはこの時間軸の人間ではないってことなのか? 未来から来た、タイムトラベラーだとでも? 時空を超える魔法なんて、聞いたことないぞ。一級魔法とかそういう次元じゃない。シルバ、お前は人類の進化を目で追ってきた超越者だろう。気が付かなかったのか?」
「いえ、わたくしも見たことないですね。ですが、十二層への扉は戸締りをしていました。あそこが開けられていない以上、カラン・ターマが地下に出現したことは確かです。魔力源が場を支配する十二層に転移することは難しいです。クローバーの言う通り、十二層内部で時間を弄れば不可能ではないでしょうけど、唯の人間であるカラン・ターマにそんなことができるとは思えないですけど」
ヌルとシルバはお互いの顔を見合わせて固まる。
この世界の常識を覆すような魔法。私にとって『この世界』の常識はわからないので、彼らができないというならできないのだろう。しかし、それは条件が整えば別の話になる。
唯の人間に不可能でも、ここにはあるじゃないか。調査隊の発端である、『巨大な魔力源』が。教授の目算では、『巨大な魔力源』があれば、異世界の壁を超えられるといっていた。西国ダルフ第一王女セーレも、魔力源の使い道は異世界から人間を召喚することだと言っていた。
次元を超えられるのに、時空は超えられないとでもいうのか?
私の説明に反応するように「あっはっはっは」と高笑いが聞こえてくる。
「クローバーくん。確かに、この謎を暴くのは君しかできないことだったね。だって、そうだろう? この世界の人間に、そんなぶっ飛んだ発想は出てこない。あの部屋だけ未来と繋がっていたなんてね。魔法の域を優に超えている。そもそも時間軸を移動することは歴史上だれも成し遂げていない偉業だ」
「魔力は『あらゆる現象を模倣する概念物質』なんですよね。それならば、タイムスリップくらいなら誰でも想像がつくことなんじゃないですか」
「だからこそ、君なんだ。この世界の常識が通じない。クローバーくん、君のいっていることが百パーセント正しい。それが故に、異世界人が魔王と恐れられる理由の一つだ。時間軸を弄る魔法を使ったカラン・ターマも恐ろしいが、その事実に容易に辿り着いた君も十分恐れられる存在だ」
笑いが止まらない。ロベルト教授はもう、私がこれから語るすべての推理が理解できていることだろう。
しかし、教授の言うことももっともだ。我々異世界人は、魔法を使えない。だからこそ、万能の存在としてフィクションの可能性を広げてきた。ファンタジーとして物語を紡ぎ、夢を描いた。魔法に不可能があると知らない。
この世界の住人は、魔法学の知識を持っているが故に、視野が狭まっている。自身の常識に当てはめてしまう。だからこそ、想定外の事態に当惑する。
「ちょっとまってくれ。おっさん、置いていくな。どういうことか説明しろ」
「ビナ。私は、何も適当にこの結論を導き出したわけじゃない。君の発言があったからこそ、血まみれのカランが未来から来たと予想ができたんだ。まあ、順に説明しよう」
順といっても、時系列順ではないけどね。
まず最初に、カラン・ターマを含む調査隊は地下に辿り着いた。この時は何の事件も起きていないので、誰も傷ついていない。まあ、ここで何が起きたのかは想像もつかない。私は探偵であっても、未来や別世界を見通すことはできない。
ともかく、ここでカラン・ターマは何者かの攻撃を受けた。満身創痍になるほどぼろぼろになり、動けなくなった。
「ここで重要なのは、カランが攻撃を受けただろう部屋です。彼がヌルの前に現れた、十二層の最南端の現場の部屋ではありません」
私は静かに指を差す。その先にあるのは、ユア・シフトの首なし死体が未だに放置されている、十三層へ向かう螺旋階段の左側の部屋だ。最初にアオストが幽閉された場所でもある。
「カランはそこで、部屋ごとタイムスリップをしたというわけです。もしかしたら、アオストのように幽閉されていたのかもしれません。この訳の分からない状況を引き起こした原因はここにあります。カランは部屋を過去に移動させるだけでなく、地上に最も近い部屋に移動させたということになります」
十三層に最も近い最北端の部屋から、十二層に最も近い最南端の部屋へ。
事件が起きてしまった未来から、事件が始まる前の過去へ。
場所と、時間を入れ替えた。




