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62.魔力保存の法則2

【二日目 14:50】



 魔力を体内を通して外に放出させることを魔法という。放出のさせ方によって形が変化するので、魔法は様々な種類のものがある。

 とはいえ、結果は同じだ。大気に散った魔力は、時間と共に再び集まり、概念物質として形成されていく。

 海から水を汲んで、水鉄砲で海面に放出するようなものだ。それがバケツでも、ウォータージェットでも海は全てを受け止める。



「風が吹けば、海は荒波立つ。水を注げば、波紋が広がる。魔力痕というのは、魔力が大気に還元される時に残る痕跡なんだ。言うなれば、波であり、波紋」



 教授が言いたいのは、その痕跡が全く同じだったということだ。

 ようやく、教授の言いたいことがわかってきた。


 ボートに乗って、海面の上で水の入ったバケツをひっくり返すとしよう。その時の風力や海中の魚類の数、潮の流れ、波など様々な状況によって見えてくる景色が違う。

 そこで、着水の瞬間を写真に収めたとする。


 今回言っているのは、別の場所で撮った二枚の写真が、全く同じ水飛沫の跳ね方をしていたということだ。



 『巨大な魔力源』を凶器にしているから、バケツよりもさらに大きいものをイメージしたほうがいいかもしれない。ともかく、首を切断する魔法が同じであるだけでなく、あらゆる状況が同じだったと言える。



 そして、魔力の権威はそんなことはあり得ないと言いたいようだ。



「偶然じゃ済まない。あってはならない事態であるとさえ言える。これは、二つの事件が同一犯であると断定する以上の謎が隠されているね」

「なるほど。ありがとうございます。ともかく、類似点しかなかったということですね?」

「同一点と言って欲しいな、クローバーくん。似ているというレベルはとっくに超えているんだよ。異なる点は、首より上が近くに落ちていたか否かだけだね」


 そんな生首を大切そうに抱えているセーレが、「でも」と口を挟んできた。私にユアを殺した犯人を聞くだけあって、話し合いにも参加するつもりのようだ。



「『謎の十二人目の首なし死体』がユアなんて、ありえませんわ。ついさっきまで、彼女は元気にしていたのに」

「あっはっはっはっ。だからおかしいと言っているんだよ。消えた死体が移動しているだけなら説明が着くが、それだけではない。部屋全体の魔力痕が一致している。あり得ない状況なんだよ」


 「部屋そのものを移動させたとしか思えない」と、ロベルト教授は肩をすくめた。自分で言っておきながらも、ありえないとわかっているのだろう。

 部屋の移動自体は、魔法を使えばできそうなものだ。問題なのは、死体の鮮度と魔力痕だ。ユア・シフトが殺されたのはついさっきであることは明白だし、新鮮な生首と流体の血液がその証拠だ。何より、部屋の移動を行えば魔力痕が残る。



「ありえないですね」

「そうは言うが、クローバーくん。君が意見を聞いたんじゃないか。魔法学の専門家としてこれ以上言えることはないぞ」

「いえ、『ありえない』ということがありえないと言っているんです」



 「ふむ?」と興味深そうに首を傾げる教授。他の連中もついて来ているのか、眉を顰めるものばかりだった。

 私は変なことを言っただろうか。実際、起きている事を話しているのだ。あり得ないと現実を否定しても、瞼を開けば事実が待っている。

 つまり、何かトリックがあると言うわけだ。



「教授の話を聞いて安心しました。これで、『謎の十二人目の死体』とユアに大きな差があれば私の仮説は否定されてしまいますからね」

「ほう。つまり、クローバーくんはこの魔法学的に反している事情を説明できるのかい?」



 なるほど。教授が私に期待しているのはそこか。

 魔法学の専門家が教授ならば、異世界の専門家が私である。魔王は今まで、『異世界の常識』を使って異世界人を初見殺ししてきたわけだが、その力は勿論私だって使える。専門家と言えるほど語れないが、これでも四十年以上日本人をしてきたのだ。


 理解不能の常識を超えた事態を解決できるのは、私やアオストのような異世界人だけ。ここに来て、十三層で正体が暴かれたハプニングが活きてきた。クラガンもシルバも、私の説明を黙って聞いているわけである。



「ええ。と言っても、物理や科学で証明するわけではありません。私なりに、魔法学に従って解き明かして見せましょう」

「しかし、クローバーくん。魔法を使わない『異世界の常識』を使ったわけじゃないなら、魔力痕が残る。今回のこの事象は、魔法を使っていないと断言できるよ?」

「それは、『謎の十二人目の首なし死体』が殺されて以降は、ですよね?」



 私は畳み掛けるように、言葉を続ける。



「昨日の十八時、十二層の最南端の部屋で首無し死体が見つかりました。それから、あの部屋で使われた魔力痕は、ビナの転写魔法だけ。ですが、その前はどうだったんですか?」

「我々が入った時には、既に死体があったからね。その前はわからな」

「そこです。つまり、魔法を使ってユア・シフトの死体を持ってきたんです。それ以降は、魔力痕がないのは当然なんですよ。魔法を使うまでもなく、死体はあるのだから」



 意味がわからないという風に、セーレが口を開閉する。『ユアはついさっきまで元気にしていた』と、先程と同様のことを言いかけたのだろう。

 勿論、私は忘れたわけではない。ユア・シフトが

殺されたのは先程だし、謎の死体が見つかったのは昨日だ。



「時系列がズレていますよね。それこそが、今回のトリックです。『謎の十二人目の首無し死体』の正体は、ユア・シフトです。今日の十三時に殺されたユアは、昨日の十八時に十二人目として見つかったんです」



 ロベルト教授は二度瞼を開閉した後、大きく見開いた。点と点が線でつながったのだろう。いずれ星座になるそれを、私が名付けることにした。

 宛ら、犯人を言い当てる時のように。


「カラン・ターマ。通称、時の魔術師。調査隊に参加した未来の彼が、部屋ごと過去に送り込んだんですよ」



 十二人目の死体に対して、全員にアリバイがあったのも当然である。

 昨日の時点で、誰も彼女を殺していない。


 未来で生まれる死体を、過去から覗いてしまった。


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