61.魔力保存の法則1
【二日目 14:40】
「今回の事件はアリバイのない人間が少ないです。私、セーレさん、教授。クラガン隊長にヌル、そしてシルバさんの六人は十三層にいました。幽閉されていたアオスト、十一層に引きこもっていたビナ、ルピシエさんの三人がアリバイがない状況です」
セーレの名演説のおかげで、推理を行うのに最適な環境が作られた。誰も口を挟むことなく、私の話を聞いている。
当然の話だ。セーレのいう話に共感しない人間はアオストくらいだろう。
戦争のない平和な世界を作る。手段は異なるとはいえ、殆どの調査隊メンバーの目的と同じだ。
セーレは魔王とダルフ国の戦争を止めるためにここに来た。クラガンは戦争が起きないように治安維持をするため。ルピシエは戦争被害者だし、教授も彼女の心情を深く理解している。ビナは戦争の発端である魔王の一人、『傾国の魔王』を監視するために調査隊に残った。
『純愛の魔王』の意思を継いで、話し合いに参加してくれているシルバもそうだ。
それに、ヌル・ファイスはカラン・ターマの指示でここに潜り込んでいる。『近い未来、世界を巻き込む戦争が起こる。発端はこの調査隊だ』と、時の魔術師は言っていたが、ヌルは止めるために地下に来たはずだ。
全員が『魔王との戦争』を軸として動いている。それ故に、戦争を止めたいというセーレの言い分は同情心を誘うものだった。メイドに裏切られた哀れなヒロインという側面もある。
しかし、こうして考えてみると、結局カラン・ターマの予言通りに物事が進んでいる。『勇者』が殺された西国ダルフと、主人が殺された人外のシルバ。そして、生き残った国外からの侵入者『傾国の魔王』。
戦争を進んで行うようには見えないが、アオストがシルバと手を組み、西国ダルフを侵略する可能性だってある。そうなれば、世界を巻き込む戦争の発端にこの調査隊がなったと言える。
閑話休題。
ともかく、この事件を丸く治める必要がある。その『純愛の魔王』こと望月茜が望んでいる事のはずだ。
幸い、こちらには西国ダルフ第一王女様がいる。彼女のいう通り、セーレと『傾国の魔王』が手を組み、シルバとも和解すれば一件落着だ。これ以上、戦争に発展することはない。
そのために、穏便に推理を進めなければならない。犯人を逆上させず、冷静に。できれば、自ら名乗り出て罪を悔い改めてほしい。犯人が暴れるような結末だけは避けたい。
私はチラリと犯人の顔を見て、すぐに目を逸らす。自分が犯人だとバレていることなんて、一切考慮してないだろう。表情はいつも通りで、そこに動揺はない。奴が大人しく裁かれることは想像できないが、まだ動くつもりはないらしい。
少しだけ安堵のため息を漏らし、私は話を続けた。
「容疑者の三人の話は後で聞きます。結局、勇者が数秒で十二層を横断できるのと同じく、魔法免許を無視さえすればアリバイの偽装なんていくらでもできてしまいますからね。そこで、私は推理の方向性を少しだけ変えてみることにしました」
『純愛の魔王』殺害事件の時に学んだことだ。魔法を考慮すると、あらゆる可能性が浮上する。勇者という規格外の存在のせいで、証拠も不確かなものになっていた。
それでも、ユア・シフトが勇者だと決められたのは、残された死体という事実と、『魔王を全員殺す』という彼女の意思を汲み取ったからだ。
『命が最も軽く、尊い存在である』という考えから、殺人を最悪としていた私のモットーはされた。それは、望月茜という殺人鬼に同情してしてしまったからだ。
そして、同情こそが犯人を暴く鍵だ。例え、魔法が使える異世界で何一つ常識が通用しないとしても、相手が私たちと同じ人間であることに変わりはない。エピソードがあり、背景がある。
「今回も、残された事実と、ユアを殺した犯人の気持ちになって考えてみましょう」
私は人差し指をピンとあげ、教授に目をやる。
「それでは、ロベルト教授。今回見聞した、ユア・シフトの状態をまとめていただけますか?」
「ん、そうだね。言うまでもなく、死因は強大な魔力源を用いて、首を切断したことになるね。魔法の上書きと言えば良いのかな。ともかく、回復魔法が発動せずに勇者は死亡。術者がいなくなったので、全身を包んでいた魔力の服が消滅し、裸体で発見されたといった感じかな」
「それじゃあ、『謎の十二人目の首無し死体』と比較して、何か気づきはありましたか?」
「おや」と、ロベルト教授は意外そうに言葉を漏らした。
私の質問に意外性はないはずだ。『謎の十二人目の首なし死体』と、ユア・シフトの首切り死体は類似点が多すぎる。比較する発想は、誰でも最初に思いつくことだ。
発言内容を考える内容でもない。比較して気づきがあったか、それだけだ。それなのに、ロベルト教授は腕を組みながら、天井をゆっくりと見上げていた。教授の美しい銀髪がさらりと垂れる。
「このロベルトは魔力エネルギーの循環について研究してきた。魔力とは魔素が形作ったもので、魔法という形で放出されても再び大気に溶け込む。どれだけ魔力を消費したとしても、世界単位で見たら魔力の総量は変わらないという結論に至った」
「教授?」
「つまりだね、クローバーくん。魔力は回るんだ。同じ形であり続けることはない。そうだろう?」
『つまり』と一区切り着いたくせに、何を言いたいのかさっぱりわからない。何も、私が異世界人だから理解できていないわけではなく、一番付き合いの長いルピシエですら何度も瞬きをして教授の言葉を噛み砕こうとしていた。
その様子が伝わったようで、教授は口元を抑えながら「ふふふ」と声をこぼした。普段の高笑いとは天地の差がある、繊細な微笑だ。
「失礼。少々想定外の事態が起きていてね。まあ、この調査隊に入った意味があったというわけだよ。あっはっはっはっ」
「あの、教授。専門家の意見を聞きたいんですけど」
「落ち着きたまえ、クローバーくん。『謎の十二人目の首なし死体』と比較した結果だろう?」
「決まっているじゃないか」と、ロベルト教授は笑った。
「二つの死体は全く同じだった。同じ魔力で殺された、究極の魔法殺人だ。相違点は何一つない」




