60.推理開始
【二日目 14:30】
さて、名探偵の推理を披露する時が来た。皆は揃って私の話を聞き、犯人は名前を当てられるのではないかと常に怯える。宛ら、死刑を宣告する裁判官のような立場に私はなった。
いや、なったらよかった。
成りたかった。
現実は非常である。
当たり前だ。ここは現実ではあるが、異世界である。探偵の話を黙って聞いてくれるわけがなかった。
皆、喋りたいことを勝手にしゃべり、私の見せ場はあっという間に失われた。
異世界で初めて、心が折れそうになる。だって、そうだろう? 私が警察官を辞めてまで探偵になった理由は、何者にも縛られずに推理を披露することができるからだ。命を粗末するものを許さないという正義感ではなかった。自分の信念よりも、偽るものを暴く事を優先させてきた私が、全てを失ったも同然だ。
教授とルピシエがビナ・サチラを呼びに行った。全員が揃ったのはユア・シフトの首切り死体を見つけてから一時間がたった後のことだ。
皆の動揺も時間と共に収まっていく。結局、場を仕切ることになったのはこの城の持ち主になったシルバだった。彼を中心に、新たな殺人現場に調査隊メンバーは集まった。
「ダルフ国第一王女、セーレ・ミルター。事実以外を述べることを禁止します」
本当に、裁判が始まったようだった。自身のメイドの生首を大切そうに抱えながら血の海に座り込んでいるセーレは、シルバの声に肩を震わす。これから尋問が始まることは、全員がわかっていた。
「ユア・シフトはダルフ国の勇者ですね?」
彼女は涙を流しながら、首を振る。しかし、その否定はあまりに弱かった。
状況証拠だけで言うならば、ユア・シフトが勇者である。正確に言うならば、『純愛の魔王』を殺した犯人が、ユア・シフトだ。これは、私が推理を披露するまでもなく皆が理解していることだった。
勇者の目的は「魔王」の殺害である。存在意義だ。
『傾国の魔王』が本来幽閉されていた場所に訪れた時点で、ユア・シフトが傾国を殺そうとしていたことは明白だ。
それに、時間も明らかだった。
セーレが私と合流して、ユアと別れた後。私たちは来た道を逆戻りし、その後は走って十三層に向かった。かかった時間は三十分。
その間に、ユアは十一層に戻り、再び十二層の螺旋階段前に辿り着いた。時間としては走れば間に合うが、そのまま十三層に向かわなかった理由がない。
時間的余裕を考えれば、彼女が超脚力で十二層を駆け抜けて、アオストを殺そうとしていたと考えるのが自然だ。
「セーレさん、申し訳ないが、ユア・シフトが勇者なのは間違いないようだ。服を身に纏っていないのも、魔力の残滓を残さないように服そのものを魔力で作っていたからだね。魔力学的観点で見ても、彼女が勇者だったと言わざるを得ない」
魔力学の専門家である教授は残念そうに項垂れる。強力な魔法使いが一人死んだことを惜しいと思っているらしい。セーレに同情するわけではなさそうだが、いつものように空気を読まずに高笑いすることもしない。
「ふん、第一王女という肩書を前面にだして、そのメイドの注目を逸らす。本命はメイドに化けた勇者で、魔王の暗殺を指令として受けていたんだろう。ダルフ国王の考えそうなことだ」
「ちょっと、クラガンさん。そこまでにしてあげてください。ね、セーレさんは何も知らなかったんだよね?」
クラガンを宥めながら、ロベルト教授はセーレの背中をさする。彼女は涙を流すことで肯定した。
なんともまあ、残酷なことだ。結局、セーレはいつになっても無力で価値の無い存在だったのだ。唯一利用できる生まれと知名度の高さを、自身の父親にすら利用される。せめて、セーレが勇者だと知っていてここに来たのだったら救いはあったのに。
彼女は魔王との和平を実現するために単身ここに来たつもりだった。しかし、自国は全く望んでいなった。一人で空振り、しかも常に一緒にいたメイドも失った。
なぜ、自分に隠していたのか。三級の斬撃魔法しか使えない自分には、話す価値もないと思われていたのか。魔法至上主義に拍車がかかるばかりだ。
その様子に、シルバも毒気が抜かれたようだった。『純愛の魔王』を殺した犯人を突き止めたのに、既に死んでいる。唯一のその身内も、何も知らされていなかった。残されたのは、血の海のみ。彼は深いため息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「魔王様は勇者の侵入を予期していなかったわけではありません。それなのに、調査隊を結成したのは人間を信じていたからです。特に、西国ダルフとの停戦は魔王様の望みでもありました。流石、戦争国家の策略だ。まんまと騙されましたよ」
「ユアは、私は」
「わたくしは、ただ失望しただけです。西国ダルフにも、人類にも」
セーレ王女は、何も返せなかった。彼女だって、『純愛の魔王』との停戦を望んでいた。魔王が死んだ後も、シルバと話をつけようと動いていた。
唯、味方にすら騙されていただけ。停戦を望んでいたのは国内で彼女だけで、その善性を利用された。勇者を連れて、魔王の元に来てしまった。
彼女の一貫していた願いは、今確実に潰えた。人類と魔王の戦争を更に悪化させたのは、他でもない自分なのだから。
こうして、事件は終幕を迎えた。なんともまあ、後味の悪い最期である。
魔王が殺され、勇者が死んだ。それで、終わりだ。
終わり。
「いや、まだ終わっていませんよね」
望月茜の依頼内容を忘れるわけがない。彼女は、自分を殺した犯人を見つけてほしいと私に願ったわけではない。
一連の事件をすべて解決しろと、曖昧にも真剣に言っていた。
ユア・シフトの死は事件の終わりではない。彼女が殺されたという事件が増えた。まだ、解かなければならない謎はある。
「何ですか、クローバー。もう、魔王様を殺した勇者はいませんよ」
「それで、ユア・シフトを殺した犯人を見逃すんですか? 違うでしょう。今も我々調査隊の中に殺人鬼が紛れているんです。それを許すんですか?」
「嫌です」と、私の言葉に反応したのは、セーレだった。顔をあげた彼女の表情は酷く情けなく、それでいて美しいものだったが、瞳に宿る強い意志は復讐のそれとは違った。
「私の考え方は変わっていませんわ。純愛の魔王様は亡くなった。ユアは死んだ。それでも、まだ、諦めませんわ。人種を超えて、手と手を取り合う平和な世界。人の死は連鎖してはなりません。断ち切らなければなりません」
彼女は、立ち上がった。
「ユアを殺した人は誰かはっきりさせないといけません。責めるつもりでも、恨んでいるわけでもありません。それでも、命を奪ったものには、罪を償う必要がありません。そうしないと、いつまでたっても戦争は終わりません。罪を認めた上で、手を取り合いたい」
彼女は生首を丁寧に地面に置き、私の目を見る。
「クローバーさんは、謎が解けたと言っていましたよね。もしかして、ユアを殺した犯人も知っているんですか?」
さて、良い流れが回ってきた。やはり、この女は単純で扱いやすい。
女の涙とその美しさは、同情を買いやすい。今、場を支配しているのはセーレだ。そして、彼女は私にバトンを渡した。支配権は私のものになった。
縛られずに、自由に。正義の尺度を披露できる。私は得意げに、胸を張りながら言ってのけた。
「もちろんです。私は探偵なので」




