05.調査隊集結1
「オーケア教授! 遅いですよ。どこに行っていたんですか」
「あっはっはっ。このロベルトの行先は、天地どこでもあり得るのだよ。故に、どこに行ったかは教えない!」
「何でですか! こちらはただ心配していただけなのに」
と、魔王城に入るなり女性の声が響き渡る。薄青色の少女と言い合い(教授が一方的に文句を言われているだけだが)を始めた教授のフォローをしようと口を開いたが、思わずそのまま開けっぱなしになってしまった。
『純愛の魔王』城の、その内装に目を奪われたのだ。
広々としたホールは、高級ホテルのロビーを思わせるような豪華さだった。床は磨き上げられた大理石のような材質で、天井には美しいシャンデリアが輝いている。
壁には高価そうな絵画が飾られ、金色の縁取りが施された大きな鏡がいくつも掛けられていた。各所に置かれた花瓶には、色とりどりの花が活けられ、香りが漂っている。
「これが……、魔王城なのか?」
信じられない光景に、呆然と立ち尽くした。ここが異世界であることを完全に実感させる、非現実的な豪華さだ。魔王城というと暗く恐ろしいイメージがあったが、目の前の現実はその予想を裏切るものだった。
考えてみれば、そのイメージなんて地球人が勝手に空想したものだ。文化が違うのだから、予想と違くて当然だ。そもそも、魔王という概念自体、私の考えているものからずれている説がある。
ふらり、と教授たちから離れて歩き回る。
美術館などは割と好きな方だ。クリエイティブなものを見ていると想像力を掻き立てられ、結果的に洞察力につながっていく。インプットはできるだけした方がいい。未だに言い合いを続けている教授から離れて歩き、絵画や構築物を見て回った。
特に、天井と地下を貫く巨大な螺旋階段が見ていて面白かった。一切の繋ぎ目の前ない、異世界の加工技術には感嘆するばかりだ。柱などもないので、宙に足場が浮いている。教授の話では、魔法は魔力の出力方法という話だったが、常時浮かせられる魔法もあるのかもしれない。
「気に入っていただけたようで何よりです」
ふと、声をかけられる。そのあまりの気配の無さに驚きつつも振り向くと、そこには悪魔がいた。
思わず一歩引く。悪魔、いや鬼か?
それは、羊のように大きな曲がりくねった角を二本生やした青年だった。肌には青白い線が何本も縦に入っていて、赤色の瞳を持つ。
明らかに人間ではない。これこそ、我々地球人がイメージする、魔王そのものだ。
これが、純愛の魔王か。つまりは、この城の家主、ということだろう。教授の様子からして、我々は招かれた客人なのかもしれない。
私は適当に胸を張り、「初めまして、トール・クローバーと言います。よろしくお願いします」と社会人の定型分を伝えた。
果たしてこの挨拶方法で良いのか自信は無かったが、少なくとも気分を害すことはなかったらしい。彼は気の良さそうに微笑み、「わたくしに対しては丁寧でなくて結構ですよ」と言った。
「純愛の魔王様の使い、シルバと申します。みなさん調査隊の案内役になります」
「ああ、そうだったんですね。失礼しました」
「いえいえ、この風貌ですから。よく魔王様と間違えられてしまうのですよ。ですが、私は飽くまで使者なので、敬意を示す必要はありません」
「はは、ご丁寧にどうも」
随分と物腰の低い青年だと思った。それとも招かれた側であるところの私、ではなくて教授が相当の地位の人間だったのか。調査隊といったのか?
教授は『純愛の魔王』城のことを「我々の目的地であり、君が異世界に戻るために必要な場所だ」と言っていた。魔王城を調査する目的で教授が呼ばれたとしたら、魔王の使者に話が通じているのは不可解だ。一体全体、教授はどの立場なのだろう。
明らかに説明不足だ。困った。
この男とこのまま会話を続けて良いものだろうか。不安が胸をよぎる。何よりも、この男と一緒にいて生命的危機感を感じる。
魔王の使者というだけあって、一瞬にして殺されてしまいそうな重圧、例えるならば、銃口を突き付けられている状態に近い感覚に陥っていた。どれだけ丁寧に、優しい笑顔を持っていたとしても、技術を隠すことはできない。
「そうだ。他の調査隊の方々はどこにいるのですか? 挨拶をしに行こうかと思っているのですが」
口を回しながら頭を高速で回転させる。
魔法の講義ではなく、魔王城内部で何をする予定だったのか、教授に聞いておくべきだった。口裏合わせをしていない状態ではぼろがでる。とりあえず、この場を脱出しようと適当な言葉を口にした。
シルバは微笑みながら「他の方々はまだですね」といった。
「オーケア教授御一行が一番乗りです。ですが、あれ。おかしいな。クローバーさん、でしたっけ」
シルバは突如、私から目を離す。そのまま宙にある何かを見つめるように止まり、首を傾げる。目線だけを私に戻し、口を開きかけたその時、私たちの間に教授が割り込んだ。
「あっはっはっは。これはこれは、シルバさん。お初にお目にかかります。魔法学院第七教授ロベルト・オーケアとは私のことです。いやあ、こんなにも貴重かつ重要な調査隊の一員として加えてくださって、純愛の魔王様には感謝しかないですよぉ! なあ、クローバー君もそう思うだろう?」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
「よろしくお願いしますね!」とシルバの手を掴み、ぶんぶんと上下に大きく振る教授。少し困惑した様子を見せるシルバだったが、残された手で咳払いを押さえた。
「困りますよ、オーケア教授。教授とあちらのルピシエ・ターン助手の計二人しか承認していません。こちらのクローバーさんとはどなたなんですか? 勝手に追加されても困ります」
「あら? そうだったかなぁ」と惚ける教授。そうだったも何も、私と教授が知り合ったのはつい数時間前なので、この魔王の使者のいうことは最もだった。
調査隊のメンバーは、随分と前から決まっている風だな。
貴重かつ重要な調査隊。悪魔のような魔王の使者。国によって言い分が異なる敷地にある魔王城。
かなり、面倒臭いことになってきた。日本に帰るとかそれ以前に、ここにいること自体が厄介ごとな気がしてならない。
「実はですね。この、クローバー・トール君。私の古くからの知り合いではあるのだけれどね。どうしても、どうしてもこの調査隊についてきたいと言って言うことを聞かないんだよ。このロベルトも困ってしまってね」
「ちょっと、教授。適当なこと言わないでくださいよ」
「まあまあ、落ち着けクローバー君」
落ち着くのはあんたの方だ。
「しかし、シルバさん。このクローバー君の能力を侮ってはいけない。この調査隊の役に立つことは間違いないので、純愛の魔王様もお許しになってくれるのではないかと思ってね。それで、連れてきたというわけだよ」
「はあ。それで、何ができるんですか、あなたは」
先程までの柔らかな表情は既にない。呆れたように、冷たく見下す瞳が、私に刺さる。目の前の青年が魔王でないとしたら、純愛の魔王はどれほどの畏怖の象徴なのか、逆に気になってきた。
助けを求めて教授に目線を移すが、この銀髪の畜生は嬉しそうに口を歪めるだけだった。
教授は後で殴るとして、これはまずい。適当なことをいえば、魔王城から追い出されるのは目に見えている。最悪の場合、殺される。刑法第199条がこの世界に適応されているとはとてもじゃないが思えない。
死ななかったとしても、問題なのは先の見えない異世界だ。教授ほどの柔軟な人間に会える可能性は低い。何よりも、魔王城の周囲は不毛な大地。一人で追い出されて帰れるとは思えない。しかも、私に帰る場所などないのだ。
「そうですね」
何を調査している部隊なのかすらわからない。魔王が何なのかもわからない。魔法が何かも知らない。その中で、魔王の使者シルバが認める能力とは何だ。私は魔法なんて使えないぞ。
何て答えるのが正解だろうか。少しだけ沈黙する。
「私は」
と、困り果てた末に、私は二度ほど瞬きをして嘘をつくことにした。
「私は、他人の嘘を見抜くことができます」