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55.魔王殺しについて1

【二日目 12:30】


 純愛の魔王城、十三層。


 以前と変わりなく、螺旋階段下の扉はブロック状に細切れになって放置されていた。侵略者から守る扉の役目は、家主の死亡によって不要となったので、直すつもりもないらしい。

 扉の穴から見える景色は赤一色だ。血の海が広がり、大理石の白とコントラストを生んでいる。


「あれ?」


 十三層内部に入ると、記憶との相違が目立つ。全体的な景観は同じだが、海に浮かぶ孤島がないことに気がついた。

 具体的には、バラバラになった肉片や、各種臓器、骨や歯だ。死体と呼ばれるそれらが、全て消えていた。

 おいおい、また死体の消失かよ。同じ事件を一転二転させすぎだろう。そう呆れて声も出ない私に、部屋の奥から弁明が入った。


「あっはっはっはっ。心配しないでくれ、クローバーくん。死体消失トリックのタネは単純だ。このロベルトが清掃した。肉片はまとめて袋に包んでシルバさんに渡したよ。地面にこびり付いた赤色も、後ほど綺麗にする予定だね」

「教授。何だか久しぶりな気がしてなりません。ええと、教授がやったのならば問題ありません。死体を放置したら伝染病の温床になるだけですしね」

「まあ、そういうことかな。バラバラの肉片なんて、放置しても意味がない」


 純白の白衣を赤に染めることもなく、彼は血の海に足を入れる。私の顔を見て微笑むも、すぐにため息が続いた。


「それにしても、大変なことになったね。まさか、勇者がいるなんて」

「教授は誰が勇者か知っているんですか?」

「このロベルトでも、知らないことはある。勇者は魔力痕を隠すのが上手いから、他の人と見分けがつかないのさ。とはいえ、魔力と無縁なクローバーくんと、『傾国の魔王』の二人は勇者ではないと断言できるけれどね」


 と、ここまでペラペラと口が回っていた教授だったが、ようやく私の後ろにいる人間に気がついたようだった。セーレ王女はぺこりとお辞儀をして、「お邪魔します!」と大きな声を上げた。


「こうして面と向かって話すのは初めてですわね。オーケア教授」

「ええ。ダルフ国の王女様と面と向かって会話ができるとは思ってもいませんでしたよ。光栄です。それに、うちのクローバーがお世話になったようで」

「そんなこと……」


 セーレは引き笑いをしながら言葉を止めた。心当たりがあったのだろうか。私ほど清廉潔白で人のためを思って行動できるやつはいないとのに。セーレ王女様は酷いやつだ。

 セーレは軽く咳払いをした後、話題を大きくスライドさせた。


「今は、可愛らしいお助手さんはいらっしゃらないんですね」

「ルピシエですかな? 彼女の魔法は使用用途が限られているので。魔力源調査ができない今、休暇をしてもらっています。今頃、部屋で爆睡してることだろうさ」

「そうですか……。わたし、彼女に避けられているようだったので、今一度お話をしたかったのですけれど」

「あっはっはっ。ルピシエは多感な年頃だからね。まだ、心の整理ができていないんだよ。気にしないでください」


 そう言いながら、作業を続ける教授。右手を淡く光らせながら、地面にこびり付いている血液を剥がし、宙で球体を再生していく。既に乾き切っているので、赤い埃の塊のように見える。


 ルピシエが教授に拾われる前、民間医療団体に所属していたという話は聞いていた。魔王との戦争で生き残った人々が手を取り合い、同じ境遇の人間を救うというものだ。

 思えば、ダルフ国からの使者が魔王城の外に転移してきた時にルピシエだけは室内にいた。魔王との戦争相手は、もしかしたらダルフ国だったのかもしれない。


 ルピシエには恨みがあるというわけだ。単なる使者ならともかく、国の中枢にいる第一王女ともなればより一層思いは強くなるだろう。



「まあ、仲良くしてやってください。同年代の女子がいなくて、ルピシエも心細い。死人がたくさん出ていて不安な時期に、セーレさん達が寄り添ってくれたら嬉しいだろうよ」

「オーケア教授はご両親のようですね」

「あっはっはっ。子育てをするほど愛はないけどね」



 「愛があったら、殺してしまうかもしれないし」と、教授は続けた。純愛の魔王の血の海の上で、その言葉を否定できるものは誰もいない。

 ロベルト教授は血の塊を固めて、清掃を続けている。あっという間に、野球ボールサイズの大きさになっていった。教授はその玉を急に投げつけてきてきたが、緩やかだったので両手で受け止めた。私の手に触れた瞬間、血の塊は溶ける様に地面に散らばった。その様子をみて、教授は再度高笑いした。



「そういえば、クローバーくんは純愛の魔王と知り合いだったようじゃないか。驚いたよ」

「まあ、はい。故郷が同じでしたね。どこで知ったんですか?」

「十三層は魔王の自室だからね。少し拝見していたら、彼の手記が見つかったんだよ。クローバーくんの事もそりゃ丁寧に書かれていた。君たちは、愛し合っていたんだね」


 

 左足を軸とした右足の蹴りは、ロベルト教授の腹部に突き刺さり教授を吹き飛ばした。教授は白衣を赤の海で濡らしながら、高笑いを部屋中にまき散らす。


「そんなわけないでしょう。彼女が私のことを好いていたら、とっくに殺されています」

「ふむ。それなら、君の方はどうだったんだい? 純愛の魔王のことを、どう思っていたのかな」

「ロベルト教授。望月茜について悩むフェーズは既に終わったんです。すいませんね」


 「そうかい」と肩をすくめる教授。決して、意地悪で言ったわけじゃないのだろう。教授なりに、私のことを気遣ってくれていたのかもしれない。


「クローバーくんはこれからどうするんだい? 故郷に帰るのか、純愛の魔王の復讐をするのか」

「そのどちらでもありません。私は探偵です。殺人事件があれば、解決します。それだけです」


 さて、雑談は終了だ。ロベルト教授とのお喋りは有意義ではあるが、そのために十三層に来たわけじゃない。感傷に浸るつもりもない。

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