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54.ゼロからイチヘ2

【二日目 12:30】


「お兄さんと、隣にいるのはセーレ王女かな? 二人とも、本当の勇者と戦ったことないでしょ」


 モニ・アオストの声は扉越しでもわかるほど大きくなっていた。私たちと話すために、扉前まで移動してきたようだ。クラガンの魔法によって身動きが取れなくなっているはずだが、歩くくらいはできるのか。それなら、私が抱えて運んだのは何だったんだ。

 それに、勇者と戦ったことなどあるわけがない。セーレ王女も、戦うというよりも使う側の立場だった。お互いの顔を見て頷いたが、その動作はアオストには伝わっていないと気がついて返事をした。彼女は満足そうに「だよね」と笑った。


「僕は傾国の魔王って呼ばれてから日が浅いけれど、魔王殺しのプロに何人か襲われたことがあるの。一人は翼が生えていて自由に空を飛んでいた。もう一人は、魔法を使わずに一瞬で長距離を移動していた」

「どうやってだよ」

「知らないわよ。それでも、魔王の対策手段として移動方法は重要なの。お兄さんは知らないかもしれないけど、この世界の移動手段は転移魔法を使う施設で行われているんだ」


 異世界人は魔法が使えず、魔法が効かない。それはつまり、移動手段が縛られているということだ。

 車もなければ飛行機もない。インフラは魔法が使える前提で使われている。勿論、魔王側もその対策をしている。転移ができない仕組みを作ったり、転移先に罠を敷いたり。

 その対策として有効なのがフィジカルの押し付けだ。転移してくると考えている魔王に、唯の身体能力で対抗する。



「僕の知っている勇者なら、十二層から十三層まで十秒で走り抜けられるね」

「嘘だろ……。何でもありじゃねーか」

「うん。何でもありなんだよ。勇者ってやつは」



 それに関してはセーレも同意なようで、二回も深く頷いていた。規格外でないと常識を破壊してくる魔王に対抗できないのはわかるが、それにしてもここまでだとは。

 歩いて一時間の距離を一瞬で移動できる奴に、唯の人間である魔王はどうやって対抗してきたのだろう。


 もしかすると、『純愛の魔王』の巨塔そのものが、対勇者の構造だったのかもしれない。天を貫くほど高く、シルバの空間魔法によって生成された迷宮。頂上に魔王がいるわけではなく、地下に潜んでいると言う引っ掛けもある。

 本来ならば、打ち破られるのに相当の時間がかかったはずだ。今回のように、魔王自ら勇者を招待してしまうような場合でなければ。



「アオスト、君はどんな対抗手段を持っているんだ? 勇者に襲われた時、どうしてる。正直、君みたいな少女は一瞬で殺されそうだ」

「あははは。まあ、そう思ってくれたら狙い通りだよ。黒髪美少女で清楚系で、いかにも大人しそうな見た目でしょ? 大抵の男は、警戒心を弱めるものなのよ」



 自分で言うんじゃねぇ。

 ただ、言いたいことはわかる。アオストは転生体なので、実年齢は見た目の倍近くあるだろう。精神と外見の乖離は、一つのアドバンテージだ。街中を歩いていても、まず魔王だと思われることはない。

 「それに」と彼女は付け加える。



「普通に拳銃を持っているの」

「はあ? 拳銃って、ピストルか? 何でそんなもの持っているんだよ」

「裏技があるのよ。まあ、異世界人が魔法を効かないのと同じく、地球の物体は魔法を貫通できる。勇者相手でも、一発当たれば時間稼ぎくらいにはなるのよ」


 単独で調査隊に潜入するのには、それ相応の理由があったわけだ。他にも言っていないだけで、対策は沢山持っているのだろう。

 そうでなければ、こうして幽閉されている今も余裕そうにしていない。


 『純愛の魔王』は、勇者が調査隊に紛れていると考えてから何も対策をしなかったのだろうか。

 望月茜が、何もしなかったとは考えにくい。なぜシルバを行かせて、十三層で一人きりになったのだろう。


 私が思考を回していると、隣のセーレが扉に近づいてきた。彼女はドアノブを捻って扉が開かないことを確認した後、真剣な眼差しで正面を見た。


「『傾国の魔王』さんは、どうして魔王になられたんですか?」



 勿論、扉の向こうのアオストが見えるわけではない。それなのに、彼女は背筋を伸ばし、敬意を持ってそこに立っていた。

 そんなセーレが見えていないアオストは、軽く言葉を返した。


「セーレ王女。貴女のような魔法の世界で生きてきた人間にはわからないよ。僕たちのような異世界人の生きていく道は限られている。魔王に成りたくてなったというよりも、成らされた。一種の迫害だ」

「う、すみません」



 アオストの言う適当な嘘を信じたようで、セーレ王女は項垂れる。ほとんど嘘で構成されたようなアオストが、こんな繊細なことを考えるわけがないだろう。扉の向こうで、いやらしい笑みを浮かべているに違いなかった。

 しかし、セーレ王女はすぐに顔をあげた。


「でも、私はこのままでは終われません。戦争のない平和な世界を作るんです。魔王の皆さんだって、こうして会話ができる。『傾国の魔王』さんも、元の生活に戻れるように私が変えます。魔法で差別が起きない、支え合って生きていく世界にします」

「あ、うん」

「『傾国の魔王』さん、私たちと協力してくれませんか? この調査が終わったら、ダルフ国に招待します。直接、王と面会できる手配もします。望むことは何でもします。ですので、人類との和平を結んでほしいのです。魔王代表として」



 『純愛の魔王』に言おうとしていたことを、そのまま言っているのだろう。魔王と人類が手を取り、人が死ぬことのない平和な世界。まあ、回復魔法を携えている人類を殺せる魔王が消えれば、死という現象を大幅に減らすことができるので合理的である。

 セーレ王女の間違いは、言う相手だった。『傾国の魔王』ことモニ・アオストにそんな大層なことを言っても、響きやしない。まあ、『純愛の魔王』こと望月茜も同様の対応をするだろう。彼女の場合は、「良いんじゃない?」と適当に話を流す未来が容易に想像できる。


 アオストは「セーレ王女のその言葉、感銘を受けました」と適当なことを言い始めた。


「セーレ王女。まずは、僕をここから外にだしてください。そうしたら、同盟を組むと約束するわよ」

「それはできませんわ。シルバさんの許可がいりますもの」


 「ちくしょう!」と室内から叫び声が聞こえる。

 時間の無駄だな。阿保は放っておいて、十三層に向かうことにした。

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