04.漂流4
探偵に一番必要なものは何か、君たちは知っているだろうか。
推察眼や洞察略などの推理で利用するもの? それとも、警察関係者や情報屋とのコネクション? あるいは、フィールドワークで重要な体力だろうか。
そのどれもが正解ではあって不正解だ。それらは全て、とあるものがあって初めて成り立つ発展系に過ぎない。
探偵に一番必要なものは、運である。
元も子もないことを言っていると思うかもしれないが、これはまじな話だ。コネクションを作れるかどうか何て運の延長線上でしかない。体力は、幸運を取りこぼさないために必要なだけだ。
『いつまで探偵ごっこを続けるつもりなの』と妻に言われたこともあるが、一応探偵一本で稼げるくらいには成立している。個人事務所で妻子のいる家庭を守れるほど稼げる探偵が、日本にどれだけいただろうか。よっぽどの幸運がないと成り立たない職業だ。
何はともあれ、私は自分自身の幸運に一定の信頼をおいている。最後はギャンブルで何とかすればいい。それは、異世界転移という最大のギャンブルに飲まれてからも発揮された。
「大気中に漂う、目に見えないほど小さな粒。魔素と呼ばれるそれは呼吸と共に体内に取り込まれる。魂に触れた魔素の集合体は、液体のように溶けていき、体の中を流れていく。それが、魔力というものだ」
と、宛ら授業のように身振り手振りをしながら、教授は言う。淡い光を灯す人差し指が動かす軌跡はそのまま線になり、人体を模したイラストが宙に浮く。人体に矢印を書き、右手に集中させる。
「そして、一点に魔力を集中し、放出させる行為を魔法という。例えば、今の私は右手の人差し指に魔力を貯めて、指先を放出口として魔法を発動しているというわけだね」
「光として放出させるだけですか?」
「いいや、放出させるまでの原理はほとんどの魔法が同じだが、種類が違う。光として放出させるのか、炎として放出させるのか、はたまた氷としてなのか。それ故に、魔法は多種多様な使い方が出てくる。しかし、重要なのは、光や炎、氷を生み出しているわけではないということだ」
教授は人差し指を短く回転させ、光を消した。そのままもう一回転させると、まるでマッチに火をつけたかのように指先に炎が灯る。メラメラと揺れる炎は、しかし指を焦がすこともなく、ただ同じ姿を維持し続けていた。
「本来ならば、炎を燃やし続けるには燃料がいるだろう?」
「魔力を燃料に変換させて、指先から再度放出させているんですか? 例えば、酸素やらライターと同じ石油ガスとか」
「『セキユガス』はこの世界には無いが、代替物に変換させているわけでもないんだよ。先ほども言った通り、魔法とは魔力の放出させる形が異なるだけだ。魔力は魔力。物質具現化魔法などの特例の魔法は省くが、基本的には模倣だ。これは魔法であって、炎ではない」
「つまり」と教授はここぞとばかりに胸を張りながら私の目を見る。
「魔力とは、あらゆる物質、現象を模倣できる万能の概念物質というわけだ。これこそが、君たちの世界と我々の世界の決定的違いということだね」
「ははあ。なるほど。勉強になりました。確かに、魔力ありきの文化ならば、発展の方向性が根っこから違うわけですね」
深く嘆息する。発展した令和の時代でも、最も高い建物はドバイのブルジュ・ハリファだった。あれが確か八百メートル超えの超高層ビルだったが、私たちの背後にある巨大な塔はその数倍は高いだろう。
科学の限界と、魔法の可能性。価値観の相違を、教授は真っ先に説明してくれた。
最初の印象は最悪だったが、ロベルト教授に出会えてよかったと、自身の幸運に感謝した。
教授ほど柔軟で博識な人間など、地球のどこを探しても一人会えるかどうかだ。この世界の知識だけでなく、我々の世界と比較することで、理解しやすい内容になっていた。これから先、他の異世界人とも会うかもしれないが、教授のように話が通じる人ばかりではないだろう。
純粋に、尊敬の念を持った。この性別不詳の教授は信用できる。だから、私は何一つ文句を言うことなく、教授の後ろについてきた。目的地にたどり着くまでは、座学を受けることに徹した。
『純愛の魔王』が拠点を構える、巨塔。近くで見ると、その異次元な高さをより強く感じる。真っ白な棒のように見えていたが、材質は大理石のように滑らかで人工的だった。円柱のように伸び続けているこの建造物を作るには、高度な建築技術が必要だろう。
あるいは、高度な魔法か。
我々を出迎えるように、壁面の一部が歪み、穴を生み出す。光が漏れ出ていて、そこが入り口のようだった。教授は何の躊躇いもなく、塔の中に入っていく。
私は少しだけ立ち止まって、背後を見る。何もない不毛の大地。近くの建物はこの『純愛の魔王』の城だけ。逃げることはできない。
「ま、何とかなるか」
自分の幸運に期待を寄せて、一歩踏み出した。