03.漂流3
愛国心が強い方ではないが、住むなら日本だ。物価の上昇など世間は騒いでいるが、それだけではインフラと安全面が保証されている日本を離れる理由にはならない。旅行ですら国内で済ませたいと思う。
しかし、今いる場所はアジア圏どころか地球ですらない。地球によく似た、地球ではない場所。異世界。
私は探偵だ。謎を暴き、事件を解決させるプロフェッショナルだと、自負している。剣と魔法の冒険活劇など、二十年前の成人直後の若さがあれば話はできたが、既に四十歳を超えた中年だ。仕事柄体力には自身はあるが、とてもじゃないが冒険ができるとは思えない。
よし、帰ろう。
崖から落ちて異世界に来てしまったのは運が悪かったが、その分死なずに済んだ。寧ろ幸運である。このまま帰って、依頼の続きをしなければならない。
ロベルト教授は一瞬だけ驚いた様子を見せたが、私の帰宅宣言を快く理解してくれた。最初は話の通じない狂人かと思っていたが、教授のいう通り同じ言語で会話ができる。
「ふむ。このロベルトに不可能はない。すぐに、君が帰れる手立てを探してあげよう」
と、豪語した。
「ついてきたまえ」と彼は言ったのち、私のペースに合わせてゆっくりと道案内を始めてくれた。どうやら、山の麓にある森林にいるらしく、抜け出す必要があるとのこと。
歩いているうちに体も自由に動くようになってきた。教授は時折私の体の調子を気にする様子だったが、次第に前方だけを見るようになっていた。
もしかしたら、この天使のような人間は、めちゃくちゃ親切な良いやつなのでは、と気が付き始めた。喋り方が上からで、やけに偉そうではあるものの、発言の内容自体は私のことを心配するようなものばかりだ。
思えば、最初から私のことを保護するといっていたな。異世界人を、彼は集めているのだろうか。もしかして、異人を解剖して実験しているのかもしれない。
「ロベルト教授。あなたは何を研究している教授なのでしょうか」
「んん? 私に興味があるのかな? あっはっはっ。嬉しいことだね。魔力エネルギーの保存法則について研究はしているのだけれど、今のクローバー君に言っても何もわからないかな。何、帰宅まで少し時間はかかるだろうから、その間に一から説明してあげよう」
と、ペラペラと喋りつつも配慮を見せる教授だった。本当に、人にものを教える職についているのかもしれない。
「しかし、私ばかり話してもつまらないな。クローバー君。君こそ一体全体何もの何だ? この世界に流れてくるということは、相当の因果があってのことだろうが」
「私は、日本という場所で探偵を職にしていました」
「たんてい。ふむ、この世界にはない名前だ」
「まあ、殺人事件とかを解決することを生業としている職です」
「ああ、それなら似たような職があるな。治安維持部隊が、魔法学院にもあるよ」
それは警察みたいな部隊なのだろうが、私は面倒くさかったので肯定した。
とまあ、それからロベルト教授とはお互いの世界の話を交互に行った。異世界交流である。私ばかり助けてもらって、恩返しする手段もないことを少しだけ心配していたが、異世界人の話は相当貴重らしい。
会話が手数料くらいにはなりそうだった。
そろそろ、森の出口が見えてきた。そう言えば、ここはどこかの国の一部なのだろうか。先程教授が言っていた言葉を思い出す。
西国の連中からすればダルフ郊外。
パラスからしたら無主地。
強いていうならば『純愛の魔王』が所有する敷地の中。
この話だけで、絡でもない土地であることは明確だった。例えるならば、エルサレムか。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。どの宗教に属するかによって、エルサレムの見方が大きく変わってくる。
今いる土地もそうだとしたら、少々めんどくさいことになる。宗教絡みを悪くいうつもりはないが、私は異世界人だ。人種どころか、世界が違う。
そんなことを考えながら、木々の先に見える光を目指して歩いた。住宅街が広がっていて、人々が入り乱れているのだろうか。私だけでなく、教授もやけに目立つ格好をしているので、注目を浴びてしまうかも。
まずは商店に行って、この世界にあった服装で身を隠すことから始めるべきだろうか。
と、様々な思考を巡らせていた私だったが、その全ては裏切られることとなる。
森林を抜け、外の世界に一歩踏み出した、その時だった。私の視界を一面に埋め尽くす景色に、思わず口が開いた。
「なん、だこれ」
人混みは愚か、住宅街や商店街などもってのほか。真っさらな不毛の大地が広がっていた。太陽の光が燦々と地面を照らしている。
まるで、中心にあるものを目立たせるために、あえて何も配置していないかのような、芸術さがあった。
それは天を貫く建物だった。大地に生える、巨大な一本の塔。
世界中のあらゆる建築法を無視した高さ。物理法則を無視し、塔の周りで宙を浮いている謎の物体。ハリウッド映画でも、ここまでの建物は見たことがない。
なるほど、確かにこれは異世界だ。地球では絶対に見ることのできない風景がここにはある。
呆然としている私に、ロベルト教授は嬉しそうに付け加える。
「あれが、『純愛の魔王』城だ。我々の目的地であり、君が異世界に戻るために必要な場所だ」