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35.生贄を決めろ2

【一日目 23:00】



「起きろ。いつまで寝るつもりだ」



 純愛の魔王城、十一層。ヌル・ファイスの宿泊室。内装は私の宿泊室と全く同じで、見分けがつかない。ベッドの隅で横になりながら寝転んでいる少年の頭を、軽くはたく。



「ふわぁ。まだ寝たい」

「ヌル・ファイス。十秒以内に起きなければ、蹴り飛ばす」



  少年は「もう朝なのか?」と惚けた事を言いながら上半身だけ起き上がった。微睡んだ瞳で私の姿をじいと見た後、可愛らしく首を傾げる。どうやら、状況を理解できなくなるくらい、熟睡していたらしい。


 これが、裏の世界では名を馳せている『不死の浪人』。不老不死で、私たちの何倍も生きている化物……、とてもじゃないが、そんな風には見えない。


 昨夜、カランと一緒にいた時の銀面を被ったヌルは、確かに気迫があったけれど。今の彼は、第二次性徴期前の中学生にしか見えない。これじゃあ、本当に別人みたいだ。


 上品に両手で口元を隠しながら、三度目の欠伸を下あたりで、状況を思い出したらしい。彼は恥ずかしそうに洗面台まで走っていき、口だけで私に問いかけてきた。


「クロ……、クローバー。勝手に部屋に入るなんて、失礼だとは思わないのか?」

「何度もノックしたし、三十分前に教授の呼び出しにお前は返事をしたはずだ。いつまで経っても十二層に来ないので、殺されたのではないかと話していたところだ」

「ふふふ。なるほどね」



 不死の浪人が殺されるわけがないのだが、彼はそんな私の適当な話を軽く流した。



「で、なんで教授様が俺を呼んだんだっけ? そもそも、なんでクローバー達は十二層に集まってるんだ? 誰か追加で死んだか」

「それに比べたらまだマシな事件ではあるが……。全員無事だよ。謎の十二人目の死体が丸っと消えた」

「へえ?」



 私は彼の身支度を待ちながら、先程までの出来事を端的に説明した。現在、シルバと教授の二人が調査していて、それ以外の五人は部屋の外で待っている。


 同性だから、という配慮をクラガンが提案した結果、私だけが部屋の中にいる。勿論、クラガンの言っていた『ヌルを懐柔し、時の魔術師の予言内容を聞き出す』というミッションを受けているからこその采配だ。


 私の話を興味深そうに聞いていたヌルは、一度も話を遮ることなく身支度を終えた。彼は「俺も現場見てみたいなぁ」とぼやきながら、扉へと向かう。


「まて、ヌル。まだ行くな。一つ聞きたいことがある」

「何だよ」

「十三層で、魔王となんの話をしたんだ?」


 時の魔術師の予言内容を直接聞くことは困難だ。しかし、それでも予想することはできる。


 クラガンの言う通り、この状況こそが未来視の延長線上の場合を考えよう。ヌル・ファイスの行動全てが、時の魔術師の予言に合わせてで動いているとしたら、彼の不可解な行動にも納得できる。


 調査時間の最中、彼は真っ先に十三層に向かっていた。魔王との対話こそが、時の魔術師が掲げたミッションという可能性もある。


 彼はドアノブに手をかけたまま、首だけをこちらに向ける。まるで愚問だと言いたいのか、肩をすくめた。



「そんなの、恋愛話に決まってるだろ。相手は『純愛の魔王』だぜ?」



 嘘はついていない。本心だ。ヌル・ファイスは『純愛の魔王』と恋愛話をした。これは私の中ではほとんど事実として扱っても良い。


 いや、お前何してんだよ。論外という二文字は、この少年のためにあるのではないだろうか。


 恋バナする状況なんて、魔王城であるのか? というか、『純愛の魔王』も何してんだよ。魔王らしく、こんなやつぶっ飛ばしてくれよ。

 余計意味がわからなくなってきた。


 クラガンが自分自身でヌルに接触しようとしない理由がわかった気がした。この少年は、私たちと同じ土俵に立っていない。少しズレた、別の世界の価値観で生きているみたいだ。


 そんなことを、本当の異世界人の私に言わせるんじゃねぇ。



「魔王も恋バナに乗ってきたのか?」

「おうともさ。いくら長寿と言えども、恋は経験したことあるらしいぜ」

「そうなんだー」



 私は適当に話を流し、ヌルの肩を掴む。そのまま扉を開き、外の連中と合流した。ヌルが適当な謝罪をして、セーレがほほ笑む。中身のない、語る必要もない空間がそこにはあった。


 異常なし。それでは、本来の目的通り全員で十二層に向かうとしよう。



 階段を降りている途中、何回かクラガンからの目配せがあったが、私は全て無視することにした。申し訳ないが、何の成果も得られていないどころか、ヌルの利用価値の低さを実感しただけだった。

 そこから先は、何事もなく十二層に着くことになる。階段の上り下りをするだけでトラブルがあっては何も進まないが、嵐の前の静けさとはこのことだった。この後の出来事を考えると、トラブルの助走だったとさえ言える。


 地下十二層で我々を待っていてくれたのは、調査が終わったらしい教授とシルバだった。

 シルバは少し落ち着いたようで、数時間前の悪魔の形相は解けている。眉間に皺を寄せ、難しそうに両手を組んでいた。教授もまた、私の姿を確認したにも関わらず、高笑いの一つもあげなかった。


 調査は芳しくなさそうだ。証拠を消す痕跡すら残らなかったのかもしれない。そうなると、相手は相当な手練になる。

 いや、魔力痕という概念もあることだし、どんな現場でも手がかりは増えるはずだ。



「みんな揃ったかな」



 教授がシルバに向くと、彼は頷くだけだった。説明は教授に任せるらしい。



 さて、専門家の調査結果を聞かせてもらおうじゃないか。科学的にみて証拠が丸っと消されていたが、魔法学の権威はなんて答えるだろう。私が濃厚だと考えている『時間を戻す魔法』は良い線を言っているのではないだろうか。 


 しかし、教授の調査結果は予想の斜め上を超えてきた。異世界だから、というわけではない。地球でも同等の現象は起きる。


 それが故に、異世界でもそれは猛威をふるった。



「結論からいうと、調査はできなかった。というよりも、現場の部屋は天井が崩落して崩れていた。死体現場までどころか、入り口から数メートルしか進めなかった」



 地震による自然災害。

 私が手に入れた手がかりは、再び無に帰った。



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