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34.生贄を決めろ1

【一日目 22:45】


「ヌル・ファイスは人間ではない」


 十二層から十一層へ続く階段の道中。先頭を歩く私に向かって、クラガンが唐突に口を開いた。



「何の話です? 事件に関する話は、平等性にかけるから話さない方がいいってさっき決めたと思いますけど」

「ふん。これは事件とは関係のない唯の事実だ」


 へえ、この男も世間話とかするんだ。それとも、トラブルが重なって彼も疲れているのだろうか。その話の相手がトラブルの半分の原因なのだけれど、いいのだろうか。


「それで、何ですって? ヌルが人間ではないって」

「元人間と言ったほうがいいか。ふん、やはり、お前は何も知らないんだな。ヌル・ファイスのことなんて裏の人間ならば知らない人はいない」

「あっはっはっ。世間知らずですみません」


 教授の笑い声の真似で誤魔化す。世間どころか、世界知らずなのだけれど。


「シルバさんと違って、外見は普通の少年に見えましたけどね」

「ふん、それは俺も意外だった。銀色の仮面で正体不明だったからな。まあ、奴の出自を考えれば逆に納得はできる」

「それで、何なんですか。あいつは」

「奴は、裏の世界では『不死の浪人』と呼ばれている」


 思わず、足を止める。後のセーレ「どうしました?」と声が聞こえてきた。適当な返事をして再び足を伸ばす。

 ようやく、地球の常識を超越した概念が出てきたな。結果の模倣ではなく、空想の実現だ。

 浪人というのも引っかかる。勿論、大学受験に失敗した高校生という意味ではないだろう。ある意味、何浪もしている努力家は不死の浪人ということもできるけれどな。


「不死身ってことですか。まあ、時の魔術師と護衛になるくらいなんだから、そのくらいなきゃダメなんじゃないんですかね。カラン・ターマって、めちゃくちゃ偉いみたいだし」

「そうだな。未来視の特性上、たくさんの人間の恨みを買ってきた。命がいくつあってもたりないくらいに、暗殺者が送り込まれている。故に、不死の浪人は護衛として適任だった……」

「だった。へえ。随分と含みのある言い方ですね」



 そう返したものの、クラガンの言い分はわかる。これはアオストとも話したことだが、今朝の話だろう。カラン・ターマは一人で螺旋階段を降り、腹部から血を垂らしながら戻ってきた。


「そのことは本人に直接カランは一人で行動していたと、ヌルは言ってましたよ。勝手に動くやつを護衛できる訳がないと、ため息をついていました」

「俺が気になっているのはそこだ。ヌル・ファイスとカラン・ターマの付き合いは長い。未来視の穴を埋めるために、カランとヌルは常に二人行動をしてきた。奴らは、二人いれば無敵の存在だ。それなのに、カランは負傷した」



 私がヌルと話した限り、カランが一人行動したのは事実のようだった。彼が嘘をついていないことを、私は保証できる。

 逆に、ヌルが一人で魔王城の地下に潜入している理由は、未だ不透明である。彼はカランに頼まれたと言っていたが、そこで明確に嘘をついている。カランはヌルに何も頼んでいない。あの男は、あの瞬間に物語から離脱した。そこは間違いないはずだ。


 ヌルはカランを裏切ったのではないかと、私は考えている。調査時間中に、十三層に向かっているのが良い証拠だ。未来視を潜り抜け、一つの目的に進んでいるように見える。勿論、魔力源の調査などは眼中にない。殺人とは関係のない、また別の物語だ。


 しかし、クラガンは私と違った考え方を示した。


「カランは自身の命と天秤にかける程の決断をしたことになる。一人で地上に残るほうが有益だと判断した。もしくは、不死の浪人を一人で地下に向かわせるほうが、かな」

「ここまで、時の魔術師の想定内ということですか?」

「ふん、気に食わないがな。それほど、未来視の魔法は絶大だ」


 気に食わないのは非常に同意であるが、クラガンはもしかして知らないのか?

 未来視魔法は異世界の住人と絡めると精度が落ちるという性質がある。カランは不服そうにそう言っていた。嘘をついているようには見えなかったし、つく意味もないので多分本当だ。


 私だけではなく、アオストも異世界人だ。教授の話によれば、恐らく『純愛の魔王』も。三人の異世界人が関わっている状況で、カランの未来視魔法なんてなんの役にも立たないのではないか?

 ふむ。そうなると、なんの未来も見えなくなってきたから、怖くて別行動した説が濃厚になってきたな。ヌルが不死の浪人ならば、一人で行動してもらったほうが力を発揮できるし。


「で、それを私に言ってどうなるんですか? クラガン隊長」


 世間話をするにしては、随分とプライベートな内容だ。事件と直接関係ないとはいえ、重要な情報だ。クラガンの立場からこんな話が出るとは思えなかった。


 彼はこちらを見ることもなく、「ふん」と鼻を鳴らした。眉間に皺を寄せ、小難しそうな顔をしていた。


「お前がこの事件に関係ないことはわかっている」

「え、そうなんですか」

「殺人現場では何らかの魔法が使われた跡があるが、お前からは魔力痕が全く感じられない。お前だけはあの事件を引き起こさないのは、最初から知っていた」

「おい」



 それじゃあ、さっき私をいじめていたのは何だったんだよ。容疑者Aだからクラガンにたてつかず、受け入れてやっていたのに。これじゃあ、ただ太ももを踏まれただけじゃないか。

 というか、何だその指紋鑑定のような技術は。魔力を体内から放出させて魔法が生み出されると教授は言っていたが、その痕跡が残るのか?


 それじゃあ、犯人なんて一瞬で捕まえられるんじゃないのか? 魔法をいっぱい使った跡がある奴が犯人だろう。死体が消えた今、魔法を使い立てほやほやの人間がいるはずだろう。


 しかし、私はクラガンに問うことはできない。魔力痕について、この世界のどの程度の常識なのかわからなかったからだ。


 世間知らずで済む程度なのか、それとも一般常識か。少なくとも、先程の集まりで一度も話題に出てなかったことから、誰しもが考える対象ではなさそうだが。

 

 クラガン相手に失言はしたくない。一つの隙を致命傷に広げることは、クラガンにとっては容易なことだ。私は適当に相槌をうって、クラガンの発言を促した。



「ここから先の一番最悪なパターンは、魔王軍と西国ダルフの戦争が肥大化することだ。俺たちが住む東国どころか、世界に広がる大戦争が起きる可能性は十分にある」

「まあ、セーレさんは第一王女ですしね」

「世界を巻き込む大戦争、それだけは避けなくてはならない」



 もうすぐ、十一層につくところだった。私は歩みを止めずに、彼の話に耳を傾ける。今までの中で一番真剣な口調で、彼の話が嘘偽りない真実だと確信できた。

 いわば、クラガンの本心。この調査隊にきた目的。それは、私の信念に重なる部分があり、とても好感が持てた。



「トール・クローバー。同じ容疑者候補として、不死の浪人を懐柔しろ。時の魔術師の真意を聞き出せ」



 容疑者Aからスパイに昇格かな。ようやく、面白くなってきた。



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