33.消えた死体3
【一日目 22:30】
「トール・クローバー。貴様、まずは謝罪から入るのが先なんじゃないか? それとも、粛清してほしいのか? 俺のことを舐めているのか?」
純愛の魔王城、地下十二層。左右の大通りの根元にある、大広間。私はなぜか正座させられ、両手を光る紐(おそらく魔法)で縛られていた。私の太ももに足を乗せながら、クラガンが大きく叫ぶ。
「怪しい真似をするなと何度もいったよな? それなのに、一人で抜け出して現場の部屋に行ったなど言語道断だ!」
おかしい。物語が進展したので、探偵がそろそろ仕切り役になってもいいころ合いなのに。いつまで私は容疑者Aになり下がり続けなければならないのだ。
「ふん、容疑者じゃない お前はもう犯罪者だ」
「待ってください、クラガン隊長」
「言い訳はききたくねえ!」
ああ、高圧的だが論理的なクラガン隊長はどこかへ行ってしまったらしい。高圧的で暴力的な救いようがない化け物が誕生してしまった。しかも、それでいて正論の暴力をふるってくるので、私はどうしようもない。
加えて腹が立つのは、私の見える位置でアオストが腹を抱えて笑っていることだった。確かに、現場には一人で行ったという設定を提案したのは私だが、本当に他人事として笑うのはいかがなものだろうか。本当にうざったい奴だ。
「いや、でもおっさん。本当にあんた何してんだよ」
呆れた様子で、ビナがクラガンの隣に立つ。
「おっさんがあの部屋から離れてから死体が見つかって、もう一度あの部屋に入ったら死体が消えたなんてさ。どう考えても、おっさんが人を殺した後、その証拠を消したようにしか見えないよ」
これもまた、正論だった。この世界は正論で構成されているのかもしれない。異世界とのギャップに苦しめられるのも大変だ。
いつものように助けてくれる教授は、今はいない。私が状況を説明したのち、シルバを呼び出して現場の部屋の確認に行ったのだ。遅れて調査隊のメンバーが続々と集まってくる。たった今来たばかりのセーレ王女は、私の情けない姿をみてぽかんと口をあけていた。
しかし、この状況も予想済みだった。いや、ここまで当たりが強いとは思っていなかったが。ともかく、私は事前に用意した言い訳を口にする。
「クラガン隊長。私がどういう立場でこの調査隊にいるかご存知でしょうか」
「ふん、オーケア教授の助手だろうが。飛び入り参加した問題児という注釈をつけた方がいいか?」
「半分正解ですが、半分違います。私は、『嘘を見抜くもの』としてシルバさんに認められてここにいるんです。あとでシルバさんに確認してくださってもらっても構いません」
少し無理やりだが、このロジックで進めさせてもらう。嘘を見抜くために行動した、という正当性でゴリ押しする。
事実、死体は消えている。結果論ではあったが、私の行動に意味があったのだ。
「ふん、くだらないな。それじゃあ、誰が嘘をついているってお前はいうんだ?」
「ビナ・サチラ」
「はあ? 俺かよ!」
「クラガン隊長も気がついているでしょう? この男は、調査隊として集まってから一貫して嘘をつき続けています。私たちに黙っていなければならない、不都合な何かを隠し続けている」
正座をしたまま、私は口を歪める。やっていることが探偵とは程遠いが、これはもう仕方がない。私は容疑者Aとして疑われ続けているのだ。
ヘイトを分散し、場を停滞させる。その間に、証拠を集めるだけ集めて、犯人を特定する。事件はそれで終わるのだ。過程なんて、終わって仕舞えば結果論として笑い飛ばせる。
クラガンは少しだけ興味深そうに頷き、私の太ももに置いてある足を浮かせてくれた。
「あのな、おっさん。嘘をついているのは俺じゃなくてなぁ……」
俺じゃなくて、アオストだとでも言いたかったのだろう。けれど、口が続きを言う前に、彼の体は宙を舞った。両足を根本から蹴り飛ばされたビナは、そのまま受け身も取れずに地面に激突する。
勿論、アオストだ。大方、アオストが偽造工作を行なって調査隊に潜入していることを、ビナは口封じさせられているのだ。何か弱みを握られたのか、人質でも取られているのか。
状況が状況だ。ビナ目線だとアオストが怪しくて仕方がないだろうし、口封じがいつまで続くかわからない。彼女も、物理的に黙らせる方法を取るしかないだろう。
それが、余計に怪しさを増す。アオストには申し訳ないが、ビナと派手に言い争ってもらおう。私は被害者Aで留まっている場合じゃないのだ。
呻き声を上げるビナを無視して、加害者であるアオストは苦言を呈した。
「ちょっと、みなさん。そこのお兄さんをいじめるのは勝手だけれど、事件に関する話はしない方が良くない?教授とシルバさんは現場から帰ってきてないし、まだ十一階から降りてきてない人もいる。みんな揃ってから話そうよ」
「ふん、それもそうだな」
クラガンは私を許してくれたらしい。クラガンはようやく私の太ももから足を外してくれた。困ったことに足跡がズボンに残ってしまったが、彼は何も間違ったことをしていないので許すことにした。
アオストは予想以上に冷静で、彼女に注意を向けさせることはできなかったが、まあ。こうして拘束が解けただけましだろう。
私は服についた砂埃を叩きながら、辺りを見渡す。確かに、アオストの言う通り、十一層から降りてきていないのが何人かいる。
「ヌルがいないようですが。ん、セーレさん。メイドのユアさんは?」
「自室ないなかったので、先に降りているかと思ったのですけれど……。お手洗いかしら?」
「ここにいますよ、セーレ様」
と、私とクラガンの後ろからゆっくりと黒髪の女が顔を覗かせる。いつのまにか、背後を取られていたとは……。もしかして、私がいじめられている姿を間近で見たかったのかもしれない。
それにしても、ヌルは何をしているのだろうか。教授は全員を呼び出したと言っていたが、未だに姿を表さないのは怪しい。
まあ、私以上に怪しい奴なんていないので、下手に突っかかる気も起きないけれど。それでも、無神経なアオストの提案により、全員でヌルを迎えに行くことになった。
この状況で、一人行動を取れる人間はいない。
一人で十三層に引きこもっている魔王は、人間ではないかもしれない。




