32.消えた死体2
【一日目 21:50】
現場の部屋に入る前から考えていた仮説として、調査隊員がグルで、彼らが作り上げた事件というものがあった。教授達四人が死体を作って、第一発見者を装った。
動機としては、王女セーレを地下に監禁できるということ。この場合、黒幕は純愛の魔王になる。教授達は協力者という訳だ。
私は、そんな意味のないことをする訳がないと思っていた。
しかし、現に死体は消えている。
そもそも、死体が最初から無い場合、この仮説は信ぴょう性を増す。私たちが殺人事件と認知しているのは、ビナの転写魔法によるものだ。実際に肉眼で死体を見ることは、未だにできていない。
十二人目の謎も解決する。死体としての役割で作り上げられたので、誰かわからないのは当然だ。
残るは転写魔法で偽造ができるのか、という話だが、魔法なんてものは何でもありだろう。少なくとも、私が不可能だと断言することはできない。
「アオスト。お前が言っているのは、ビナを含めた五人がグルということになるぞ。あの場にいた、十人のうちの半分だ」
「だって、そうでしょう。僕とお兄さん、ヌル・ファイスは容疑者。残り二人はダルフ国の人間。それ以外の五人が手を組んでいても何もおかしくない。だからこそ、つける嘘じゃない」
「だから、五人が協力する意味がないってい言っているんだって」
「違うんだよ。シルバを除いた四人はさ。魔王に指定されて集められた人間なの。魔法学院の教授、その助手、魔法学院警備隊員、国連調査員。純愛の魔王がグルの要因として呼んだとしてもおかしくないじゃない。ダルフ国の二人を監禁することが目的で、お兄さんはイレギュラー。ヌル・ファイスは本来カランと一緒に撤退する予定だったじゃない」
その考え方だと、時の魔術師は魔王の目的に気が付いて返り討ちにあったことになる。だからこそ、ヌルを単独で地下に潜り込ませたとか?
いや、そのヌルは魔王本人と話をしていた。だからこそ、グルの一人として加担することだって可能だ。
「まて、それなら、お前はどうなんだ。国連記者のアオストも、魔王に指定された人間なんじゃないのか」
「ぐ。まあ、そうなんだけどさぁ」
ごにょごにょ。彼女は小さな声でぼそぼそと言い訳を始める。何も責めてなどいないのだが、彼女の弱点を突いてしまったらしい。別に興味なんてなかったが、彼女は「実は」と話を始めた。
「本来の国連記者は別にいるのよ。だけど、僕が行きたかったから、無理やり権利を奪ったの」
てへ、と舌を可愛らしくちらつかせるアオスト。あきれて言葉も出ない。だから、ビナ・サチラはアオストのことをやたらと敵視していたのかよ。やっぱり、こいつが一番頭がおかしいじゃないか。
「しょうがないじゃない! こんなに面白そうな調査隊に参加しないほうがおかしいもの」
「お前さ。自分が他人を裏切っているから、周りも裏切って当然だと思ってないか?」
「やたらと教授を信用しているお兄さんの方がおかしいけどね。現に、死体がこうしてなくなっているじゃない。それとも、お兄さんはこの意味の分からない状況を説明できるってわけ?」
当然だ、とは言い切れなかった。探偵として情けないばかりである。
第一、急展開すぎる。地震が起きたとあわてて帰ったら容疑者扱いされて、現場検証もできず。ようやく現場に辿り着いたと思ったら、事件そのものが消えていた。悪夢の記憶の方が、まだ整合性が取れている。
これは、あれだ。
本筋の話が別で進んでいて、私が見えている部分はその一端に過ぎないというやつだ。
警察時代でも似たようなことはあった。訳のわからない小事件を追っていたら、捜査一課が追っていたテロ組織の犯行の一部だったみたいな。小事件だけでは解決できない要素がある。
「アオスト、撤退だ」
「え、ちょっと待ってよ。今からサバイバルナイフの調査を始めるところなんだけど」
「とてつもなく嫌な予感がする。誰かのシナリオ通りに物語が進んでいるような。ともかく、ここに居続けるのはまずい」
「何よそれ。勘?」
「ああ。だが、唯の勘じゃない。探偵の直感だ」
アオストは少しだけ不満気に頬を膨らませたが、すぐに私の後ろについてきた。探偵の直感をある程度信頼してくれているらしい。
そこから、誰とすれ違うわけでもなく、十一層へと向かうことができた。いっそのこと、犯人と出会ったほうが推理は進んだが、安全なことに越したことはない。
「アオスト。お前は自分の部屋に戻ってきなさい。私が一人で、死体を見つけたことにする」
「あまり得策とは思えないわよ。守ってくれてありがたいけど、二人で行動したほうがアリバイがあっていいんじゃない?」
「詳しくは聞かないが、お前はビナに恨まれているんだろ? お前と一緒に行動したと明言したほうが、話を信じてもらえなくなる。それに、損得で動いていたら探偵なんてやっていない」
とはいえ、アオストがいてくれて助かった。一人だったら、自分の頭がおかしくなったのではないかと不安になっていたところだった。別の部屋を探索して、死体がどこに移動したか探したかもしれない。こうして早く撤退できたのは、彼女がいたからだ。
アオストはこれまた不満そうな顔を浮かべ(こいつが満足することはあるのだろうか)、すたすたと自室に戻っていった。私は彼女の部屋の扉が完全に閉まり切るのを見届けた後、自室の隣の部屋前に立つ。当然、ロベルト教授の部屋だ。
軽く二度ほどノックすると、しばらくして扉が静かに開かれた。風呂上りなのか、顔に少しだけ赤みのかかった天使が顔を覗かせる。
「クローバーくん。どうした。顔色が悪いけど」




