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29.異世界転生2

【一日目 21:10】


 この異世界は、感覚が日本に近すぎる。


 話している言語は日本語で、固有名詞を除けば大抵の単語は共通している。


 服装も、現代に近い。教授やルピシエは科学者のような白衣だし、クラガンは警官のような襟付きの厳格な服装だ。私の探偵業で利用しているトレンチコートが、全く浮いていない。


 食生活もパンとスープ、主菜。風呂場にはシャワー、ドライヤー。電気ではなく魔力で、再現されている。


 そう。科学と魔法学で進むべき方向性が全く異なるはずなのに、終着点が同じなのだ。天を貫く魔王城は規格外ではあるが、スカイツリーと方向性は近い。



 異世界に来て、新しい発想に出会っていない。手段に驚くばかりで、結果は理解できてしまう。魔法は飽くまでも模倣でしかない。この世界は、明らかに地球を意識して構成されている。


 まだ、ブラジルに行った方がギャップを感じるかもしれない。外国より、日本に近いとは如何なものか。


 しかし、それでも、だ。固有のコンテンツは一貫していないはずだ。目的が一致していても、中の人間は異なる。名詞が重なるような偶然は、ほとんどあり得ない。


 小説家アーサー・コナン・ドイルがこの世界にいるとは思えない。故に、シャーロックホームズシリーズが刊行されているわけがない。


 国連記者モニ・アオスト。彼女は確かに、『探偵には助手がつきもの。ワトソンと呼んで良い』と言った。

 ジョン・H・ワトソンのことを知っている。それはつまり、地球の歴史について知っているということだ。


 アオストの身元は既にヌルから教えてもらっている。彼女はこの世界で生まれたはずだ。


 なのに、地球について知っている。


 輪廻転生。


 魂が周り、命へと繋がっていく。



 教授が言っていた。この世界は、別世界の記憶を持って生まれる人が稀にいると。それならば、私と同じ時代に生きていた人間が、ここにいてもおかしくないだろう。


 異世界転生したのだ、彼女は。


「アオスト。お前、地球人だったのか」



 その言葉を聞いたとき、彼女は指先でゆっくりと髪を弄びながら、微かに笑みを浮かべた。

 漆黒の黒髪が艶やかに光り、吊り上がった瞳が鋭く輝いている。彼女の肌は白く、ほのかな紅を帯びており、まるで日本的なメイクを施したかのように見えた。

 確かに、言われてみれば彼女の風貌は他の調査隊メンバーとはずれている。服装こそ異世界風の黒いローブだが、ヘアメイクは完全に日本の清楚系を意識している。 想像上のかぐや姫が現実にいたからこんな感じなんだろうな。



「正確には、地球の記憶を持っている転生者だけどね。なんだよ、全然驚かないんだね」

「探偵だからな」


 と、虚勢を張ったものの、内心かなり驚いている。一応、教授から事前知識として異人の存在を聞いてはいたが、転生という概念が本当にあるとは信じがたい。


 まあ、そもそも私が異世界転移をしている時点で何でもありなんだけどさ。



 その事実を聞いて幾つか納得することもある。モニ・アオストは癖の強い調査隊の中でも飛び抜けて訳のわからない奴だったが、私と同じ異世界人故の行動ということだ。

 疲れたから背負えと命令したり、魔力源には興味がないと断言したり、十二層を探索する素振りすら見せない協調性の無さとか……。


 いや、異世界人とか関係なく普通に変なやつなんじゃないか、こいつ。日本でも社会不適合者の烙印が押されるだろ。


「しかし、なるほどな。やたらと私についてきたのは、同郷が故に信用していたからか」

「いや? お兄さんと一緒にいた方が面白そうだから」


 普通に変なやつだった。


「ね、これで僕のこと信用してくれたでしょ。それとも、僕の前世の名前と住所も知りたい?」

「言わなくて良い。別に、アオストが異世界人でもそうでなくても、殺人事件に関与していないことだけは信用しているからな。どちらにせよ、これでようやく腹を割って喋ることができるな。アオスト、知っていることを全部話せ」

「えー」


 いつのまにかベッドの上を陣取っていたアオストが、足をバタバタと動かす。何でこいつが座っていて、私が立っているんだろう。ここは私の部屋のはずだったが。

 彼女は少しだけ眉を顰めた後、ため息を漏らした。


「いやさ、どうせいつものように事件が起きるんだろうなって、最初からわかっていたのよ。だから、先手を打つために全員の持ち物を漁ってたんだけど」

「十一層に行った本当の理由はそれか」

「まあね。もともと、この調査隊が結成されたこと自体が随分と不可解だったの。だけど、怪しいものを持ち込んでいる人は誰もいなかった。というか、一番荷物が多いのがあの銀髪の教授で、他はほとんど手ぶらだったのよ。教授も、専門の魔道具っぽいものばかりで、調査に使うんだろうなってものだけだったたし」

「そもそも、何で事件が起きるって知っていたんだ? 前も、私がいるから事件が起きるって言ってたよな」


 時の魔術師カラン・ターマは未来視魔法を使ってこう言った。



『世界を巻き込む戦争が起こる。発端は、この調査隊だ』



 発端、ということからわかる通り、調査隊内でトラブルが起きることは予言済みだ。

 しかし、アオストが未来視魔法を使ったとは思えない。彼女だけが知っている情報が明らかにある。

 アオストは私の問いに対して、肩をすくめるだけだった。


「正直、僕みたいなこの世界に来てから長い人間にとって、お兄さんみたいな素人の異世界人は一瞬でわかるのさ。この世界に来たの最近でしょう」

「昨日来たばっかだ」

「おわ、思ったより最近。しかも、生身でこの世界に来たんだよね。はっきり言って、異例だよ。お兄さん、これは覚えておいて欲しいけど、世界の次元を超えた現象で偶然なんて絶対に無い。何か、原因になる要素があるんだよ」


 教授も言っていたな。魔王城付近に流れ着いたのは因果がある、と。

 

「異世界転移した......、というよりも異世界から引っ張ってこられたということなのかな。とにかく、純愛の魔王とかいう頭のおかしい魔王が結成した調査隊に、お兄さんみたいなもっとやばい存在がいたら何か起きるのは必然なの。だから、お兄さんをマークしていたんだけど、まさか首無し死体が見つかるとはね。流石にそこまでは想定していなかったよ」

「それじゃあ、アオストも謎の首なし死体事件を解決したいと思っているってことだな? 他の調査隊メンバーは、純愛の魔王に許してもらう方針になっているが」


 「勿論」と胸を張って彼女は答えた。全然威張れることではない。ただ、少しだけ私の心の中に安堵が広がって行ったのも事実だ。


 地球の事を知っている異人と会えて、緊張が緩んだのだろう。教授は親切ではあるが、所詮は異世界の人間。私もなんだかんだ言って、この世界に来てから気張っていたのだ。命の価値観が一致しているだけで、少しだけ嬉しかった。


 欲を言うなら、アオストのような変人ではなくまともな人間が良かったが、そういう奴は調査隊に来たりなんかしないだろう。


「そういえば、ヌルが言っていたな。アオストの故郷では殺人事件が起きたって」

「そうね。それも、僕の前世がらみの事件だったの。因果ってやつね。詳細は話したくないから言わないけど、その事件を解決したからこそ、僕はこの世界で足を延ばすことができた。今回はお兄さんの番なんじゃないかな。本当は、首なし死体に心当たりがあるんじゃないの? 前世で、首切り殺人鬼を追っていたとか」

「令和の日本でそこまでの猟奇的殺人が起きたことないだろ」


 「それもそうか」、と彼女は笑う。令和、という概念が通じる時点で、アオストが地球にいた時は私と大して変わらないのだろう。彼女が異世界転生したのが十数年前だとしたら、平成中期だと思っていたけれど。時間軸は、異世界と地球では同じではないらしい。


 まあ、どうでもいい。異世界の仕組みとか、転生と転移とか知ったことじゃないのだ。今は唯、命を粗末に扱うやつをぶっ飛ばさないといけない。探偵は大人しく、推理をするとしよう。


「よし、それじゃあ、現場に行くぞ」


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