表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/83

28.異世界転生1

【一日目 22:00】


 こんな状況でも、夕食を用意してくれたシルバは義理堅い。高級ホテルの一室として売り出せるほど豪勢な部屋に、色鮮やかに装飾された料理。パンとスープ、サラダにステーキと匂いだけで食欲がそそられたが、味も絶品だった。

 一つ難点があるとしたら、これが何の肉で、何の野菜で、何の液体なのかがわからなかったということだ。


 異世界の食文化に初めて触れたわけだが、地球とそこまで大差があるわけではなかった。教授が以前言っていたことだが、この世界にも地球人が転生することがあるらしい。地球の文化を、程よく反映してくれているようで助かった。


 食事を終えた私は、これまた豪勢なシャワー室で全身を洗った。手をかざすだけで空中に水球が浮かびあがり、体にぶつかる。これもまた魔法なのだろうが、使い勝手はあまりよくなかった。単純に慣れの問題かもしれない。全身を一瞬で乾かす謎の技術は、地球に導入してほしいと思った。


 調査隊としての次の集合時間は、翌日の朝十時ということになっている。状況を説明し、我々の潔白さを純愛の魔王に直接伝えに行くのだ。

 

 容疑者は何人かいるが、被害を被っている人間がいないことが重要だった。外部の謎の女性が一人見つかっているだけ。頭部の行方もわかっていない。



 我々も被害者である、魔王を裏切る勇者なんていないと、訴えかける。



 直接魔王と話したことのあるヌルも、特に問題ないと後押ししてくれた。残る問題は、シルバが許してくれるか、という点だったが、そこは彼と一番仲が良いロベルト教授が話をつけてくれることになった。訳のわからない殺人事件で調査が止まってしまっているので、再開したいと伝える予定らしい。一番やる気がある教授だからこそ言えることだ。


 と、まあ。以上が調査隊の今後の予定だ。


 私の予定ではない。


 申し訳ないが、私は調査隊のメンバーという自覚がない。調査するつもりはないし、地球に帰れさえすればいい。


 殺人鬼を捕まえた後に、だ。


 命を軽んじる罪人を、許すわけがないだろう。他のメンバーには申し訳ないが、私は殺人事件を追わせてもらう。帰還よりも、優先順位が高い。これは、信念の話だ。



 私は音を完全に消して、自室の扉を開けた。行く先は、勿論殺人現場である。全員が十一層にいる今こそ、現場を調べる絶好のチャンスだ。今こそ、探偵として培った技術をすべて発揮する時だ。


 その予定だった、のだが……。


「やっほー」


 なぜか、国連記者モニ・アオストが扉の外に立っていた。


「お前な、クラガンの話を聞いてなかったのか? 集合時間まで怪しい真似はするなって言ってたよな」

「はい、ブーメラン。お兄さんも、外に用があったんじゃないの?」

「ぐ」


 乱暴に彼女の手を取り、自室に引き込む。廊下で騒げばクラガンの部屋まで音が届いてしまうのは、理解している。彼女のような怪しい人物を室内に入れるのは気が引けたが仕方がない。私の気も知らずに、彼女は嬉しそうに「お邪魔しまーす」と言ってずかずかと奥に進んでいく。


「おい、何しに来た」

「いやだな、僕たちの仲じゃん」

「お前とそこまで仲良くなったつもりはない」

「あんなに全身をくっつけあったのに?」


 いやん、と自身の体を手で隠すアオスト。


「歩けないとか舐めたことを言っていたお前を、俺が背負ってやったんだ」

「そーだけどさぁ。つまないね、お兄さん。こんな美少女と部屋で二人きりなのに」

「お前は勘違いしているかもしれないが、俺は子持ちの既婚者だ。子供はすでに成人済みで、既にお前よりも年上だ。正直、生意気なガキとしか思ってないぞ」

「ええー、そうなの。結婚してたのかい。つまんないね」


 などと、軽口を交わすアオストを無視して、彼女の正面に立つ。確かに、彼女の見てくれは整っていて、学生の頃だったらドギマギしていたかもしれない。唯、既に私の愛情は妻に向けられているし、二回りも離れた子供に欲情するような異常性癖も持ち合わせていない。

 「それで、何の用だ」と、話を戻す。彼女のような嘘吐きが、意味もなく私のもとに来るとは思えない。明確な目的があって、すり寄ってきている。

 まあ、同じ容疑者としてここで結束を固めるのは悪くない提案ではある。何より、状況から考えて、彼女だけは殺人を犯していないと断言できるし。私にとっても、信用できるのはアオストだけだ。


 しかし、彼女の反応は思っていたものと違った。


「用があるのはお兄さんのほうでしょ」

「はあ?」

「だから、今からここを抜け出して殺人現場見に行くんでしょ? 僕もついていくよ」

「それは、そうだが。なぜわかった?」

「だって、お兄さん探偵なんでしょ?」


 アオストは不敵に笑った。そして、この世界の人間では到底話せないようなことを、当然のように口にした。


「探偵には、助手がつきものでしょ。僕のことはワトソンって呼んでいいよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ