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25.一旦、整理しよう3

【一日目 19:15】


「最初に部屋に入ったのは私です。教授はシルバさんとずっと話していましたし、クラガンさんはそれを後ろから見ていました。必然的に、私が先頭で調査を行うことになりました。勿論、助手だから当然なんですけど」


 ルピシエは顔色を悪くしながら、口を開く。ロベルト教授への嫌味も織り交ぜながら、事細かに。日頃から苦労しているのが伺える。


「時刻は十八時前後でした。最後に残された部屋に入るので、良い加減集中して欲しいと教授に文句を言ったのもを覚えています」

「ちょっと待ってよ」


 口を挟んだのはアオストだった。容疑者になってから一言も喋らなかった彼女だが、何も気落ちしていたわけではない。

 私の背後から顔を覗かせる形で周りの様子を伺っていた。私を信用しているというよりも、クラガンが攻撃してきた時に備えて盾扱いしてきているのだ。こいつも抜け目がない。


 そんな彼女は、至極真っ当な質問を投げかける。


「教授たちって、右回りで十二層を回っていたよね? 何で、右通りの一番手前の部屋を最後に行くのさ。行くなら最初でしょ」


 再三話していることだが、十二層は現在我々がいる大広間から左右の大通りが続いていて、十三層へ続く螺旋階段前で合流している。円を描くようにまわることで、十二層の調査を始めることができていた。アオストの指摘の通り、教授たちは殺人現場を一度スルーして十二層を一周し、再度訪れたことになる。

 アオストの問いに反応して、教授は高笑いをあげた。


「あっはっはっはっ。実はね、親切なシルバさんが魔力源のありかを教えてくれたんだよ。だから、最後に回ることにしたのだ」

「したのだ、じゃないですよ。この莫迦教授が駄々を捏ねたんです。『楽しみは最後に取っておきたい!』って。シルバさんは呆れて教えてくれたんです」

「おや、そうだったかな?」


 一言一句、本当に言ったことだろうな。想像するに容易い。教授は頭が良いが、頭が悪い。出会って一日しか経っていないが、その両面性は痛いほどわかる。

 しかし、嫌な偶然もあるものだ。教授の気まぐれで、死体の位置が直ぐに発覚した。容疑者を一気に三人に絞れるほどに。もう少し遅ければ、このような窮屈な展開は回避できたかもしれなかった。


「話を戻します。それで、私が最初に例の部屋に入りました。ですけど、最初に死体に気がついたのはシルバさんでした。匂い、なのかわかりませんけど。顔色を変えて走り出したシルさんについて行く形で、私たち三人も目視しました。いや、本当は見たく無かったですけど」


 口元を押さえながら、気分悪そうに呟く。額には汗が流れていて、薄青色の前髪が張り付いていた。画像として見ただけでも壮絶だったのだ。直接見ればトラウマになりかねない。


「頭部は、最初からありませんでした。だから、その、セーレ王女の言う、『誰が殺されたのか』は私たちもわからないんです。女性ということはわかるんですけど、見当もつかなくて……」


 うう、としゃがみ込むルピシエ。そんな彼女を見下ろしながら、「補足するが」とクラガンが付け加える。


「シルバさんに確認を取ったが、地下十一層より下にいるのは、我々調査隊九人と、シルバさん、魔王の計十一人だけだ。それは、空間の魔法使いである彼が保証してくれた」

「あらら。じゃあ、いよいよその死体は誰なのよ」

「ふん、やけに楽しそうだな、アオスト。まあ、良い。死体が何者か、というのは裏切り者を見つければわかる話だ。だから、誰が殺されたか、ということに固執する必要はない」



 誰が殺されたかより、誰が殺したか。確かに、後者が分かれば必然的に全てが明らかになる。


 合理的ではあるが、それはいかがなものか。事件が迷宮入りする時は、些細な妥協が原因だったりする。


 そう思った私だが、特に口にはしなかった。クラガンはクラガンのやり方で進めていけばいい。私は私のやり方で行くだけだ。



 密室空間の殺人はパターンが幾つか決まっている。中でも外部の人間が犯人という展開は一周まわって使い古されてはいる。警察や探偵の誰もが、その密室の完璧性や外部犯の可能性を考慮するところから始める。

 しかし、今回は全くもっておかしな話だ。事実として様々な事件のレポートに目を通してきたが、外部の人間が死体というパターンは見たことがない。動機も、手段も意味がわからないし、意味がないからだ。


 十中八九、魔法が関わっている。私の常識を破壊する出来事が起きているのだ。何でもありの魔法を考慮しながら推理を進めることができるのだろうか。

 私は手札を増やすために、思った疑問をぶつけた。


「死体を移動させた、ということはないんですか? 殺人現場は別で、運んだとか。殺人事件というよりも、死体遺棄事件と捉えられませんか」

「それはありえません」


 しゃがんだまま、ルピシエが顔を上げる。


「女性の死体は、あの場所で殺されています。死体が移動された可能性はありますが、血痕や魔力痕はその場所に残るものです。地面や壁に付着した血液の流れや角度から判断すると、あの部屋で首を一刀両断されたのは明白です。そして、私たちが見つけたのは殺害直後でした」

「そこまで断言できるんです?」

「断言できます。時間的に、私たちが部屋に入ったのは数分後です。クローバーさんと入れ違いで、殺人が行われた直後に我々が入ったと考えられます。もちろん、クローバーさんの証言が正確であることが前提ですが」

「やけに決めつけますね。ルピシエさんの魔法ですか?」


 「い、いいえ、その…」ルピシエは言葉に詰まり、再び顔を伏せる。彼女の表情からは、突如として色が失われ、緊張と不安が隠しきれない状態になっていた。彼女の動揺は、まるで過去の何かが蘇ったかのようだった。


 まずい、明らかに彼女の地雷を踏みぬいてしまった。彼女が初めから少し落ち着かない様子を見せていたことから、今の発言は余計だったかもしれないな。魔法はパーソナルな部分なのかも。


 「すみません、ルピシエさん。無神経な質問をしてしまいました」と私は適当に謝罪した。合わせる形で教授がその場に割って入り、事態を収めようとしてくれた。


「あっはっはっは。ルピシエくんはね、過去に民間医療隊に属していたことがあってね。人が亡くなる瞬間をたくさん見てきた。その道のプロと言ってもいい。彼女の証言は確かなものだと、このロベルトが保証するよ」


 「少し、思い出してしまっただけです」と、ルピシエは教授のもとに駆け寄る。俗にいう訳ありというやつだ。私はそれ以上踏み込むことはできず、再び口を閉じた。


 そこからは、他の人間のアリバイの確認を行っていた。


 教授たち四人が殺人現場にいたころ、王女たちは右通りから十一層に向かっていたらしい。彼女たちは十二層を右通りから進んで一周したのちに、一つだけ確認できていない場所に向かおうとした。十三層へと続く、螺旋階段だ。


 螺旋階段を見るだけで、純愛の魔王に会うところまではいくつもりはなかったと言っていたが、真意は確かではない。


 彼女たちの目的は、確実に純愛の魔王との対話だ。あわよくば、魔王と会いにいこうとしていたに違いない。


 しかし、螺旋階段に辿り着く前に、例の地震が起きた。広場に戻ろうとしたタイミングで、殺人現場から外にでてきた教授たちと合流したようだった。


「ふん、何もおかしな点はないな」

「ええ。勿論、螺旋階段に近づこうとしたことは、シルバさんに謝罪させていただきますけど」

「どうせ魔王も望んでいることだ。勝手にしろ。ふん、それじゃあ、ようやく本命に話を聞こうじゃないか」


 楽しそうにクラガンは笑う。本命のうちの一人である私にとっては、かなり胃が痛い話だった。


「クローバー、アオスト、ファイス。お前らのアリバイはここまで無いわけだ。誰から話したい?」

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