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24.一旦、整理しよう2

【一日目 19:00】


「ええと。それでは国連調査員ビナ・サチラから現場の状況を説明させていただく。まずは、こちらを見てほしい」


 クラガンによって状況説明が行われると思ったが、想像以上に彼は冷静だった。現場の状況を『調査』した調査員のビナに話を振り、彼の話を聞くこととなった。他人に説明させることによって、自身の考えの整理も行いたいとのことだった。

 ビナはゆっくりと手を動かし、人差し指と親指を直角にして、その形を両手で作り出す。両手を合わせると、ぴったりと長方形ができあがった。淡い光が辺に灯ったかと思うと、半透明のディスプレイのようなものが浮かび上がった。


 転写魔法というらしい。視覚に捉えたものを、いつでも情報として取り出すことができる魔法。国連調査員である彼は、転写魔法の自由行使権を持っている、とのことだ。20インチ程度の大きさのそれは、空中で静止した。調査隊メンバー全員の視線が集中する。


 映し出されたのは、見慣れた景色だった。我々がいる十二層、その一室。流石にどの部屋かまではわからない。私はすべての部屋を見て回ったわけではないので、確かなことは何も言えない。


 注目すべきはその中心にあるものだ。


 人が一人、倒れていた。生まれたままの姿で、両手を力なく広げている。隠れることのない豊満な胸から、その人間が女性であることがわかる。

 そして、赤黒い切断面。首から上は虚無に覆われていた。肉肉しい赤と、際立つ脊髄と思わしき白。人間として最も重要な要素である顔が、その女にはなかった。


「凶器はこちらの刃物だと思われる。死体の横に、血まみれで置かれていた」


 ビナが再び手の形を作ると、別の画像が映し出された。先程と似た土の地面の上に、黒く光る貴金属があった。刃の部分にはビナの言う通り血がべっとりと付着していて、犯行に使われたものでまず間違いないだろう。

 

「そして、この凶器の刃物こそが、我々調査隊の目的である『強大な魔力源』だった。シルバさんにも確認は取れている」

「ということは、犯行が行われた場所は右大通りの一番手前の部屋ということか?」

「ん、ああ。そうだけど」


 ビナの返答に合わせる形で、クラガンが「待て」と割って入ってきた。


「トール・クローバー。貴様、なぜ犯行現場を知っている」

「その『強大な魔力源』であるサバイバルナイフを、少し前に見つけていたので。同じ場所なのか、気になっただけです」

「ほう。それは、面白いな」


 何がだ。面白いことなんて何一つない。

 それとも、今のは失言だったか?

 クラガンはニヤリと口角を上げ、腕を組み替えた。相変わらず偉そうな態度だったが、この場は彼が取り仕切っている。私は邪魔をする予定もない。

 彼のような厳格な存在がいなければ、調査隊はもっと混乱していたはずだ。本来ならば私がやりたいところだが、異世界という不安定な環境で名乗り出るわけにもいかない。


 ビナの説明は終わったようで、話の主導権は再びクラガンに戻った。



「説明に感謝する。それで、だ。一旦、情報を整理する。何か文句のある人間がいたら都度割り込んでもらっても構わない」



 優秀なやつではあるんだろうな、とクラガンを見ながら思う。彼が魔法学院警備隊を代表して調査隊に参加したことも理解できる。厳格で厳しいが、それでいて柔軟に話を聞く。

 我々三人が容疑者だと決めつけはしたが、下した命令は「その場から動くな。怪しい動きをするな」、だけだ。何も、殺人鬼だと決めつけたわけではない。


 ここにいる調査隊メンバーを平等に疑っている。自身の認知バイアスがかからないように他人に説明させ、あくまで取りまとめとして話を回す。

 こういうやつと仕事をしたら、さぞ気持ちいいだろう。第一印象から好感度は上がる一方だった。


「まず、トール・クローバー。貴様が例の部屋に入った時間を教えてもらおうか」

「具体的な時間は覚えていませんが、十七時前後だったと思います」

「その時は、謎の首無し死体は無かった。間違いないな?」

「はい。死体どころか、血は一滴たりともありませんでした。何もない部屋に、凶器のナイフが地面に突き刺さっていただけです」



 クラガンは優秀で、彼に従うべきだ。それは認めているし、理解している。

 だけれど、少し居心地が悪い。何というか、クラガンが羨ましい。

 人命が失われた最悪な状況であることは十分理解している。だが、クラガンの立場に立つべきは探偵である私だろう。まさか、殺人事件が起きたのに黒羽徹が容疑者Aになり下がるなんて。

 私こそが、殺人鬼を断罪する存在だ。命を守る存在なのだ。こんな訳のわからない異世界でなければ、と心の中で叫ぶ。

 そんな私の心情を全く知らないクラガンは唐突に意味深なことを口にした。


「クローバー。ナイフに触ったか?」

「いや、触ってないですけど」

「ふん、そうか。それならいい」


 ……。

 なるほど。

 わかった。わかったよ。切り替えよう。ここは異世界で、私は無知の異人だ。こんな状況で仕切り役になることなんて到底できない。

 今すべきことは現状の理解と、常識の更新だ。例えば、『サバイバルナイフに触ったかどうか』という情報。これは、指紋的な意味合いでクラガンは聞いたわけではないだろう。


 魔力源のサバイバルナイフを、私は触ることができなかった。静電気のような刹那的な痛みが指に流れ、撤退を余儀なくされた。勿論、痛みを覚悟で無理やり握りしめることはできるだろうが、そこは重要ではない。


 凶器として利用したサバイバルナイフを、触る方法が限られているということ。そして、触れる人間こそが犯人であるだろうこと。


 クラガンは鎌をかけてきたのだ。ここで私がうっかり触ったなんて事を言ったら、一瞬で犯人として祭り上げられるだろう。


 彼はこの世界の住人で、異世界の殺人に慣れているように見える。クラガンの進行に従うのが吉だ。彼ならば、必要な情報を周りから引き出してくれるに違いない。不甲斐ないが、クラガンに便乗させてもらう。


 彼は少しだけ考えた後、首を振る。一歩後ろに引き、再度調査隊メンバーを見渡した。


「クローバーが十七時前後に部屋からでた後の話だ。次に例の部屋に入ったのは俺とオーケア教授、ルピシエ助手にシルバさんの四人だ。最初に死体を見つけたのはルピシエ助手だが、その時の状況を話してもらえるか?」

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