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01.漂流1

「これは流石に死んだかなぁ」


 ぼんやりとした痛みが全身を覆っていた。頭を打ったのか、視界がぼやけてほとんど見えない。深夜だというのに、随分と明るい光が頭上を照らしている。


 いや、しかし。これは参ったな。数メートルの高さからの落下に耐え切れたことは奇跡としか言いようがないが、ここからどうやって生き残ればいいのだろう。この時間に登山客がくるとも思えない。そもそも、ここの山道は立ち入り禁止だから日中でもありえない話だ。助けを期待するのは絶望的だった。


 携帯は落下の衝撃で落とした。夜の山道を電話をしながら走り続けるのは、登山を舐めていたとしか思えないと、今更ながら思う。とはいえ、ながら走りをしていなかったとしても、草木に隠れた崖に気が付けたかはわからない。

 後悔しても遅いが、後悔する以外にやることがない。

 

 妻との最後の会話が、事務的なものだった。気の利いた、日頃のお礼でも言えばよかった。

 息子の進学祝いは、一言褒めただけだった。高い寿司でも連れていけば良かった。

 新しい仕事の依頼を、今朝受けたばかりだった。先にそちらを片付けておくべきだった。


 しかし、どれだけ後悔しても。それは見せかけの感情でしかなかった。私の本心は、最初から一人の少女しか見つめていなかった。


 望月茜。


 私が生み出した、殺人鬼。

 彼女が人を殺した罪は、私が背負わなければならない。私が償わなければならない。私が精算しなければならない。

 私が捕まえなければならなかった。


「とはいえ、後の祭りだな」


 後悔なんてくだらない。らしくもないことを、人生最後の瞬間にやるものじゃない。私は私らしく、気楽に生きてきたじゃないか。

 それに、まだ死んだとは限らない。こうして、長時間思考できている時点で、意外と軽症なのかもしれない。

 何、崖から落ちても生きているのだ。持ち前の幸運は力を失っていない。

 薄く瞳を上げると、眼前には太陽が光り輝いている。美しい朝の光が、木々の間から漏れている。ほら、太陽も応援してくれているじゃないか。死を受け入れるのはまだ早い……、あれ?


「太陽?」


 太陽が空にあった。それ自体は何おかしなことはない自然現象だ。太陽は昇るし、沈む。

 問題なのは、その太陽が現在進行形で沈んでいるということだった。昇っているわけではない。

 目線だけを動かし、ぴくりとも動かない左手についている時計を見る。時刻は二十三時三十一分。深夜だ。やはり、私が気絶していたわけではない。

 それなのに、周囲は明るい。太陽の位置からして、時刻は十五時を過ぎた辺りに見える。


 再度時計を見る。二十三時三十二分。正確に秒針が動き、落下の衝撃で時計が止まった可能性を完全に否定した。

 何かがおかしい。明らかに、普通じゃない。脳に異常があって、幻覚を見ているのか。それとも、既に私は死んでいるのか。 

 ここは、既に天国なのかもしれない。


 だって、ほら。

 目の前にいるじゃないか。


 銀の長髪に、全身を白で統一した清楚な服装。人間味のない色素の薄い肌。中性的で美しい顔。光り輝く黄金の瞳。

 紛れもない、天使だった。


「これはこれは。はっはっはっ」


 と、天使は私を見下ろして笑う。男性とも女性ともとれる高い声だ。やけに演技じみた抑揚のある笑い方で、気味が悪かった。


「このロベルトにも、運が回ってきたということだな! ここまで立派な呪異物は、世界のどこに行っても見つかったことはないだろう。はっはっはっ。人の頼み事は受けるべきだな、全く!」


 一歩、また一歩と近づいてくる。それはまるで、私の人生のカウントダウンのようだった。天使は訳のわからない独り言をペラペラと大声で喋り、踊るように私の目前まで来た。

 そして、目があった。宝石のように輝く金眼が、私を穴が開くほどじっくりと見る。


「ん?」

「幻覚にこんなことを言うのもあれだが、助けてくれませんか。救急車を呼んで欲しい」

「ん、んんん? おお?」


 言葉が通じなかったのか、天使は口を押さえて大きく仰け反った。それとも、単に私の話を聞いていないだけなのか。救急車を呼んでくれそうにはなかった。


「生きてる、生きてるぞ!」

「あの、お願いします」

「これは、すごいぞ! 今まだかつて、生きた呪異物を見つけた人はいただろうか? いや、いない。このロベルトこそが、世界で初めてに決まっている!」


 再度歌うように言葉を紡ぐ。私の周囲をぐるぐる周り、口を歪めて踊り出す。完全に、相手にされていない。私のことを注視しているのにもかかわらず、私自身を見ていない。まるで、モルモットを扱う研究者のような好奇な瞳だった。

 こんなものが天使なわけがない。厄介な狂人に絡まれてしまった。こんなことになるくらいなら夜闇に飲まれて死んだ方がましだったかもしれない。


 と、私が悲観的に陥りそうになった時、ついに天使は声をかけてきた。手を差し伸べ、立つように促す。既に先ほどまでの物を見る目線ではなく、人間に対する暖かなものを感じ取れた。


「ようこそ。異世界の人間よ。私こそが、魔法学院第七教授、ロベルト・オーケアだ。安心したまえ。君は、たった今、私によって保護された」

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