16.余震1
【一日目 16:00】
『純愛の魔王』城地下十二層。
シルバの言っていた通り、十一層のような豪勢さは欠片もない。十二層は土が剥き出しの鉱山トンネルのような見た目だった。空間魔法とやらで空間の塗り替えができなかったと彼は言っていたが、それにしては整備されている。
シルバはもう何も言わなかった。彼は十二層に着くなり立ち止まり、お辞儀をするだけだ。ここから先は自由にしてくれ、ということだろう。
一番最初に魔力源に辿り着き、異世界に帰る。ロベルト教授の言うことは最もだ。一人行動を彼から許可してくれたのもありがたい。これ以上他の人といると、ボロが出かねない。
とはいえ、私が一人でできることも限られている。そもそも、魔力源が何なのか、私には見当もついていないのだ。概念物質とやらの源って。湧水のように溢れ出ているのだろうか。
仮に見つけたとして。地球への帰還ゲートをどうやって作り出すのか。念じれば、姿が変わるのか?
どちらにせよ、手がかりが必要だ。わからないことがあれば、ロベルト教授に聞けばいい。そう考えると、私が一人行動したところで、教授の元に戻ることは確定している。教授にとっても、都合がいい言い訳だ。本当に、頭の回る奴だ。
「さて」
例の如く、マッピングから始めるか。私は壁に左手をつけながら、歩き始めた。
直径三メートルほどのトンネルは滑らかで、手を滑らしたとしても怪我をしそうにない。照明の役割をした明るい球体が等間隔に浮かんでいるので、方向を見失うこともない。
十一層へと続く階段から伸びたトンネルは、二つの大きな道が枝分かれをして所々で合流している。加えて、シルバが作ったのだろうか、木製の扉が壁側に配置されている。空間魔法が使えないからか、十二層とは違って少しやすっぽい。
私は階段から見て左の大通りに進み、そのまま一周するつもりだ。時折、右の大通りの合流道から人が見える。あれは、ロベルト教授、ルピシエ助手、警備隊長クラガン、シルバか。どうやら、教授がシルバに質問責めをしていて、他二人がついてきているようだ。
そのまま左の大通りを進む。照明と同じように、等間隔で扉が並んでいる。一つ扉を開けて中を確認してみるが、先はやや細い道となっていて、うねうねと蛇行している。
この様子だと、中に誰かいたとしても、扉を開けるだけじゃ判断つかないな。
横道には寄り道せずに突き進むと、再度右の大通りと繋がった。十一層に繋がる入り口が真南だとしたら、ここが真北になる。
今までと違うのは、そこから先に続くのが螺旋階段だったことだ。この階段を降りれば、『純愛の魔王』がいる十三層に繋がるのだろう。扉などは特になく、降りようと思えばすぐに行けそうだ。無論、怖いから近づかないが。
チラリと時計を見ると、一時間ほど経過していた。
右の大通りも同じようなら、十二層を一周するのに二時間かかることになる。更に横に伸びる小部屋が左通りだけで八つあった。右の通りも同じならば、一部屋二分で回っても三十二分。約二時間半で、十二層全てを見て回れるということか。
シルバの言い方的に、魔力源は小部屋のどこかにあることになる。こんなもの、一瞬にして見つかってしまいそうだけれど。いや、見つかるに越したことはないのだけれど。
まあ、今回の目的は『調査』だ。『発見』ではない。シルバの発言からして、彼と純愛の魔王は魔力源を既に目視しているのかもしれない。
見た上で、調査を依頼した。我々をそこまで案内しなかったのは、フラットに調査してほしいからか? 十二層全体で空間魔法が使えないとなると、魔力源が一つとも限らないのかもしれない。
と、いうところで、右の通りから人影が見えた。時間的に考えると、私も同様に小部屋に入らず、最速で右回りしてきたということになる。
「あら」
彼女が一歩前に出るだけで、王室に訪れたのかと錯覚するほどの高貴さだった。金髪に輝く青いドレスは土で構成されたトンネルの背景が見えなくなるほど美しい。思わず、口を開けて立ち止まってしまった。
「ええと、確か……、オーケア教授の助手の方の一人よね」
「セーレ様。トール・クローバーさんです」
ダルフ国第一王女セーレ・ミルター。メイドのユアに加えて、調査員のビナの三人が共に行動しているようだった。ビナとセットであるはずのアオスト記者の姿はない。
彼女はユアの言葉に、嬉しそうに手を叩いた。
「ああ、そう! トールさんね」
この狭い十二層で誰にも会わないのは不可能だけれど、一番会いたくない人間にあってしまった。しかも、ロベルト教授のフォローが期待できない状況で、だ。
異世界どころか、地球でも王女に会った時の礼節を学んだことなんてない。膝をつけば良いんだっけ?
「気にしないでください。シルバさんも言っていましたが、この調査隊では皆が平等。今は王女の肩書きはありません。ただのセーレとして立っています」
「はあ、そうなんですか。それじゃあ、セーレさんと気軽に呼ばせていただきますよ」
「是非、そうしてください」
と、嬉しそうに微笑むセーレと不機嫌そうに私を睨むユア。まあ、部下からしたら、直属の上司が軽く見られたら面白くはないか。
私は話題を振ることで、彼女たちの注意を逸らすことにした。
「どうですか。魔力源は見つかりましたか?」
「いいえ。まずは全体像を把握した方がいいと、ユアが助言をしてくださったの。左側も回ったら、小部屋に入って調査するつもり。ビナさんにもお手伝い頂いているので、調査隊に少しでも貢献できると思うわ」
「ははあ。それは頼もしい限りですね」
「トールさんは、どうかしら?」
「いやあ。私の方は特に期待できませんね。飽くまでロベルト教授のお手伝いとして来ただけなので」
「そうかしら? とてもいい目をしていると思うけれど」
そう言って、彼女は輝かしい瞳を私の方にじいと見つめてくる。そこに含みは一切なく、純粋だった。
やり辛い。まだ嘘吐きを相手にした方が楽だ。こういう清廉潔白なものを相手取ると、自分が惨めになってくる。小手先やその場しのぎで生活をしてきた私みたいな人間には縁がない人種だ。
嘘を見抜く自信があるが故に、嘘をつかない人間に対して私は無力だ。
「ま、何かありましたら、協力いたします。まだ調査は始まったばかりなので」
そう言って、逃げるように右通りを突き進んでいく。軽く振り向くと、セーレが笑顔で手を振っていた。
いずれ彼女と交渉するであろうシルバと純愛の魔王に、少し同情した。




