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14.ぐるぐる回る3

【一日目 14:30】



 少し前から足が悲鳴を上げているが、螺旋階段はまだまだ続きそうだった。強化魔法とやらで筋肉の補強をしている連中に合わせるのは一苦労だった。

 しかも、なぜか魔法を使えない私が、他の人よりも重荷を背負っていた。ただ重いだけならまだしも、精神への負担もある爆弾だ。


 国連記者アオストは、私の肩に顎を乗せ、一番耳に近い距離でぺちゃくちゃと喋り続けていた。最初は相槌を打っていた私だったが、閉じる気配のない口に飽き飽きしていた。

 何よりも苛立たせてくれたのは、国連調査員のビナだ。彼は私達と数段分の距離を置いていた。私に助け舟を出すどころか、私の声すら聞く気がない。

 

 この女はお前の組織の人間だろうが。同僚として、ビナが管理しろよ。こっちは、強化魔法を使わずに背負っているんだぞ。

 心の声を叫べれば良かったが、そうは行かない。地球に帰るためには、注目を浴びないことが第一だ。言い争いなど論外である。


 既に、彼女を背負ってから一時間は経過している。彼女の口は未だに閉じることを知らない。肉体的にも精神的にも疲れて適当な返答をした私に、アオストはぶうぶうと文句を言う。


「お兄さん、何だったら教えてくれるのさ。僕はまだ名前しか聞けてないよう」

「話したくないから話してないんだ」

「僕と仲良くなったら良いことあるよ」

「なんだよ」

「こんなにも可愛い女の子が隣についてくること以上に良いことなんてある?」

 

 訂正しよう。騒ぎが起きたっていい。

 今からこの女を殴る。


 物理的に黙らせるしかない。幸い、私は令和の時代に適応した男女平等主義者だ。性別関係なく、利用できるやつは利用し、力が必要ならば振るう。暴力は相手を選ばない。

 私は両手を大きく開き、肩に掴んでいた彼女を叩き落とす。「うぎゃ」と間抜けな音と共に、アオストは段差に腰を打つ。


「い、いったぁ! ちょ、嘘嘘。冗談じゃん」

「アオスト。お前が近づいてきたんだ。嫌なら、今すぐ自分で歩け」

「まだ疲れてるから無理よ。太ももぱんぱんなんだって。じゃ、じゃあ、本当に良いこと教えてあげる」



 彼女は少し怯えたように震え、私の体にしがみ付く。三度目の深いため息。私は腰を落とし、再び彼女を背負う。一体何をしているんだろうと、我ながら思う。


 彼女は振り落とされないようにか、先ほどよりも体を強く背中に密着させてきた。貧相な体に欲情することはないが、心臓の音が伝わってくる。


 そこで、気がつく。彼女の異常なほど落ち着いた鼓動を。何なら階段を降りている私の方が乱れている。

 とてもじゃないが、たった今一メートル近く落下して腰を打ち、男に暴力を振るわれそうになった直後の少女の鼓動ではない。


 なるほど。やはり、こいつも唯の少女ではない、ということか。おかしいとは思っていた。大物らしいロベルト教授やセーレ王女のいる調査隊に、体力のない唯の少女が混じっているわけがない。


 わざと怯えたふりをして、声を震わせている。もしかしたら、私の警戒心を緩めるために?


 「良いことって、何だよ」と私は適当に喋る。逆に、私の鼓動が早まっていることがバレていないか、不安に思う。


 彼女は一瞬で笑顔に戻り、小さな声で耳元に囁く。


「とても良いことだよ。後ろの国連調査員いるじゃん?」

「ビナ・サチラがどうした?」

「あの男、めちゃくちゃ嘘つきだよ。何か隠している」



 お前が言うか、と突っ込まなかった私を褒めて欲しい。チラチラ後ろをみながら、アオストは続ける。


「集合時間にも遅れてきたし、なぜか私と喋る時はよそよそしいし。特に、地下に入ってから明らかに様子がおかしいのよ」

「お前の同僚だろうが」

「国連と言っても広いから、元々の知り合いじゃないの。初対面も一昨日くらい。素性とかはよく知らないけれど、ここに呼ばれるくらいなんだから優秀な調査員であることは確かね」

「それを私に言って、アオスト。お前は何がしたいんだ?」


 仲間を売るような発言。とてもじゃないが、怪しいのはモニ・アオストの方だ。演技までして、私に取り入ろうとして。意味がわからない。


「お兄さんだけは、信用できるからね。少しでも、貸しを作っておきたいのよ」

「背負った私の方が、既に何倍も貸しがあるとは思わないのか?」

「良いじゃん。こんな美少女と密着できることなんてそうそうないわよ。今回は無料だけど、次回からはお金取るからね」


 彼女はそう言って、自ら背中から飛び降りた。今度は、腰を打つことなく着地できていた。彼女の体力が回復したのかと思ったが、違うらしい。


 螺旋が終わりを迎えていた。どうやら、ようやく到着らしい。アオストは私を抜かして、出口へと走り出した。


「ありがとねー」

 

 ウインクをして、出口の扉を潜り抜ける。そこには太ももを痛めている様子は全くない。疲れて歩けないということすら嘘だったのかもしれない。

 となると、私もこそこそ喋るために、わざと疲れたふりをしたのか? 


 尚更意味がわからないと、呆気に取られている私の隣にビナが立った。


「ありがとうな」

「いや、別に」



 アオストには敬語なのに、私にはタメ語らしい。ビナは少しだけ申し訳なさそうな顔をした後、「何を言われたかは聞こえなかったが」と付け加える。



「モニ・アオスト。あいつとは関わらない方がいいぞ。碌なことにならない。おっさんは良い人そうだから忠告しておいてやるよ」



 そのモニ・アオストから同じ話をされたばかりなんだけどな。あいつは怪しいとか、碌なことがないとか。負の矢印がぐるぐると回っている様は見ていて良い気分はしない。両者とも関わりたくない。


 唯、ぐるぐると続いていた螺旋階段は終わったのだ。自らの足に感謝である。


 四度目のため息は、地下の調査に残しておくことにした。


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