12.ぐるぐる回る1
【一日目 13:30】
私が異世界転移した事実を握っているうえに、あらゆる未来を見ることができる『時の魔術師』カラン・ターマ。
調査を行う前から悩みの種だった彼が調査隊から消えたことを、両手をあげて喜ぶことはできなかった。
寧ろ、その逆だ。いっそ、彼が居た方がマシだった。未来を見える彼が大怪我を負ってリタイアするような場所に、我々は向かっているのだ。純粋に怖い。
何より、「地下は戸締りされているから行っても意味がない」と私に教えてくれたのはカラン本人だ。何をしに地下に向かい、そしてなぜ地上に戻ってきた?
調査隊から外れたというのに、まだ私の足を引っ張るつもりらしい。ここから先に何か良からぬことが待ち受けていることは確定事項だった。時の魔術師が占うまでもなく、わかりきっている。
不安は募るばかりだ。螺旋階段をこうして一段ずつ降りるたびに、緊張感が高まる。先の見えないのは私の行く末だけではなく、実際の目的地でもあった。
時の魔術師カラン・ターマの予期せぬ登場に気を取られてしまったが、調査隊の顔合わせは終了した。カランは調査隊から抜けたが、彼を支えていた少年、ヌル・ファイスは予定通り参加した。
怪我を負った護衛対象を放置する意味がわからない。
何を考えているのかわからないが、銀面を外した今、笑みをこぼす表情は見ることができる。カランの指示なのか、独断行動かはわからない。
カランが外れ、イレギュラーの私が加わった。これにより、調査隊の人数は予定通り九人となる。シルバを加えた十人は、魔王城を天から地の底まで貫く螺旋階段を降りていた。
既に五百歩ほど降りたような気がする。階段の幅が約二十センチほどなので、既に百メートルは降った。先の見えない螺旋階段はいつ終わるかがわからないので、気持ちが落ち着かなかった。
先頭のシルバは、時折後ろを見てくれるものの、ずんずんと進んでいく。彼の隣には銀面の男、ヌル・ファイス。といっても既に仮面はつけていない。
続いて、警備隊長のクルガン、王女セーレとユア、ロベルト教授とルピシエ助手、そしてようやく私という順番だった。
注目すべきは王女セーレだ。鍛えているのか嫌な顔一つせず淡々と階段を降りている。降りとはいえ、既に東京タワーを超える段数になっている。正直、これ以上続くようなら私ですらきついのだけれど、皆平然とした表情だ。
それに比べて、こいつは無様そのものだった。
「も、もう無理」
泣き言を言いながら、崩れ落ちる少女。美しい黒髪は汗で額に張り付き、彼女から清楚属性を消していた。体育の授業終わりの女子高生と言われれば、青春を感じる図だ。
実際は、長い階段に疲れて倒れ込んでいるだけだが。
国際連合記者モニ・アオスト。彼女は見た目通り貧弱そうで、筋力は愚か体力もないらしい。
「ビナ、おぶって」
彼女は後方で足を止めていた茶髪の男、国際連合調査員ビナ・サチラに向けて両手を差し出す。まるで父親に迫る子供のようだったが、それにしてはアオストは大人びていて、ビナは青年だ。
アオストは随分と若いように見えるが、ビナは二十代後半と言ったところか。彼は深いため息をついた後、「なんで……、なんでですか」と何故か敬語で返した。
「疲れたから。ほら、みんなに迷惑かかちゃうし」
「強化魔法くらい使ってくださいよ」
彼らには上下関係が存在し、しかも年下のアオスト記者の方が偉そうだ。役職の差だろうか。体感、記者より調査員の方が立場が上に感じるが、そこは異世界ということか。
彼女達はその後も言い合いをし(アオストが一方的に文句を言っているだけ)、動く気配がない。シルバはまだ気がついていないようで、私を境に列に間が空いてしまった。
螺旋階段を降りるだけなので、道に迷う心配はない。ただ、かなり不機嫌そうなシルバの機嫌を損なわせたくないと思った。
チラリとだけ後ろを見て、知らんぷりを決め込もうとした私だったが、目が合ってしまった。黒く深い闇のような瞳が、じっとりと私を見ている。
「クローバーさん、だっけ」
「そうだけど、何かな」
「背負ってよ」