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00.過去の話

「未来視魔法と言ってね」


 時の魔術師カラン・ターマは私の目をじっとりと見て、そんなことを話し始めた。低く小さいにも関わらず、耳を通して脳へ響く声だった。


「対象の人物の行く先、口にした言葉、浮かべる表情。その全てを俯瞰して見ることができる」


 対して、私はカランを見ていなかった。興味もなかった。天井をぼうと見て、話を聞き流そうとさえ思っていた。それなのに、カランは私に向けて言葉を投げ続けていた。対話ではなく、独り言のように空間に言葉が漂う。いっそ、彼の口を閉じてしまおうかとさえ思ったが、私の立場上目立つ行動はできない。


「人物に対してだけでもない。地殻変動、火山噴火、津波、あらゆる自然災害は起こるべくして起こるものだ。そういう、積み重ねで起こる確定した未来はより鮮明に映る」


 無反応にも屈することなく、カランの未来視魔法の説明は続いていく。仕方がないので、少し考えてみることにした。彼のような存在が日本にもいたらという、ありもしないような仮定を。

 未来を見ることができるとしたら、世界は大きく変る。気象予報士は、すぐに職をなくすだろう。戦略コンサルタントは自信を失う。宝くじや競馬などの期待値に依存する事業は姿を消すだろう。


 そして、私のような探偵はどうなるだろうか。

 あらゆる犯罪を未然に防ぐことができたら、殺人鬼を捜索する機会を失うだろう。浮気調査は相談に来た時点で解決し、迷い猫など迷う前に魔術師の手の中にいる。


 名探偵が事件を解決するその瞬間を未来視すれば、それで全てが終わる。物語が始まる前に、物語が終わる。表紙の次が、裏表紙になる。物語は一枚の薄っぺらいイラストとして完結する。

 探偵ごっこと揶揄される以前の話だった。


「この魔法をどう使えば良いのか、私は深く悩んだ。世界を救うことができる能力だ。駆け回ることで、未然に防げる死がある。事実、私はいくつもの戦争を始まる前に止めた。当事者達からしたら、自身が大量殺人を犯す可能性があったことすら認知していない。しかし、逆に言えば、未来視とは世界を滅ぼすこともできる能力だ」


 自らの能力の巨大さを、彼は語る。


「魔王に負ける未来が見えていたのにも関わらず、それを伝えずに勇者一行の旅路を見送ったことがある。戦争が起きると知っていながら、革命を無視したことがある。傍観をするだけで、人を殺してしまう。未来視を使うだけで、誰かが不幸になるとも言える。そして、私だけがその事実を認知してしまっていることが良くない」


 例えば、一年後に大地が海に沈む未来が見えたと、時の魔術師が言ったとする。彼がそう口にしただけで、全世界が対処に明け暮れるだろう。より高地を求めて、戦争が始まる。造船技術が急激に発達するかもしれない。歴史が大きく動くことになる。


 問題は、そのような事態は、彼が未来視を使っていなくても同等のことが起きるということだ。彼が嘘をついていたとしても、誰も気が付かない。

 重要なのは、その未来が見えたことでなく、時の魔術師がそう言った、ということである。


 もはや、恐るべきなのは未来視の魔法ではなく、時の魔術師そのものだった。彼が口にすることは、全てが予言になる。彼自身が未来を作り上げているといってもいい。


 占い師の枠を超えている。故に、時の魔術師。



「それで、何が言いたいんですか」



 痺れを切らして、私は問いかけた。カラン・ターマの話は退屈極まりなく、一刻も早く席を立ちたい。お前の能力のすごさは理解したから、早く本題に入ってくれ。

 彼はそんな私の様子を見てクスリと笑った後、「例外がある」と、なにやら気になることを口にし始めた。



「そんな私でも、明確に未来が見えない相手がいる。言わば、変数。その存在が関与するだけで、乗算的に不確定要素が増していく。一人いるだけで未来が何種類も変わり、二人いれば未来は見えない。三人いれば、その地域全体の行く末は闇に覆われる」



 彼はそのまま、変数に該当する人間について話し始めた。

 初めに会ったのは一人の少女だったらしい。個人単体の未来が見えないことは珍しく、何度も話を伺った。次第に、彼女の未来だけでなく、彼女が関与する人々の未来もぶれ始めた。彼女を起点に、未来視の結果が崩壊し始めたのだ。


 二人目は魔法学院の副院長だった。カランの元に興味本位で訪れたというその男は、あらゆる情報が不可解で、まるで人間を超えた上位存在のような風格を持っていた。


 その男は、自分は異世界の住人であると言った。この魔法が支配する世界とは別の世界線から巡ってきた、と。魔法が通じないのは当然だと教えてくれた。

 魂のあり方が根本から違う。

 異なる世界から漂流してきた人間。通称、異人。


「君のことだよ、トール・クローバー。いや、異世界風にいうならば、黒羽徹というべきかな」

「……」

「この調査隊に、君のような変数、イレギュラーが混ざるとはね。未来が全く見えなくなった。魔王と西国が手と手を取り合う、とても重要な取引なのに、だ」

「だから、私を殺すんですか?」


 「まさか」と、カランは肩をすくめる。


「私は先ほども言った通り、基本的には不干渉だ。未来視も極力使わない。世界を救うことも、滅ぼすこともごめんだ。傍観者として、行く末を見届けることくらいしかできないね。それでも、君と出会えたことは運命を感じる。未来が無数に分岐し始めている今だからこそ、私は出来ることを行うまでさ」


 そう言って、彼は懐から何かを取り出した。長方形のタロットカードのようなものを机に並べ始める。何やら記号が書かれているが、日本では一度も見たことがない造形をしていた。


「占ってあげよう。何、未来視は使わない。どうせ君達の未来は見えないからね。サービスだ。異世界には魔法がないらしいから、この世界の魔法を見せてあげようじゃないか」


 パラパラと、カードが宙に浮き始める。それは私を取り囲むように踊り始め、ドームのように頭上を覆い始めた。

 我慢の限界だった。勢いよく立ち上がると、カード達は重力に従ってパラパラと地面に落ちた。私はそれを明確な意思を持って踏みつけ、背中を向けた。


「魔法? 占い? くだらない。自分の力で未来を切り開くのが好きで探偵をやっているんです。お前らみたいな占い師は大っ嫌いだ」


***


 とか何とか言っていた昨日の自分、元気でしょうか。

 結果的に言うと、あの時、時の魔術師に少しでもいいから未来視魔法を使ってもらうべきだったのだ。そうでなくても、魔法による占い結果くらいは参考にしたかった。


 私がどれだけ占い師が嫌いで、ファンタジーとは程遠い人生を送っていたとしても、魔法ありきの推理を強いられるなら話は別だ。証拠にはならないが、視野を広げる助けになったかもしれない。


 こんなにも愉快な事件が起きるならば、積極的に知りに行くべきだった。


 『純愛の魔王』城、地下第十二層。逃げ場もない、ファンタジーの中心点。常識の通じない、密室空間。

 その中で生まれた、一つの首なし死体。


「魔王様はお怒りである」


 魔王の使者は調査隊全員を呼び出した。眉間にしわを寄せ、今にも爆発しそうなほど顔を歪ませている。あれだけ散々言い聞かせていたというのに、信頼を裏切られたのだから当然だ。私だって同じ立場ならそうする。

 追撃をするように彼は我々を糾弾する。


「この中に、勇者が紛れ込んでいる」


 私を含めた九人の調査隊の顔を、彼は一人ずつ睨む。魔王の代弁者として、怒りを露にする。指を突きつけ、唾を飛ばしながら叫んだ。


「勇者の首を差し出せ! それまで、この地下から誰一人として外に出ることを禁ずる」


 異世界における、殺人事件。

 魔法という非科学的な存在を前に、どう推理をすればいいのか。この時の私にはわかるわけがなかった。

これからよろしくお願いします。

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