31.軽食屋の女主人との出会い
リリィは、無事に皇国に潜入した。
あの後、岩場付近を確認させた。
帝国政府には、異世界人追跡の為に皇国へ潜入させたと報告しておいた。
しかし、リリィを皇国に潜入させたものの、皇国側内での状況が一切分からない。
状況が分からないというのは、少し心配ではある。
遺体で送り返して来たり、捕らえて身元確認と帝国政府へ抗議しに来た様子もない。
ならば、生きてはいるはずだ。
状況がわからないのでヤキモキはするが、仕方あるまい。
相手はリンド皇国である。
それに、直接に会うのは最後のつもりで送り出した。
認めたくはないが、娘を嫁に出したようなものだからだ。
会えなくなっても仕方があるまい。
初めて、ガルドという男を外交官邸で直接対面した。
隙の無い男である。
まともに戦うのなら、私の方が確実に上だろう。
だが、あいつはそれに乗って来ない。
自分の分を知り、どんなに誘いを掛けても釣られない。
徹底的な防御。
流石、『鋼鉄の壁、ガルド』である。
数日が建って、ルナらが心配し始めた。
我々のして来た事からして、普通なら無事で済むはずはないと思っているのである。
確かに、そうであろう。
だが、あの異世界人『枇々木 言辞』が書いた小説『異世界小説家と女暗殺者の物語』から察する限り、酷い目に遭うどころか大事にされているはずだ。
「親方様、やはり心配です。あの小説は罠で、今姉さまは危ない目に遭っているのではないでしょうか?」
「お前も小説を読んだだろう。あの本は、恋文の様にお思えたが」
「で、ですが……」
やけにルナが、突っかかってくる。
「ルナ、いい加減にしないか? 親方様を困らせるのではない」
オルトが、ルナを窘めてくれた。
「だって、オルト! 親方様、今からでも私ひとりででも潜入してきます。姉さまの安否を確認したいです」
まったく、ルナは思いついたらすぐ行動する奴だから困ったものだ。
「出来るのか? お前に? リリィですら、入りあぐねていたのだぞ」
「うう。そ、それは……」
分かっていて言っているのである。
だが、分かっていても、気になるのである。
ルナにとっても、身内のような存在である。
普段から姉さまと呼んでいるのは、疑似家族のような感じである。
私が、このように呼び合えと言ったわけではないが、上司部下の様な呼び方も仰々しいから、子供達らが互いに年長者に対して、姉様、兄様と呼ぶようになっていた。
「ルナよ。リリィは無事に言辞とやらの所にたどり着けたかもしれないが、お前は捕らえらるだけだぞ。リリィを取り返しに来たか殺しに来たか、暗殺の手伝いに来たのかと思われるだけだ。連絡どころか会う事すらできぬかもしれない。あのガルドがいる限りな」
「は……い」
ルナは、悔しそうに答えている。
「そうだぞ。ルナ。親方様のおっしゃる通りだ。自重すべきだ」
オルトがルナを諭す。
「……」
ルナは下を俯き、返事をしない。
「ふーむ。仕方がない。私が調べよう」
「え? 親方様が?」
オルトが驚いて尋ねてきた。
「なに、帝国内で調べられるところを回るだけだ。皇国には入らんよ。私が入ると大事になってしまうでな」
「あ、そうですか。安心しました。安心しましたが、親方様自らでなくても……」
「いや、私も気になる所があるでな。行って確認したいのだよ」
「なるほど。しかし、私とルナに手伝えることがあれば、いつでもお申し付けください」
「うむ。分かった。その時は頼りにするぞ。どうだ、ルナ。これで納得してくれるか?」
「は……い」
ルナは、渋々返事をした。
そうして私は、リリィが立ち寄った所を自ら調べに行かなくてはならなくなった。
闇の売人の所、言辞が泊まっていた宿、リリィの潜伏していた宿。
それらを見て回った。
「リリィは、このあたりを行ったり来たりしていたのか? 幾日も」
あの異世界人の言辞が小説を書き上げるまでの間は、何の情報も無かったはずだ。
帝国も接触してこないし、皇国側も接触してこない。
だが、任務は現在進行形で続いている。
しかし、追いかけるにも国境の壁は厚い。
「さぞや、辛かったであろうな。剣で戦うのと違って」
刃を相手の訓練は、何度もさせてきた。
もちろん、拷問などで自白しないような訓練もさせてきた。
だが、恋などについては教えようがない。
そもそも、訓練できるものなのか?
翌朝早く、私はリリィが最後に立ち寄ったと報告に有った軽食店へ向かった。
その店は簡単な食事が出来る軽食店で、女性客が多い店だ。
店主は、女性であり、決して若くはない。
名前は、シャトレーヌという。
一人で店を切り盛りし、帝国内外からも評判が良いようだ。
”前の国”の時にあったかどうかは定かではない。
この土地へは、帝国になってから来たので知らないし、当時の混乱で資料も十分ではない。
「ふむ。入ってみるか?」
まだ店は開いていないようだが、中に誰がいるようだ。
人が多くない時間が良いと思い、早めに来た。
いくつか尋ねるだけなので、直ぐに済むだろう。
ここを最後に、リリィは決意し皇国へ向かった。
きっと何かあるかもしれない。
今、リリィがどうなっているか。
帝国内の軽食店だから、皇国につながっているわけではないだろう。
だが、リリィが借りていた宿以外で、最後に立ち寄ったところが気になって仕方がない。
「店内にはいないようだ。それに、店の準備は終わっている様だな。入ってみるか?」
私は店の扉を開けて入った。
――カラン・カラン~!
ドアに付いているドアベルの音をさせながら店のドアが開く。
店の様子を伺っていると、女主人が奥の部屋から出てきた。
「あのー、お客様。申し訳ありません。まだ開店前なのです。開店時間においで頂けないでしょうか? 準備もありますので、申し訳ないんですが」
(この女性が、リリィが帝国内で最後に会った人か?)
私は、少し見とれてしまった。
こんなことは、プレアに出会った時以来だ。
(ああ、この感覚。プレアと初めて会った時のに似ているな。どういうことだ? この女は、何者だ?)
初めて出会った軽食屋の女主人・シャトレーヌをジッと見入っていた。
私は、ここへ来た目的を一瞬忘れてしまった。




