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魔王伝  作者: kyow
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第二話


 光秀は石山駐留の明智軍団一万二千のうち千五百ほどを率い、琵琶湖岸の坂本城へと向かっていた。

 途上、山崎の手前、島本に野営の陣を張る。

 山崎まで行けば宿舎もあり、野宿をする必要はなかったが、光秀は行軍時には努めて兵と共に野営をすることにしていた。

 これは魔剣に囚われていてもかわらぬ、光秀の根元的な行動である。

が、今度ばかりは他にも理由があった。魔人と化した馬廻たちと同宿する危険を避けたのだ。

 馬廻たちには今の光秀が魔剣に囚われていないことが気づかれてしまいかねない。

 夜も更け、兵達は皆眠りについたが光秀の天幕には灯りが(とも)っていた。

 天幕の外の警護の兵士も(やす)ませている。もとより、畿内は織田軍の制圧地域なのだ。

 ふと、灯皿(ほざら)の炎が、ゆらり、と揺らぎ、油に浸した木綿の芯が小さく音を立てた。

 風にあおられたか、天幕の入り口にかけられた布が大きくはためいたようだ。

「エルナどのか?。」

 光秀の呼びかけに、何もない空間から、ふわりとマントを翻したエルナが現れる。オーディンのマントで姿を隠していたのだ。

「ただいま戻りました。」

 肩止めから白い革のマントを外し光秀の前に立った。

 エルナは昨晩、石山を出立前に単身、坂本へと向かっていたのだ。

 石山から坂本への行程は早馬ならば半日、騎徒混合の行軍ならば二日。

が、空を飛べるエルナは昨晩のうちに坂本城に到着し、外から城内の様子を探っていた。


「城下には特に変わったことはありません。怪しげな馬廻が頻繁に立ち寄る、ということもないみたいですし。」

 坂本は交通の要衝。かつては比叡山の門前町であったが、焼き討ち後は叡山の監視も兼ねてこの地に城が築かれた。

 織田軍団の補給基地としての性格も持ち合わせているため経済活動は活発である。

 光秀の言に従って、エルナは姿を隠したまま坂本近辺の集落を探索した。

 九州や堺ならばともかく、坂本では異人の姿は目立ちすぎる。

 坂本城そのものも空からの偵察に(とど)めておいた。

「…ですが、城の内外の将兵は恐怖に支配されているように見えました。……団忠正配下の足軽のように……。」

 光秀は無言だ。坂本に近づくにつれ憔悴の度合いが増していく。

 坂本城は魔人に支配されているに違いない。では、その魔人とは?。

 エルナもまた沈黙する。光秀にかける言葉がなかった。




 翌日の夕刻近くになって、光秀率いる千五百の軍勢は坂本に到着した。

 夕日に赤く燃える城郭が琵琶湖の黒い湖水に映えている。

 若い頃から築城、建築に研鑽を積んだ光秀自らの設計構築による三重五層の堅固な城塞だ。

 昨夜のうちに先触れは届いており、迎える準備は既に済んでいた。


 大手から入城する軍勢を鐘楼の物見から苦々しげに見つめる視線があった。

 光秀の年少の従弟で娘婿、明智左馬助光春(さまのすけみつはる)である。

 一介の武辺を標榜し、学問など屁とも思わぬ乱暴者の若武者であるが、幼少時から光秀の武勇と知謀に心酔し、成人してからの十年余を光秀の右腕、明智軍団の副将として各地を転戦していた。

 しかし、この数年の家中の有り様は尋常ではない。

 明智の当主たる日向守光秀は呆けてしまったかのように穏やかで頼りない。しかし、それが合戦となると鬼神もかくや、という憑かれたかのような勇猛ぶりだ。

 的確にして容赦のない采配と、自ら手勢を率いての敵中突破。

 大将自ら大将首を挙げるその凄まじさに敵はおろか味方も恐怖した。

 しかし、それは戦場のみの事。常勝無敗の光秀は明智軍団の誇りであり、将兵の忠誠は揺るぐことはない。

 真に明智家中を恐怖に陥れているのは……。

 光秀に代わり家中を取り仕切る北の方(正妻)、明智(よう)

 ここ1年ほどの容の変わり様は恐怖以外の何物でもなかった。

「…む?。」

 隊列の中程、本隊中央に光秀の姿を認めた光春は、ふと眉を顰めた。

 鐘楼の階段を大股に駆け下りる。

 光春が物見の格子に取り付いたすぐ横を光秀の人馬が通った。

(…御館…さま?)

 それはここ数年来見慣れた寝ぼけたような姿の光秀ではない。かつて光春が見知った知将、明智十兵衛光秀と思われた。


 馬上の光秀の側の何もない空間から囁くような声がした。

「…誰か物陰から光秀さまを見ていたみたいですよ。」

 光秀は無言で小さく頷いた。

 オーディンのマントで姿を消したエルナが光秀の人馬のすぐ横を歩いている。

 供回りの兵は何か違和感を感じているようだが、ここ数年、そのような怪異は見て見ぬ振りをすると決めているらしい。軍勢は一糸乱れぬ足取りで大手を(くぐ)ってゆく。


 入城した軍勢は陣立てを解き、光秀は天守横の本丸屋敷へと足を向けた。

 緊張した面持ちの小者に草履を取らせ、落板敷へと上がる。

 板敷の小階(きざはし)の戸の脇に、左馬助光春が控えていた。

 光秀が母屋の引き戸へと近づくと、光春は目を合わせることなく平伏した。

 その様子に光秀は足を停める。

「左馬助、苦労を掛けたな。」

 声を掛けられた光春の体がビクリ、と震える。

「…お、御館さま……?!。」

 光春は頭を上げ光秀を仰ぎ見た。

そのとき、

「これはこれは御館さま、長旅お疲れでありましょう。…ささ、奥へお上がりなされませ。」

 凛として鋭く、しかし臈長(ろうた)けた女の声が響いた。

 光春はその声に弾かれたように平伏する。

 一歩を踏み出した光秀の前に小者が二人進み出て(ふすま)を引き開けた。

 中から吹き出す異様な妖気!。

 四十畳ほどの一の間の両脇に10人ほどの女房が控えている。そして、一段上がった上座の中央に貴人の如き面持ちの女が微笑んで座っていた。

「…お容…。」

 光秀は絶句した。

 目の前にいるのは確かに光秀の妻、お容であった。しかし、……お容ではなかった。

 かつての、端正な顔容の中に知性と慈悲を具えた冷たい美貌ではない。が、氷のような美貌は、そのまま大輪の牡丹のような眩く妖しい輝きを放っていた。

 そして、

 ああ、果たして、お容は何歳であったろう。

 (あで)やかに微笑んだ白面は少女のように瑞々(みずみず)しい。光秀と同じく五十の坂にかかろうというその顔貌は二十ほども若返ったようであり、かつ新妻のように初々しく、色女(しきめ)のように妖艶であった。

 容は、つと立ち上がり上座を空け、その脇に座り直した。

「お役目、ご苦労に存じます。」

 両手を畳に揃えてつき、ゆっくりと頭を下げる。その情愛に満ちた真摯な態度は以前と何一つ変わりないい。……オーラのように漂う、物質のように濃密な妖気を除けば。

 上座に着いた光秀に、容は思わせぶりな笑みを浮かべ、

(わたくし)、上様に、…右府公さまに無心いたしておりましたの。」

 容の目配せを受け、微動だにせず脇に控えていた女房が黒漆塗りの長角盆に細長い錦の袋を載せて差し出した。

「…む、」

 光秀は異様な気配に眉を顰めた。

 大きく反った錦の袋の中身は(まご)うことなく太刀である。

「知っておりますのよ。御館さまが過日、森蘭丸どのより受け取った御刀を身につけておられないことを。」

 光秀は、はっとした。魔剣を失っただけではなく、魔剣から離れたことを完全に読まれている?!。

 容の朱い唇が、にんまりと弧を描いている。

 膝元に長角盆を引き寄せると、袋の紐をほどいた。金糸で巻いた糸巻の柄が現れる。

「ご心配はいりませぬ。御館さまが御刀をお捨てになったことは妾だけの秘密。右府公さまにも、蘭丸どのにも秘密……。この『魔剣』は妾が右府公さまに無心して、左馬助どのにと賜ったものです。」

 ついに容は『魔剣』という言葉を口にした。容の目が異様な光を放つ。

 容は身を乗り出し、光秀の膝に手を置いた。

「…(わたくし)たちはもう、魔剣なしには生きることかないませぬ。…その昔、御館さまは妾に仰られたではありませぬか、同じ人生を生きよう、死ぬまで添い遂げよう、と。」

 光秀は動けない。いつの間にか魔剣の呪縛が光秀の動きを金縛り同様に封じていた。

 容の(かぐわ)しい吐息と耐え難い魔剣の誘惑。光秀の手は、導かれるまま、のろのろと糸巻の太刀へと伸びていく。


何奴(なにやつ)!。」

 容の裂帛の誰何(すいか)が大気を裂く。同時に、容の放った手刀が何かを弾き飛ばした。

 キーンという音を残して、投げナイフが天井の梁に突き立つ。

 容が、左馬助光春が、そして我に返った光秀がナイフの軌跡を目で追う、と、

 光春から僅か四歩先の落板敷に、オーディンのマントを翻したエルナが姿を現した。

 容がその切れ長の目から苛烈な視線をエルナへと向けた。

「…ほほう、そちが御馬廻、団忠正どのの申していた天人か。」

 エルナは無言だ。マントを大きくはね上げ腰に背負ったショートソードを抜き放つ。

 半神たるワルキューレの放った投げナイフが団忠正のみならず、明智容にも全く通用しない。

 目の前の妖女は団忠正に匹敵する魔人なのだ。

「く、曲者だっ!、出合え、出合え!。」

 光春が呼ばわると隣室に控えていた兵たちが抜刀して現れた。控えの女房たちも手槍に短弓を手に手に構える。

 エルナに向かい打ちかからんとする寸前、容とエルナの間に光秀が立ちはだかった。

「待て、お容!。」

 容の眉が大きく歪んだ。

「…お退()きください、御館さま。そ奴は人外の魔物にございます!。」

「…魔物は、…今の我らではないか!。お容、魔剣を捨てよ!。これ以上の魔道に踏み込んではならぬ!。」

 容は沈黙した。が、

「……御館さまに傷ひとつ付けるでないぞ。さもなくば、…こうじゃ。」

 容は、傍らで手槍を構える女房に無造作に手を伸ばした。

「…ひっ…!。」

 その声は悲鳴にならず、容の指先の触れた顎から上が消失した。間髪置かず、ゴッ、という鈍い音とともに漆喰の壁に赤茶色の染みが広がる。

 女房たちも、兵たちも、床に転がった首になど目もくれぬ。圧倒的な恐怖が彼らを支配していた。

 容の号令が高らかに響く。

「かかれ!。」

 エルナはショートソードを鞘に収め、つと光秀から身を離した。

 刀や手槍の剣線がエルナに集中するが、その全てがマントに躱され、また、無防備なはずの素手で弾き返された。

 普通の武器、まして人並みの技量でワルキューレに傷を負わせることなどできない。

 攻め手は一瞬(ひる)んだ。次の瞬間、

キーン

 容の眼前で澄んだ音が響いた。

 エルナは再度ナイフを投じ、容がこれを撃ち落としたのだ。

「……不甲斐ない。」

 容は音もなく立ち上がった。その身のこなしは体重を微塵(みじん)も感じさせない。

 纏った豪奢な打掛を放り捨て、

薙刀(なぎなた)を!。」

 と女房へと命じた。

 一人の女房が鴨居に架けてあった薙刀を外し容へと差し出した。女房が鞘を外そうとすると、

「いらぬわ。」

 薙刀の刃が、くるり、と返り、女房の顔面を顎から頭頂へと断ち割った。同時に鞘は外れている。

 女房の魂消(たまぎ)る悲鳴を一顧だにすることなく、容は血に(まみ)れた刃を下段に構えた。

 光秀は左馬助光春へと駆け寄った。

「左馬助、鉄砲を持て!。」

「…し、しかし、御館さま…、」

 光春は、光秀が容に鉄砲を使おうとしていることを感じていた。

「わからぬか、お容は既に昔のお容ではないのだぞ!。」


 エルナはマントを翻し、攻め手の前から瞬時にして消えた。

 あっ、と攻め手は怯んだが、容の繰り出した神速の刃が虚空に当たり火花を散らす。

 目には見えぬエルナの気配を容は捉えたのだ。

 何合かの目に見えぬ打ち合いの後、一の間の上座奥にエルナの姿が現れた。いつの間にか彼我の位置は入れ替わっている。

 右手にショートソードを提げたエルナは顎と左上腕、それと両脛に傷を負っていた。

 容の薙刀は普通の武器であったが、その人外の技量と刃に籠められた妖気は半神の不滅の肉体に傷を付けたのだ。

が、

 その傷は血の跡だけを残して見る見る塞がっていく。刃は僅かに薄皮一枚を切り裂いたに過ぎない。

 ワルキューレを普通の武器で倒すことは不可能に近いのだ。

「…おのれ……!。」

 容は薙刀を大きく横に振り出した。その刃の先には太刀の載った長角盆がある。

 角盆は真っ二つになり、そして、どういった力の加減なのか、糸巻の太刀は跳ね飛ばされて容の左手に収まった。

 容は右腕に()いこんだ薙刀を放り捨て、魔剣の柄に手を掛ける。

圧倒的な妖気の増大!

 紙のように白い顔の中で、紅い(くち)が笑いの形に歪んだ。


 エルナは両腕を前に伸ばし、ショートソードを垂直に立てるように構えた。エルナの最も得意な、最も速い試し技の型である。

 襲いかかる魔剣を撃ち落とし、断ち割るにはこれしかなかった。

 エルナの剣技は基本的に剣の出来を見るための試し技である。据え物ならば、いかな魔剣とあれど斬り割る自信はあった。

 光秀の黒い魔剣を撃ち折った時も、剣の軌道要素が読めていたため、合わせて剣を当てることが出来た。据え物斬りと変わるところはない。

 だがあの時、光秀の魔剣は光秀と同化しておらず、また、光秀も完全な魔人ではなかった。

 同じ状況で団忠正と打ち合ったとすれば斬られていたのはエルナのほうであったろう。

 容の(ふる)う魔剣も同様にエルナを倒しうる。


 鞘走った魔剣は容の頭上で垂直にピタリ、と止まった。エルナの構えが受けであることを見抜いたのである。

 間合いは僅か五歩。互いに一足一刀の間合いの遙か内側だ。

 白い足袋を履いた容の足が一歩、畳を踏んだ。間合いは四歩!。

 ふと、容の鼻先を妙な臭いがよぎった。

 火薬?、…いや、火縄の燃える臭いか?

ガーン

 轟音とともに、容の構えた魔剣に衝撃が走った。続いて濛々たる黒煙が吹き付ける。火縄銃の銃撃だ。

 頭上の魔剣は弾き飛ばされも折れもしなかった。が、

 一瞬の隙をつき、飛翔したエルナが天井を逆さに蹴るようにして肉薄し、ショートソードを魔剣に打ち合わせた。

カキーン

 美しい音を立て、優美な太刀は中程から折れ飛んだ。

 エルナは容を飛び越え反対側に着地している。

「…おのれ!。」

 立ちこめる黒煙の中、容の目は火縄銃の射手を捜した。

 六間(約11m)の向こう、板張りの控えの間に撃ち終えた侍筒(さむらいづつ)を手にした光秀が立っている。

「御館…さま……、」

 明智軍団屈指の鉄砲の名手である光秀にして、六間の彼方にある太刀の刀身に的中させるなど自分でも信じ難かった。

 半ば魔人である光秀の人外の能力が可能にしたのだろう。

 光秀は容に語りかけた。

「…お容、もう止せ。これ以上の非道、殺生はならぬ……。」

 容は無言で帯に挟んだ守り刀を握りしめた。かつて光秀が容に渡した「魔剣」である。

 袋の紐をほどき、柄に手をかける。

 ジン、と痺れるような妖気が辺りに漂った。この魔剣と容の同化の割合は極めて高い!。

 容は無表情に刃渡り七寸の守り刀を抜いた。澄み切った鋼の刀身が黒く輝く。

魔人、明智容

 得物の長さなど問題ではない。魔人の持つ魔剣は(ひと)しく最強の武器たりうる。

 容はまっすぐに光秀を見ている。エルナを気にする様子はない。

 エルナも隙をついて容に斬りかかろうとはしなかった。これは光秀と容の問題なのだ。


「…左馬助。」

 光秀は足許に控える左馬助光春に向け左手を差し出した。

 一瞬の逡巡の後、光春は弾薬装填済みの侍筒を光秀に手渡した。

 光秀は無言で侍筒を構え、そのまま引鉄(ひきがね)を引いた。

ガガーン

 轟音とともに容の体は黒煙に包まれる。

 容の胸を狙った一弾は守り刀に弾かれた。

「…ああっ、あなた…。……十兵衛さまは、お容が憎うございますか…?。」

 光秀の唇の端から血が流れている。下唇を咬み破ったのだ。

「……私は今、確かに容を撃った。…もう二度とは撃てぬ。」

 光秀の手から侍筒が滑り落ち、板張りの床で、ゴトリと音を立てた。

「私は、もう魔人とはならぬ。…容、…せめて、そなたの手で(あや)めてくれ……。」

 容を見つめる光秀の目は深い悲しみに満ちていた。

 愛する者を救えぬ哀しみ、愛するものと別れる悲しみ。


「…ふふ、……あははは……、」

 容は泣き笑いながら蹌踉(よろ)めいた。

「…(わたくし)に、妾に、あなたを(あや)めることなど出来ようはずがないではありませぬか……。」

 容の目尻から頬を伝って赤い筋が流れる。

 血の涙。

 魔人が魂の奥底から絞り出すようにして流した人間の涙。

 

「……天人(てんにん)よ……。」

 容はエルナの方を振り向きもせず、守り刀を握った右手をまっすぐ横へ伸ばした。

キーン!

 一瞬の間も置かず白銀の閃光が疾る。

 世にも美しい音をたて、魔剣は折れ飛んだ。

 容の右手は、ゆっくりと開かれ、根本から折れた守り刀はコトリ、と音を立て床に落ちる。

 横に伸ばした右腕はそのままに、容は(あで)やかに微笑んだ。

「…お別れにございます、御館さま……。」

「!、…お容!。」

 光秀は気づいた。魔剣から、容の体から凄まじい勢いで妖気が散逸していく。

 ほぼ完全に魔剣と同一化を果たした容は、魔剣そのものと妖気と生命を共有していたのだ。

 力を失い、倒れかかる容を光秀は抱き止めた。

「お容、お容!。」

 光秀の腕の中で、容は僅かに目を開く。その顔は紙よりも白かった。

 容の手が弱々しく上がり、光秀の頬に触れる。

「……御館さま、…十兵衛さま、……お(すこ)やかに……、」

 白く冷たい(てのひら)は、力を失い、ぱたり、と落ちた。

 容の体から妖気は消え、そして、その生命の火も消えた。

「…お容……。」

 光秀は袖口で容の顔を拭った。血の涙をこすり落とすと、昔と変わらぬ臈長けた美貌が現れる。

「…うっ、ううっ」

 容の亡骸(なきがら)を抱きしめた光秀から低く嗚咽の声が漏れ出す。

 エルナは、そして明智の家臣たちは、それを見ていることしかできなかった。




「エルナどのはおいでか?。」

 坂本城内の鍛冶場にエルナを捜す左馬助光春の姿があった。

 光春に問われた坂本城お抱えの鍛冶職人は、なんと光春をその場に待たせて鍛冶場の奥へと向かったではないか。

 大きな(ふいご)を前にして、エルナは鉄片を組み合わせていた。

 鍛冶場にあった鋼の質の高さはエルナを唖然とさせたが、鍛冶職の(かしら)は、さらによい鋼があると捜してきてくれた。

 昔の鋳鉄の破片、折れた古刀剣の欠片(かけら)。これら古鉄は数百年の年月に錆びることなく耐え、その鉄の組織は安定し、しなやかさこそ増していたが固さと粘り強さは折り紙付きである。

 驚異的な質の高さゆえにこれまで残ってきたのだ。

 これら古鉄を組み合わせ、もう一度鋼として鍛え直すのである。

「エルナさま、よろしゅうございますか?。」

 鍛冶職人が遠慮がちにエルナに声を掛けた。

 この数日で、エルナの超人的な技量は、鍛冶職人たちから崇拝にも等しい尊敬を得ていた。

「いいですよ。」

 エルナは振り向いて職人を招じ入れる。

 鍛冶職人は平伏せんばかりにエルナの足許に(ひざまづ)いた。

 当初は鍛冶場に女を入れるなど言語道断と(かたく)なにエルナを拒んだ彼らだが、エルナが天人(?)と知るや、その反発が極端な尊敬に変わったのは滑稽なほどであった。

「明智左馬助光春さまがお見えでございますが、いかが致しましょうか?。」

 職人たちにとっては、たとえ明智の御一門衆といえども、エルナの邪魔をするのは畏れ多いことなのだ。

 エルナは苦笑した。

「わかりました。すぐに行きます。」

 膝の上を手で払って立ち上がった。

 前掛けと革のサンダルはそのままだが、二藍(ふたあい)染めの小袖に黄檗(おうばく)色の帯を締め、濃茶色の髪を兵庫髷に結い上げた姿は、ワルキューレとしては小柄なエルナによく似合い、遠目には異人とは思えない。


 エルナは光春を鍛冶場の裏庭に面した座敷に通した。

 職人頭の客間だが今はエルナのために空けられている。

 初夏といえど南中時の陽光は強烈だ。(ひさし)の影となった室内はクッキリと暗い。

 縁側からは、庭に半ば埋められた平らな巨石と、木で組まれた(やぐら)が見える。

 籠城の際の備えだ。

 坂本城は琵琶湖岸の平坦地にありながら地形の変化を巧みに活かし堅固な要塞となっている。

 琵琶湖に頼らずとも水の便が良く、兵糧の蓄えも十分。容易に飢え渇くことはない。

 しかし、物量が勝敗を分ける昨今、矢玉尽きることは負けるに等しい。

 故に、坂本城の工房は大きく、(あかがね)(くろがね)、鋼の備蓄も多い。

 それさえも尽きたとき、城内の小川に産する砂鉄を踏鞴(たたら)にかけ、この場にて製鉄を行うのだ。

 炉の底に溜まった粗鋼を中庭まで引き出し、巨大な銅の分銅で砕き、しかる後に分別を行う。

 その分銅を滑車で引き上げるための櫓であり、粗鋼の塊を打ち砕くための巨石の床であった。

 光春は藺草を(まる)く編んだ敷物の上に腰を下ろした。その表情は冴えない。

「…御館さまは今日も引き籠もられたままじゃ……。お声をおかけしても北の方さまのご遺体の側で身動きひとつされぬ……。」

 あらぬ方を見つめたまま光春が呟いた。その口元にはほろ苦い影が漂っている。

 北の方、魔人 明智容は死に、当主、惟任日向守光秀は魔道から立ち返った。坂本城は妖気と恐怖から解放されたのだ。

 しかしこの数年、二人の魔人を主君と仰いだ明智家中は、恐怖に支配されていたとはいえ、その命に従い非道、外道の行いを重ねてきた。

 叡山焼き討ち、長島攻め、摂津石山攻め、そして石山本願寺の残党狩り。坂本城内では本願寺門徒の拷問や虐殺は日常当たり前のことであった。

 人の道を外した外道の行い。しかし、

 戦って死ぬることよりもなお、明智容が恐ろしかった。

 容が死んだ(のち)も血の記憶は消えぬ。

 中庭に立つ櫓には一向門徒が吊され、また、巨石の上では数多(あまた)の男女が分銅で潰された。

 それが行われていたのは僅か数日前にすぎない。

 不思議と血の臭いは残っていないが、庭のそこここに茶色い染みが点々としている。

 エルナは涼しい顔で庭を眺めているが、わざとらしく蒔かれた白砂や「何か」を掘り起こし、埋め戻した跡、そして、わだかまった怨念に気付かないはずなどなかった。

 ふと、光春は目の前の美しい天人に、自分たちの所業をどう思うか訊ねたい衝動に駆られた。

 神仏に近い白い天人に。

 外道に堕ちた、この我らをどう思うか!。

 唇の端に自嘲的な笑みが鉛のように重く浮かぶ。冷汗が、こめかみから頬を伝って顎に流れた。

 光春が渇いて粘つく口を開きかけた瞬間、

「勇敢な戦士であるはずのあなたが、そんなにまで追い詰められてしまってたんですね。」

 いつの間にかエルナが光春をまっすぐに見つめている。光春にはエルナがいつ振り向いたのかわからなかった。

「でも、大丈夫。光秀さまが魔道から立ち返ったから、明智の家中は元に戻れるわ。」

 静かな微笑みを浮かべるエルナに光春が食ってかかる。

「だがしかし!、御館さまは……!、」

 板張りの縁側を足音が近づいてきた。

「鍛冶職の頭にここだと聞いた。」

「…御館さま……。」

 日の当たる縁側に現れたのは光秀だった。エルナは微笑んで会釈をする。

 顔色こそ悪かったが、着衣は熨斗目(のしめ)正しく、髪もきれいに()きあげられていた。


 光秀は光春の隣の敷物に腰を下ろした。

 エルナの方を向き、形を改めると、

「エルナどの、まことに(かたじけ)ない。」

 深々と頭を下げた。

 エルナは小さく頷き返した。光秀は精神的再建を果たしている。

 しばらくの沈黙の後、

「…お容は、…あれで良かったのだ。」

 誰に言うでもなく呟いた。

 左馬助光春は歯を食いしばり瞑目する。

 光秀はエルナに向かい微笑みかけた。

「次は私が約束を果たそう。…安土城に案内(あない)いたす。」




 夜半過ぎ、鍛冶場の(ふいご)の側にエルナと光秀の姿があった。

 鍛刀中のエルナを光秀が訪ねたのである。

 ワルキューレは眠らない。

 休息は必要だが睡眠を必要とはしないのだ。

 光秀は話があって鍛冶場に来たのだが、エルナの鍛刀ぶりに、つい見とれてしまっていた。

 若い頃は刀も鍛え、鉄砲も鍛えた光秀である。エルナの超人的な技量は感嘆に値した。

 鉄の塊は、あたかも自らエルナの望む形に延ばされてゆくかのようであった。

 無造作に(ふる)われる鎚が鋼の表面を鏡のような平面にするさまは(まさ)に半神の(わざ)である。

 鋼は見る間に反り浅い大刀(だいとう)へと延ばされていった。


「見事なものだ。職人たちの尊敬を集めるのも(むべ)なるかな。」

 エルナは光秀をチラリと振り返り小さく笑う。

 ここ数日でエルナは日本刀の製法を学んだ。

 選鉱、鋼の組み合わせ、鍛造、焼き入れ。どれもエルナにとって新鮮だった。そして、日本刀の品質の高さの秘密もわかった。

 エルナの傍らに、既に鍛ち上がった二振りの刀身がある。いずれも大刀だ。

 ひとつは鋼をただ延ばしていったもの、もう一つは二種類の鋼を用い、柔らかい鋼を堅い鋼で挟み込み刀に延ばしたものだ。

 エルナの作だけのことはあり、並みの刀ではない。が、エルナは練習に過ぎないと言う。

 どちらも日本刀としては手抜きな造りなのだ。

 鋼を延ばしただけのものは「鉄刀」といい、堅い鋼に柔らかい鋼を挟んだ物を「甲伏せ」という。

 今、エルナが試しているのは「四方詰め」という鍛刀法である。

 刃の先端、刀の芯、刀の峰(棟)、両側の皮金と、各々異なった専用の鋼を用いる。

 正確な温度測定の出来ない時代、異なる変態点温度特性を持つ鋼同士を熱接合しつつ圧延するのは至難の技であった。

 エルナは(やっとこ)で刀身を目の高さにつかみ上げ、じっ、と目を凝らす。

 刀身を金床に戻し、光秀に向かって照れくさげに笑った。

「無理矢理に叩いてくっつけちゃった処が少しありますね。次はもっとうまくやります。」

 この刀の鍛刀はこれで終わりということだ。あとは焼き入れと研ぎ出しということになる。

 桶の水で手を洗い、革の前掛けを外すと光秀へと振り向いた。

「何かお話があるんでしょう?。」

 光秀は我に返り苦笑した。

「そうであった。」


 二人は客間に向かい合って座った。

 まだ五月(旧暦)の初めである。琵琶湖岸とはいえ、夜半を過ぎるとまだまだ寒かった。

 行灯の炎が落ち着いた頃、光秀が切り出した。

「安土城に案内(あない)する件だが。」

「はい。」

「私が同道しようと思う。」

 エルナは間髪入れずに答えた。

「おやめになったほうがいいと思います。」

 光秀は驚いた。

「私の手引きが必要と言ったのはエルナどのだ。」

「殺されますよ。」

 エルナはにべもない。が、光秀は気付いた。

 これ以上、自分と関わりを持たぬようエルナなりに気を遣っているのである。

 光秀は穏やかな笑みを浮かべた。

「…戦って死ぬるも、また良い。」

 エルナは無言だ。光秀は続ける。

「私は左馬助や、他の重臣達とよく話し合った。我らは二度と魔道には戻らぬ。……右大臣家と合戦に及ぼうとも!。」

 光秀の決意は固い。左馬助光春も光秀とともに死ぬだろう。

 エルナは少し悲しげに微笑んで目を伏せた。

 人の生き死にについてはワルキューレの管轄外なのだ。


 しかし、安土城内にはどう侵入したものか。姿を消したエルナといえども魔人の巣窟においそれとは入り込めまい。

 二人は黙って考え込んでいたが、不意に光秀は思い当たった。

「丁度よい、そろそろまた、アレが完成する頃だ。安土城の内外はすごい騒ぎになっておろう。」

「?。」

「安土城内、總見寺裏の仏堂にて仏像を作っておる。前は、そう…一年も前か、お披露目には赤母衣衆、黒母衣衆に、馬廻たちが(こぞ)って……、」

 光秀の口が凍り付いたかのように止まった。

「?、光秀さま?。」

 光秀の額に、じわり、と冷や汗が浮かんだ。

「…そうか、一年前、私はまだ魔剣に囚われておったのだな……。」

 白い額を手の甲で拭いかける光秀にエルナは手拭いを差し出した。

「魔剣に囚われていた私には歓喜の記憶しか残っておらぬ…。だがアレは!。

 …現世に在りうべくもない、おぞましい地獄の所業に他ならぬ!!。」




 仏堂には異様な臭気が漂っていた。

 堂の片隅に作られた牢には裸に剥かれた男女が詰め込まれている。

 老いも若きも、幼い子供もいた。

 泣き叫ぶ者、暴れる者、放心する者。正気を保っている者は一人もいなかった。

 自分たちがどうなるかを目の当たりにして、まともでいられるはずもない。


 牢に面した仏堂の正面で、黒衣の仏師たちが大きな仏像を作っている。

 松明に照らされた「それ」は木ではなく、人で出来ていた。

 積み重ね、土台に縛り付けられた人間の体に(のみ)(のこ)を揮うのだ。

 血しぶきが上がり、悲鳴が仏堂内をどよもす。

 しかし、どうしたことか、肉が裂け、骨が砕け、腱を引き剥がされているにも関わらず血は流れ出さない。

 体を縦に割られても死なぬのだ。

 仏師たちは憑かれた顔で犠牲者達の体を継ぎ合わせ、不要な部分を削ぎ落としてゆく。

 こうして、七七(しちしち)・四十九日間、千人以上の善男善女の肉体を切り刻み、狂気の天才たちによる地獄の創造物、肉から造られた釈迦如来座像(しゃかにょらいざぞう)が完成した。

 結跏趺坐(けっかふざ)した膝元から頭頂まで二丈(6m)ほど。遠目には穏やかで慈愛に満ちた如来像である。

 しかし、これは悪夢であり地獄の偶像だ。

 近くに寄り、目にするのは狂気の豪雨。

 体のいたる処に痙攣する瞼が。膝の下に潰され、苦痛に泣き叫ぶ顔、顔。でたらめにつなぎ合わされた色とりどりの男女。

 その全てが生きている。

 この仏像は自身の力で生き続けることが出来るのだ。


 仏師たちは最後の仕上げにかかる。

 水銀に砂金を混ぜた泥状の練金(ねりがね)大刷毛(はけ)で塗りつけていく。

 仏像の全身に浮かんだ数多(あまた)の顔は苦しげに塗りつぶされていった。

 全身に一分の隙もなく、鈍色(にびいろ)の練金が塗られると、仏像は外へと引き出され、頭まで埋まるほどの薪に覆い隠された。

 松明(たいまつ)で像の足許に火を点けて回った仏師たちはその顔に満面の笑みを浮かべ、周りで見守る母衣衆や馬廻たちに振り向いた。

 仏師たちは皆、黒い脇差を帯刀している。仏師たちもまた、(すべから)く魔人であった。

 (おめ)きつつ一斉に抜刀する。

(えい)!、(えい)!、(えい)!!、(えい)!!!

 周囲の魔人も手に手に抜刀して応えた。

(おう)!、(おう)!、(おう)!!、(おう)!!!

 仏像は紅蓮の劫火に包まれる。

 魔人たちの雄叫びに、いつしか千人分の悲鳴が重畳し、總見寺の庭は炎熱地獄さながらの様相を呈した。

 薪の山は次第に燃え落ちてゆき、金色(こんじき)の釈迦如来像が徐々に姿を現す。

 金と水銀のアマルガム合金である練金を炎で熱し、水銀のみを蒸発させることで仏像の全身に金鍍金(メッキ)を施したのだ。

 

 突如として仏像から猛烈な妖気が吹き上がる。

おおっ!

 魔人たちはどよめいた。何という歓喜!!。

 ぼふっ、という小さな音を立てて仏像の頭部で煙が上がった。

 薄い金の鍍金を突き破り、左右の瞳から黒い煙が吹き上げる。

 釈迦如来像の開眼(かいげん)だ。




 語り終えた光秀の額はなおも冷や汗に濡れている。

 エルナは手を伸ばし、手拭いで光秀の額を拭った。

「…それは偶像、ですね。結界を外部に広げるための。」

 結界。それは邪神の勢力圏、『魔界』に他ならない。

「邪神に憑依された僧がインドから持ち込んだ偶像も同じ目的のはずです。……でも、本来は子供の木乃伊(ミイラ)を装飾した程度のはず。

 千人もの犠牲(いけにえ)のもとに作られた偶像なんて聞いたことありません。」

「…いや、戦国ゆえ人死にはさして問題にはされぬ。まして、悪法師、第六天魔王の異名を持つ織田右大臣家だ、その無慈悲非道は諸国に知れ渡っている。

 邪神とやらはそれ故、右大臣家に近づいたのではないだろうか。」

 エルナは頷いて聞いていたが、

「去年、って言いましたよね。その偶像はどうなったんですか?。」

「昨年作られた釈迦如来像は叡山に、右大臣家の焼き払った比叡山延暦寺跡に堂を建てて祀ってある。…今年は先だって降伏した石山本願寺、摂津石山の石山寺(いしやまでら)阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)を祀ることになっている。」

 エルナは考え込んだ。比叡山、摂津石山、近江安土……。

「光秀さま、畿内の地図はありますか?。」

 エルナの求めに光秀は畿内五国の地図を取り出した。

 光秀の指が地図上、琵琶湖の辺りを指し示す。

「ここが坂本、そして対岸に安土。叡山は坂本の西、石山寺は京の南。そのさらに南が堺だ。」

 エルナはしばらく地図に見入っていたが、紙と矢立を取り出し何やら書きつけ、それを地図の上に重ねた。

 細い墨線で琵琶湖の形と三つの卍が描かれている。

 エルナが次々と卍を指さした。

「比叡山延暦寺、石山本願寺、そして、安土總見寺です。」

 琵琶湖の形はほぼ同じだが、卍の位置と地図上の寺の位置は異なっている。

 光秀が問う前にエルナは、ニッ、と笑って、

「この地図は正確じゃないですね。土地の高低差を無視して、測った距離を平面に置き換えてます。」

 光秀は納得して頷いた。空を飛ぶことの出来るエルナの地形の把握は正確だ。

「邪神が構築する『魔界』は偶像を中心とした物です。だから、安土城と延暦寺の周辺は『魔界』であると思っていいでしょう。

 ですが、邪神がインド東部で行った方法は、やや違います。」


 ムガール帝国東部の主要都市カリカット、その大部分を覆う広大な『魔界』が突如として現れた。

 シヴァ神の信者が高僧の木乃伊(ミイラ)を偶像に仕立て、同時多発的に邪神の復活を試みたのだ。

 核となる寺院にひとつ、そこから放射状に十数キロの距離を置いて三つの、合わせて四箇所に偶像を配置した。

 そして、邪神は復活し、三つの偶像に囲まれた数十平方キロの範囲が『魔界』と化したのだ。

 ワルキューレのランに偶像を破壊され、広大な『魔界』は破綻を来すこととなる。


「ですから、畿内全域を魔界とするためには、このあたりにも偶像が必要です。」

 エルナが地図上に重ねた紙の上にもう一つ卍を書き入れた。堺のかなり東である。

 奈良盆地。

「…む、……生駒、そして信貴山(しぎさん)を囲もうというのか。」

「そうですね。正確に直線で結ばれているわけじゃないですが、地脈、というか大地の気の流れに沿っているのかもしれません。

 ですが、元から安土城にあった偶像を計算に入れれば、既に偶像の数は揃っているわけです。」

 光秀は地図上の卍点を見つめた。石山に偶像が運ばれることがあれば、すぐにでも京は『魔界』と化す。

「……急がねばならぬか。明日にでも安土に先触れと物見を出す。早ければ明後日にでも坂本を出立することになろう。」


続く


大昔にコミケで発表した作品です。全四話。

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