「浮気」じゃないです……。
とりあえず、
いつまでもこの辺りに居続けるのはよくない。
美池は有名人だ。
ここは人が多いし、
見つかったらまた面倒なことになる。
「あの、我妻さん。実は俺、まだ今日どこに行くのか決めてきてなくて……」
「歩きながら話そう。決めるのはそれから」
駅に向かって歩き出す。
と、そうだ。
そういえばこの前ナツキに教わったんだった。
友達なら歩く時はこうしないとな。
ぎゅ……っ!
「あ、我妻さん……っ!?」
「ん、どうした?」
「い、いや、どうしたって、き、急に手を繋ぐから……驚いて、その……」
「ああ、これくらい友達なら普通だろ。さ、行こうぜ」
「そ、そう……そう、なんだ……」
美池は何故か動揺した様子でおすおずとこちらの手を握り返してきた。変だな、友達として普通のことだって聞いたから自分以外の人はみんな歩く時にそうするものだと思ったのに。何か勘違いしていたのだろうか。
うーん、やっぱりオタクが常識を理解するのはまだ早かったのか……。
◇◇◇
しばらく駅ビルの方を目指して歩き、やがてデパートなどが建ち並ぶ繁華街の中心地が見えてきた。
ここなら人通りが多くても雑踏にまぎれて少しは周囲に見つかりにくくなるだろう。
「さて……まず最初はどこから行こうか?」
「我妻さん、俺、さっきから考えてたんだけど……最初にデパートの服屋に立ち寄るのはどうかな?」
「いいけど、なんで?」
「いや、その……」
美池は言いよどむなり、
俺の全身を上から下まで見下ろした。
ま、まさか、
俺が普段からオシャレしないのがバレてる……?
そういえば最初に会った時も驚いてたし。
もしかして、今の格好が似合ってないとか……?
そう思い当たった途端に恥ずかしくなってきた。
「え、えっと、我妻さんにはいろんな格好が似合いそうだなと思ってさ。俺もあんまり服とか頻繁に買う方じゃないし、その、よければ一緒に見てほしいなぁ、って」
美池、
もしかして俺のために気を使って……?
……なんて良い奴なんだ。
そこまで気を使われて断る訳にはいかない。
服屋の店員に話しかけるのは苦手だが、
今日は頑張って新しい服を買うことに挑戦しよう。
「わ、分かった。それじゃ、まずは服からだ……」
「うん! よし、これで服が被らなくなる……よかった」
決意を伝えると、
美池は何やらそっぽを向いて小声で安堵していた。
服屋か、何年ぶりだろう。
緊張するなぁ……。
◇◇◇
駅の近くのデパートの洋服売り場に入るなり、
美池はさっと入り口近くの棚にあった帽子を被った。
なるほど。
これなら周囲に顔がバレなさそうだ。
「あの、すみません」
それから美池は素早く近くの店員に声をかけた。
流石イケメン。俺なんかとはコミュ力が違う。
「はい、どのような服をお探しでしょう……?」
「僕ではなく、この子の服なんですが、その……」
「……ああ、はい、承知致しました」
店員と美池は何やら目配せをして通じ合っている。
お、恐ろしい。
これがコミュ強同士のやり取りか。
「彼女さんへのプレゼント、ということでよろしいですか……?」
「え、ええと……その……」
「分かります。彼女さんには、可愛い格好で居てもらいたいですもんね……」
「い、いや、その……は、はい、そうです。お願いします……」
「…………かしこまりました」
若い女性の店員はくるりとこちらを振り返るなり満面の笑顔で歩み寄ってきた。理由が分からず何か怖い。心なしか少し嫌な予感もする。
「はじめまして、お客様。当店のご利用は初めてですか?」
「え? はっ……はいぃ……っ!」
「かしこまりました。では、私が店内にあるお洋服について、軽くご案内させていただいてもよろしいでしょうか? 近年の流行などもいろいろと取りそろえておりますので……」
「は、はいっ、よろしくお願いしましゅぅ……!!」
店員に案内され、
棚の間を歩く。
うわぁ、女性服のコーナー……。
一人だったら絶対来ない所だ……。
「これなんかが最近の流行となっております。試しにあちらでご試着されてみますか?」
「お願いします」
「はい。かしこまりました」
って、ちょっと……。
着てみるなんて言ってないんだけど……?
て、ていうか、スカートじゃん、それ……!?
「お客様、どうぞ。こちらへ」
うっ……。
でも、せっかく美池が声をかけてくれたのに……。
善意をフイにするわけにも……。
「わ、分かった……着てくる…………」
「うん。我妻さんに似合うと思うよ」
笑顔の美池に見送られて試着室へ。
店員のお姉さんも外に立って待っていた。
うう、スカート、やっぱり恥ずかしい……っ。
しかしあまり待たせるわけにもいかない。
仕方なく上着とズボンを脱いでハンガーにかけ、
渡されたデニムのスカートを履く。
鏡で自分の姿を見てみた。
青いスカートの丈はそれほど短くはないが、
何だか「今時の女の子」っぽくて恥ずかしい。
これは果たして似合っているのだろうか……。
不安を抱えつつ、
意を決して試着室のカーテンを開いた。
「うぅ……どっ、どう……かなぁ…………?」
美池と目を合わせるのが何故だか無性に照れ臭く、
目を逸らしながら無意識に内股を擦り合わせる。
不安でスカートのすそをぎゅっと握った。
「あ……我妻さん……」
「あらまあ……」
うわ……絶対今、顔が赤くなってる……。
頼む。早く誰か何か言ってくれ……。
じゃないと耐えられそうにない……。
「に、似合ってる。可愛いよ、とっても……」
「ほ、本当に……?」
「うん……」
「よ、よかったぁ……っ!」
勇気を出したかいがあった。
どうやら決意もムダにならなかったようだ。
「本当に、よくお似合いですよ……! 梱包はどうなさいますか? そのまま着てお帰りになってもいいですが」
「……そのままでお願いします」
「はい、かしこまりました」
って、あれ。
なんか自動的に買う流れになってる。
しかも美池が払ってくれるっぽいし。
似合う服があったら買ってくれるとか……。
美池、お前、どんだけ良い奴なんだ……。
将来悪い女に騙されないか若干心配になってきた。
着る服に迷ったら服屋の店員に聞けばいいのか。
勉強になった。このことは次のデートにも活かそう。
待っててくれナツキ。
今度までに俺が、
完璧にエスコートできるようになっておくからな。
そう自分に言い聞かせて店を後にする。
……あっ、そういえば。家に携帯を忘れてきた。
……ナツキからの連絡があっても気がつかないな。
ーー浮気とか、したら絶対に許さないんだから……。
……なんだか気になることを言っていた気もするし。
……今日は練習を済ませたら早く家に帰ろう。
俺は再び決意を固め、
美池の後に続いて店を出た。
そのころ家のベッドの上で、
携帯がしきりに鳴り響いているとも知らず……。
皆様、今日も一日お疲れ様です。
また明日もお会いしましょう…!