デートの定番
「ごめん。悪いんだけど、付き合ってくんね……?」
我妻コウ。
隣の席の彼女について俺が知っていることは少ない。
以前の彼女について唯一知っているのは、
入学式の日に教室でその姿を見た時のことだ。
くせ一つない綺麗な茶髪を手でとかしながら、
彼女は席に座ってただ黙ってじっとしていた。
自信なさげにうつむく姿が印象に残っている。
久しぶりに会ったからといって、
その印象が大きく変わることはなかった。
以前と違ったことといえば、
せいぜい例の茶髪に寝癖がついていたことくらい。
しかし寝癖一つで人間変わるものでもないだろう。
だからさっき向こうから声をかけられた時は、
意外さのあまりに驚いたのだ。
「い、いいけど……それって……」
「やった! あぁ緊張した、じゃ、今度の放課後な!」
聞く間もなく彼女は走り去っていってしまった。
昼休みに丁度教室に二人きりの時に言ってきて。
一体どういうつもりなのか。
「おいおい、それってどう考えてもデートのお誘いだろ……!」
「マジかよ、うらやましーー……!」
一応自分と相手の名前を伏せてクラスの友人たちにその時の状況についてたずねてみると、そんな反応が返ってきた。
意識したくなくても意識する。
子役の頃にはじめてドラマに出てからというもの、芸能人なんて呼ばれるようになって久しいが、私生活では別段モテたことなんてない。
学業と仕事の両立が忙しすぎてそれどころではないし、両立できる人はすごいと思う。
学校から一旦家に帰り、
クローゼットの前で頭を悩ませる。
とうとう今日が例の放課後だ。
「デート 服装」などとネットで検索をかけてみる。
<デートで何を着ていけばいい……?>
「はじめてのデートは緊張するものですが、相手に与える第一印象はとても大きいものなので、服装に気を使うのは非常に重要なことです。ネットで定番とされているコーデを調べてまとめてみました…!」
・清潔感のある白いシャツ
・体つきがしまって見える黒いズボン
・大人っぽいブラウンやグレーの上着
・デートに遅れないための腕時計
……
調べるうちに、
自分だけ浮かれすぎていないかと不安になってきた。
そもそも自分は相手をどう思っているのだろう。
先日の彼女の様子を思い出してみる。
自信なさげな仕草、
時折見せる無邪気な表情、
姫宮さんにからかわれて慌てる時の素直な反応。
……悩んだ末。
白いシャツと黒いズボンに手をかける。
ベージュ色のジャケットに、
仕事の給料で買ったばかりの腕時計を身につけて、
俺は約束の時間より少し早めに家を出た。
◇◇◇
よかった。
無事に美池をデートの練習に誘えた。
一応名目としてはナツキの友達としてお互いの仲をもっと深めようという意味合いだったけれど、上手く伝わっていただろうか。
本番のデートに備え、
ちゃんと下調べも済ませてきた。
当日は俺がナツキをエスコートしなければならない。そのためにはデートの予行練習が必要だ。今日の経験を次回の本番に役立てよう。
学校の最寄駅の噴水広場の前で美池と待ち合わせをした。地元の待ち合わせスポットとなっている周囲には、俺と似たような格好の人々が至る所に見受けられる。
そうか、こいつらもデートか……。
ネットでもおすすめのコーデに出てきたもんな。
やっぱり定番の服装はこれで間違いないらしい。
着てきた白いシャツの襟を正し、
黒いズボンのすそが濡れないように気を配りつつ、
ベージュのジャケットのそでをまくり、
腕時計で今の時刻を確認する。
完璧だ。
これこそがデートにふさわしい格好だろう……!
唯一、
持ってきた腕時計がピンク色なのが気がかりだが。
部屋にあったのがこれだけだったので仕方がない。
男らしく早めに着いたので、
美池が着くのはまだ先かも知れないな。
なんて……そんなことを考えていた矢先だった。
「あ、あれ、我妻さん……早かったんだね……」
背後から聞き覚えのある声がした。
なんだ。美池も早く着いたのか。
ならまあいい……早速、予行練習と行こう。
だが次の瞬間、そう思って振り返った俺の目は、
予想もしない光景に大きく見開かれることとなった。
「み、美池? その格好って、ま、まさか……?」
「なっ、我妻さんこそ、その格好は、一体……?」
こ、コーデがかぶった……だと……?
ま、まさか俺たち、同じサイトを参考に……!?
何とも言えない空気のただようなか、
春風だけが爽やかに俺達の間をぴゅうと吹き抜けた。
こんばんは、
みなさま今日も一日お疲れ様です……!
自分も更新頑張りたい…っ。
ではまた明日〜!