推しとの約束
「知らなかったよ、我妻さんが姫宮さんの知り合いだったなんて」
美池はナツキに向かってそう微笑みかけた。
しかし相手からの返事はない。
「あ、あの……ナツキ……?」
「何かしら?」
「い、いや……さっきからどうしたのさ。そんな風に黙り込んで」
「何でもないわ。気にしないで」
そう言われても。
だってこの状況。
どう考えても不自然じゃないか……?
美池がナツキの知り合いだと知って放課後に一緒に帰ることになった俺たちだったが、さっきからナツキは何故か三池との間にいる俺の右腕に自分の左腕を絡ませて歩いている。まるで本物のカップルかのように。
「どうしたんだ、今日の姫宮さん……?」
「普段、我妻とあんなに仲が良かったっけ……?」
「最近何かあったのかな……?」
「さあ、美池君と同じ事務所ってことは知ってたけど……」
き、気まずい。
めちゃくちゃ目立ってやがる……。
学校でも有名人の二人が一緒にいたらただでさえ目立つのに、そこへ全く関係の不明な俺が加わればうわさされるのも当然だ。
美池とは初対面だし、俺とナツキがルームメイトだということも例の恋人契約を隠し通すカモフラージュのためにあえて周りには言っていない。
周囲があれこれ好き勝手にうわさ話に花を咲かせるのを尻目に、少し距離を空けて俺たち三人が先を行く……さながら大名行列のごとし。
「な、ナツキ、くっつきすぎ……恥ずかしいって!」
「いいじゃない。別にこれくらい普通よ」
「そ、その……姫宮さんと我妻さんは……どういったご関係なのかな……?」
しびれを切らした美池がついにナツキにたずねる。
「そうねえ」
するとナツキはしばらく考えたふりをした後、
不意に思いもよらない行動に出た。
「こういったご関係」
「……っ!? ちょ、ちょっと、ナツキ……っ!?」
いきなり背後から胸をまさぐられた。
びっくりしすぎて飛び上がる。
振り返って睨み返すとナツキはしれっとそっぽを向く。ぱっと美池の方を見ると、目を見開いた後、気まずそうに目を逸らされた。その反応にじわじわと顔が熱くなってくる。
「何よ、単なる冗談じゃない。みんな大袈裟ね」
「大袈裟、なのか……?」
らしくもなく。
やはりナツキはどこかしら不機嫌だった。
◇◇◇
美池と別れた俺たちは真っ直ぐ寮の部屋に帰った。
一安心してナツキに訳をたずねる。
「なあ、今日は何か放課後に用があるんじゃなかったのか? 結局帰って来ちゃってるけど……」
「……デート」
「えっ……?」
「デートの予定だったの……!」
驚いてナツキの顔を見る。
こちらから目を背け、頰が少し赤くなっていた。
「ドラマの演技でデートするシーンがあるから、それの練習に、コウをデートに誘おうって考えてて……でもあんたの顔見た途端、自分だけ舞い上がってたのが恥ずかしくなってきたんだもん……っ!」
「ナツキ……」
「ごめん、自分勝手なのは分かってる。でも、やっぱり、コウが思ってる以上に私、コウと『付き合う』ことが楽しみになっちゃったみたいなの」
ナツキは玄関にうずくまり、
かぁっと顔を赤くした。
「……だって、だってさぁ」
「うん……?」
「付き合うってことは、恋人ってことは、私が『一番』ってことでしょう? コウの中で私が一番だってことでしょう? それってすごいことよ。だって私がコウのものになるってことは……その反対にコウが私のものになるってことだもの……」
それを聞いてはっとする。
そうか、忘れてた。
ナツキは「内」と「外」をはっきりと分けるタイプだったんだ。ましてデビューして間もない知名度のない頃のこと。一人だけ自分を愛してくれる俺という「ファン」の存在は偽物とはいえ何よりも嬉しいものだったのかもしれない。
「ナツキ……俺もさ、楽しみでたまらなかったよ」
「…………本当?」
「あぁ」
ナツキの元へ歩み寄って背をかがめる。
「そうだ、これからはナツキのものだ。練習だって何だって付き合うからさ。ナツキのために協力させてくれ」
「本当に本当……? ……嬉しい、やったぁ!」
ナツキは赤い顔のまま抱きついてきた。
こちらの心臓もどくんと鳴って早くなる。
「コウ」
「何……?」
「デートしよう」
「ああ」
…………って、いや、ちょっと待て。
……で、デートだと????
……流れでうなずいちまったけど、女の子とデートなんてしたことないぞ……どうすんだよ、これ。
「な、ナツキ……やっぱりちょっと待……っ」
「ふふ、約束だからねっ!」
「いや、だからその……その前にちょっと誰かと練習とかさせ……」
「コウは私のものだもんね……浮気とか、したら絶対に許さないんだから……ふふ」
ま、まずいことになったぞ……これは……。
どうにかバレないように練習しておかないと……!
投稿何とか続けております……。
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