「百合の間に挟まる男」……?
席の周りに人だかりができている。
もちろん悪い方の意味で。
恐怖のギャルの集団は教室の後方を占拠し、
オタクたちの生息環境を脅かしている。
ソロで挑むには危険すぎる相手だ。
さて、こちらへ来てから気付いたことがある。
俺は目を覚ました日の「金曜日」というスマホの表示を見てその日が事件の前日であると錯覚したが、実はこの時代は姫宮ナツキがまだ高校生なことからして例の事件の数年前であることが段々と分かってきた。
加えて「我妻コウ」自身もまだアイドルとしてデビューする前である。つまり、何が分かるかと言えば。
「……てかさ〜!」
「えー! マジー!?」
「ウケる〜〜」
このようなぼっちにとって地獄とも言える学生生活がまだしばらくは続くということである。
い、嫌すぎる……。
ぼっちのオタクからぼっちのオタクに転生するとかどんな罰ゲームだよ。俺が来る前にもっと頑張っといてくれ、「我妻コウ」……。
「てかこのクラスさ、有名人がいるってマジ?」
「へぇ、うちの学校、そういうの多いもんね〜」
「あぁ、『芸能活動を認める方針』とかいう……?」
ギャルたちの会話を盗み聞きする。
なるほど、この学校はそういった方針だったのか。
ナツキがこの学校にいるのもそういった事情が関係しているのかもしれない。
「てか、それって美池君じゃない?」
「あぁ、そこの席の人か。ずっと休んでるけど……」
「俳優だっけ。仕事が忙しいんでしょ、きっと」
「俳優!? マジで? イケメンじゃん絶対!?」
「出たよ、お前の面食い……」
そんな人がいるのか。
ちょうど空席は俺の隣の席だ。
今は新学期が始まってから間もない時期だが、それにしても美池という生徒はかなり休んでいるようだ。
なるほど、近くの席の人から話しかけるべきかと思ったがあまり期待しない方がいいかもしれないな。
……などと思った矢先。
「って、何事?」
「なんか、廊下から歓声が……」
「えっ、もしかしてさ、美池君じゃない……!?」
何、例のウワサの?
有名人を一目見ようと、クラスの生徒たちが一斉にわらわらと廊下へ出ていった。一人取り残された俺は教室に残って事態を見守る。
「ごめんごめん、ちょっと、みんなどいて……!」
しばらくして、
聞き覚えのある声が廊下の方から聞こえてきた。
すると、歓声とともに浮き足立った様子で戻ってきた生徒達の人だかりの奥から、すらりとした一人の生徒の影が現れる。
「やべぇ……!」
「あれはマジでイケメンじゃん……!」
「イケてる! 超イケてるっしょ……!」
「あ……ちょっとごめんね」
「きゃー!」と歓声が上がり何事かと隣の席を見ると例の美池が自分の席の周りを陣取っていたギャルたちをどかして席に着いた所だった。
「あ……ど、どうも」
やや気まずそうに美池がまゆをひそめて愛想笑いをこちらに向ける。ペンで描いたように細くきりっと整った眉。たしかに女性にウケそうだ。
「美池照夫です。よろしく」
美池照夫……美池、照夫……。
ミイケテルオ……イケテルオ……イケテル……。
冗談なのか本気なのか分からない本名を口にして、
美池はとなりの席の俺に声をかけた。
いや、しかし、これはチャンスじゃないか。
女子軍団に話しかけるのがキツそうならば、隣の席の美池に話しかければいいじゃないか。美池だって今日が初めての登校日のようだし。
「う、うん、よろしく。あ……あのさ……!」
「うん……?」
どんな風に声をかけようか。
友達ってどうやってなるんだっけ。
しかし、美池に話しかけようとした、その時だった。
「ちょっと……コウ!」
再び聞き覚えのある声が思考をさえぎった。
心なしか教室がさらに騒がしさを増す。
「ひ、姫宮さんだ……!?」
「えっ、あの、隣のクラスで、アイドルの……!?」
「マジかよ、美池の知り合いなのか……?」
ナツキは教室に入ってくるなり、
キョロキョロと辺りを見渡し、
やがて俺と目が合うと、
こちらへ向かってズカズカと歩いてきた。
ナツキ……?
別のクラスに何の用事が……?
「ひ、姫宮さん……? お、おはよう……?」
美池が困惑した様子でナツキに呼びかけると、
ナツキは何故か俺の席の後ろで足を止めるなり、
背後から俺の首の下に腕を回して抱き締め、
美池の方をキッと鋭くにらみつけた。
「あ、我妻さん……?」
「我妻って……姫宮さんと知り合いだったのか……?」
「マジかよ、目立たないタイプなのにな……」
「で、でも、よく見ると、意外と可愛くないか……?」
「オイオイ、手のひら返しかよ……いや、でも確かに」
「言われてみれば……そんな気も……」
お、おい。
注目されてるんだけど……。
恥ずかしさで顔が真っ赤にゆで上がる。
成す術もなく俺はナツキの顔を見上げた。