推しが恋人になった日。
アイドルとは一種の宗教だ。
俺にとって推しの水着の写真集はもはや聖書。
おっぱいの谷間で救済されたい迷える子羊である。
さ、今日も推しのニュースはやってないかな……♡
そう思いながら俺はテレビをつけた。
《速報です!》
《本日午後未明、大人気アイドルグループのセンターとして有名な姫宮ナツキさんが、ライブ会場の屋上から飛び降りました!》
《姫宮さんは、後に死亡が確認されたということです》
《世間では、先日あった炎上騒動との関連性がささやかれており……》
……………………は?
……………………えっ????????
◇◇◇
「……たった今、続報が入ってまいりました! 先程姫宮さんと親交が深かったと見られる同グループのメンバー、我妻コウさんが、同じくライブ会場の屋上から飛び降りました!」
「我妻さんは下にいた通行人とぶつかり、本人は意識不明の重体。通行人も同じく重体とのことです」
◇◇◇
はっとして飛び起きる。
くそ、まったく。
イヤな夢だった。
俺の好きなアイドルに恋人がいるというウワサがSNSに流れて炎上した後、すぐに自殺して、その後まもなく同じグループの子が同じ場所から飛び降りて死んだ夢。
好きなアイドルの死を受け入れられなかった俺は夢の中で事件のあった現場に向かっていた。そして偶然上を見上げた瞬間、頭上から落下してきた見知らぬ女の子と視線が交差して、それからの記憶がない。
「推し」と同じ日に自分が死ぬ夢なんて。
夢にしたってタチが悪い。
もう全く、休日の朝なのに勘弁してくれよ……と社畜系アイドルオタクの俺は再び布団に入りかけた。
ーーその時だった。
ジリリリリリリリリリリリリリ……ッ!
「?」
急に鳴り響いた携帯のアラームに閉じかけた目が再び開く。ちくしょう、土曜日なのに切り忘れていたのか。
「……………………あれ?」
すると、違和感に気がついた。
携帯まで腕が届かない。
おかしい。
こんなに俺の腕は細くて小さかっただろうか。
色も白いし普段と違う。
それでも何とか携帯を手繰り寄せると、
画面に映った曜日の表示は「金曜日」。
金曜日……?
なぜ昨日と同じ日付が……二回も……?
金曜日には毎週「ヒメたそ」のネットラジオがあるので間違えようがない。昨日だって俺はそれを聞いてから例の事件の報道を見たのだから。
……いや、違う。
よく考えたら俺の方こそおかしい。
それは夢の中の話だったはずだ。
どうして俺はそんなにはっきりと昨日の夢のラジオの内容を覚えているのだろう。それにズキズキするこの頭の痛みは何だ。
まるであの夢、現実だったみたいじゃないか……。
そこで何かの予感があった。
布団から這い出る。
毛布をつかんだ手はやはり白くて細い。
まさかと思いパジャマの前のボタンを全部外す。
(ちなみに何故か下は何も履いていなかった。)
現れたのはフリフリのフリルつきのピンク色のブラジャーに覆われた、二つの小高い白い丘。
ちょうど手に収まるほどの大きさをしている。
触ってみるとーーふにふに柔らかくて気持ちいい。
とうとう驚きを隠せず慌てて洗面所へ向かうと、目の前の鏡に映ったのは、日ごろ見慣れたクセの強いモジャモジャ頭のオタクなどではなく、パジャマのシャツの前をはだけたサラサラ髪の美少女だった。
ちょっと寝癖のついた天然の茶髪。
それを見て、さっきの記憶が蘇る。
茶髪の美少女って。
夢で上から降ってきた子と同じくらいの年齢だ……。
しかし、それは流石に信じがたい。
まさかあの時入れ替わったとでもいうのだろうか。
俺と互いに頭をぶつけたことで。
それこそ漫画じゃあるまいし。
というか、相手の名前は何ていうんだっけ。
確か、えーと、我妻……我妻…………?
「…………コウ、ただいま〜〜っ!!♪」
「のわぁ……っ!?」
不意の声に俺は思わず情けない悲鳴をあげた。
自然と両手を胸に当てて振り返る。
「……って、ちょっと、玄関の前で何て格好してんのよ。服着なさい、服……っ! もう……っ!」
けれど、驚いて飛び上がって振り向いた先には、さらに信じがたい光景が広がっていた。
玄関に立っていたのはサラリと流れるような黒髪の美少女。腰に手を当てながら形のいい細い眉をひそめて頰を赤らめつつ、呆れたような目でこちらを見ている。
「なっ……」
ひ……ヒメたそ……?
ヒメたそがいる…………!?
俺の頭はパニックを通り越してフリーズした。
心を落ち着かせるため、無意識に手元の胸を揉む。
もみ……♡
もみもみ…………♡
もみもみもみ……………………♡
……あっ。思ったより気持ちいいぞ、これ。
……肌すべすべだし。
…………ちょっと何か、クセになってきたかも……♡
「って、だから、服を着なさぁ〜〜いっ……!!」
……はっ!
いかんいかん。
つい意識が飛んでいた。
とっさにナツキの方へ向き直って返事をする。
「……あー、ごめんごめん。おかえりナツキ。今日のドラマのオーディション、どうだった?」
「あっ、そのことなんだけど! ねぇ、聞いて……! ついに私、ドラマの主役をやることになったの!♪」
あれ……ナツキ……?
今俺、無意識に推しのことをナツキって……。
……うっ。
急に頭の中に知らない記憶が流れ込んできた。
どうやらこの子は姫宮ナツキと同じ学校に通っており、学校の寮の部屋が彼女と同室だったようだ。つまり二人はルームメイトということになる。
それじゃぁ、本当に……?
本当に俺は今「我妻コウ」になっているのか……?
そして何故か時間が巻き戻り、
死んだはずの姫宮ナツキが生き返った…………?
「でもさ、ちょっと困ってるのよね。そのドラマのストーリー、恋愛ものでさ、私たち恋人のいないアイドルだし、その辺の演技のことなんて分からないじゃない?」
「え? う、うん……」
「演技が下手くそだって思われたらどうしよう……あーいっそ、今だけ適当に彼氏でも作って練習しちゃおうかなぁ〜……」
って、それだけはダメだ!
やめさせないと!?
このままではまた同じ結末を繰り返してしまう。
ナツキは自殺し、「我妻コウ」もその後を追うことになってしまう。
そうだ、今は過去の世界なんだ。
姫宮ナツキが死にそうになる前に止めればいい。
そして、それができるのは未来を知る俺だけ。
……覚悟は決まった。何としてでも食い止めてやる。
よし、まずは早速……「炎上対策」からだ!
「……ダメだ、ナツキ! 俺たち、アイドルだろう?」
「いや俺って、急に何その口調……? いや、でも、そうは言ったってこのままじゃドラマの撮影が……」
「一つだけ良い考えがある」
「何よ?」
「…………この俺と付き合えッ!!!!」
「は、はぁ……っ!?」
「俺ならルームメイトだしバレることはない。一緒にいても同じクラスだから変に思われることもないだろ?」
「た、確かに、そうだけど」
「頼むナツキ。ナツキの力になりたいんだ。それとも、俺じゃダメか? 俺とじゃ練習にもならないか……?」
「い、いや、別に、いいけど……別にアンタでもいいんだけど…………っ」
「え、ほ……本当か…………っ!?」
「う、うん」
強く迫ると、ナツキはしおらしくうなずいた。
心なしか頰がまたほんのりと赤くなっている。
「で、でもさ」
「うん?」
「コウの方は、本当に、いいの……? 練習のためとはいえ、一応、私と付き合うことになるんだけど……」
ナツキは赤面したまま床を見つめ、靴を脱いだ片足の爪先でもどかしそうに板の間をぐりぐりと押している。そして黙り込むとさらに一段と顔を赤らめた。
ま、まさか、好きなアイドルが自分の目の前でこんな反応をするなんて……。
本性がバレてはいけないのに、つい感動した俺は恥ずかしそうにモジモジする目の前の少女に抱きついた。
「ああ、もちろんだよっ……ナツキッ♡」
「って、ちょ、ちょっと……っ!?」
抱きつかれ、途端に真っ赤になるナツキ。
あ、忘れてた。
そういや服をはだけたままだった。
まあ……いいか。
今だけは素直にこの感動にひたろう。
下着越しの胸を捕まえた腕にぎゅっと押し当てると、驚きに目を見開いたナツキは本気で恥ずかしそうに切羽詰まった声で俺に向かって叫んだ。
「い、いいかげんにっ……服を着なさぁあああああーーーーい……ッ!?!?」
はじめまして。承認欲求モンスターです。
いいねしてぇえええーー…………ッ!!!!!!!
(訳:面白かったら応援してくれると嬉しい。)
次の更新は夕方ごろを予定しています。
それでは本日からよろしくお願いします…!